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番外編 一年後の再会に1

おひさしぶりです。三カ月ぶりです。

書籍発売前の連続投稿……今回は短いですが、楽しんでいただけると嬉しいです。


『――ろ。朝だぞ』


 声が聞こえる。俺を呼ぶ声……起こす声だ。

 聞き慣れた、男とも女とも取れる中性的な声を頭の中で聞きながら薄ぼんやりと目を開ける。

 瞳に映るのは綺麗な白いシーツ。視界一面に映るソレに頬を擦りつけると、その感触が心地良い。

 どうやらうつ伏せに眠っているようで、どうにも身体の感覚が妙だ。

 その感覚を確かめるように身動ぎをすると、また頭の中に声が響く。


『レンジ。起きろ、朝だぞ』

「ん……」


 その声がした方に――実際に声は頭の中で響いているので耳は役に立っていないが、それでも寝る際にはいつも枕元に置いている相棒を手を動かして探す。

 なんだか、首を動かすのも億劫……どうしてこんなに疲れているのかを思い出そうとして、そういえば昨晩は宇多野さんやオブライエンさん達と一晩飲み明かしたのだったと思い出す。

 まあ、あれだ。二日酔い。

 頭が痛むほどではないけど、身体が重い。あと、エルメンヒルデの声が五月蠅い。

 口に出そうものなら大声で名前を呼ばれそうなことを思いながら相棒を探すと、手に握る。

 そしてそのまま、また目を閉じた。


『おいっ』


 ……妙な事を口走らなくても、大声を出されてしまった。


「っぅ……」


 その声に、エルメンヒルデを握るのとは逆の手でコメカミを抑えて小さな呻き声を上げる。


『ふんっ。もう他の皆は起きて仕事をしている時間だぞ?』

「それにしてもだな、エルメンヒルデ。……もう少し優しく起こしてくれてもいいんじゃないのか?」

『何を言うかと思えば。優しいだろう? 何度も声に出して起こしてやっているのだから』


 聞けば、どうやら陽が上り始めた時間帯――まあ、一時間ほど前から俺を起こそうと頑張ってくれていたらしい。

 もっと大きな声で呼べとか、それこそ隣の部屋くらいまでは声が届くのだから宇多野さんにでも助けを求めればとも思ったが、それは言わないでおく。

 まあ、確かに優しいのだろう。


「そりゃあ、どうも。ありがとうな、エルメンヒルデ」

『ああ。まったく――レンジは何時まで経っても手が掛かって困るな』

「へいへい、すまんね。いつも助かるよ、相棒」

『酒を飲むなとは言わないが、朝起きれるくらいの量でやめてくれると私は物凄く嬉しいぞ』

「今度から気をつけるよ」

『……たしか、そう。仏の顔も三度まで、だ』


 物知りだね、とうつ伏せのまま溜息を吐く。

 ちなみに、この問答は三度どころか、両手の指で数えても足りないくらい繰り返しているが……まあ、藪をつついて蛇を出す趣味も無いので黙っておく。


「宇多野さん達も、もう仕事か?」

『早く顔を洗って、私達も仕事に行くぞ』

「熱心なこって」


 ベッドから起き上がると、本当に体がだるい。

 そんなに飲んだ覚えも無いのだが、少し記憶があやふやな個所もあり……昨晩、宇多野さんと妙な事でもしたかなあ、と。

 まあ、流石に思い出せないならやっていないだろうから、酒の席で馬鹿な事でもやったのかもしれない。

 そんな事を考えながら寝間着を脱いで、部屋に用意してあった服を身に纏う。顔を洗って、身嗜みを整えて、ようやくすっきりとした頭で凝った身体を解すように軽く肩を回す。


「そういえば、そろそろフランシェスカ達が王都に来るんだったか」

『そうだ。だというのにお前は、昨晩は酔い潰れるまで酒を飲んで……』

「悪かったって」


 謝り、そう言えばどうやって昨晩は部屋に戻ってきたのかを思い出そうとする……が思い出せない。


「そういえば、俺ってどうやって部屋に戻ったんだ?」


 ベッドに座ってブーツを履きながら、エルメンヒルデに聞く。俺の最後の記憶は、宇多野さんの部屋で酔っていい気分になっている所だ。

 ……我ながら、物凄くおっさん臭い。

 よく今日まで、宇多野さんに愛想を尽かされていないなとすら思えてくる。


『ユーコに運ばれてきたのだ』

「そうか」

『酔って足元が覚束(おぼつか)なかったようで、ベッドに押し倒したりしていたがな』

「…………」

『うむ。アレは物凄く見ものだった。私が魔術を使えたなら、あの瞬間を映像として残しておきたいほどに』


 エルメンヒルデが可笑しそうに、面白そうに語っているが、どうやら俺は、昨晩覚えていないとはいえ宇多野さんをベッドへ押し倒したらしい。

 うーむ。


『ユーコには、その後枕を押し付けられて視界を隠されてしまったのが歯がゆいが』

「お前も、随分とおっさんみたいな事を言うようになったな」

『レンジに似たのだ』

「……他の皆に言うなよ。俺が殺される」


 流石に殺されるというのは言い過ぎだが、多分阿弥から穴に埋められるくらいはするかもしれない。

 エルメンヒルデ。

 この異世界に召喚されて、女神アストラエラから与えられた俺の異能。相棒。喋る武器。

 今は枕元に転がっている金のメダルだが、有事の際には武器を顕現させるソレには意思が宿っており、こうやって会話をする事が出来る。

 ただ、この一年――あの、ソルネアとの別れ、シェルファとの決別から一年経った今は、随分と堅さが取れたというか、砕けたというか。

 変な所でおっさんっぽい事を言うようになっていた。

 俺の周りの人達、宇多野さんや九季、オブライエンさんが言うには、俺に似たという事らしい。

 元が女性体……女神の現身だというのに、おっさんっぽい性格というのはどうだろう。本人があまり気にしていないのが、一番の問題なのかもしれない。


『大体だ、レンジ』

「……なんだよ」

『お前がいまだに独り身なのが悪い』

「……関係あるか?」

『当たり前だ。世界を救った英雄。神を殺し、神の力を宿したドラゴンを殺した神殺し。貴族の女性からも引く手数多、ユーコにアヤ、他にもたくさんの女性が周りに居るというのに……何故いまだに独り身なのだ』


 その言葉に、ブーツの紐を縛っていた手を止めて、溜息を吐く。

 もう何度目かの言葉。

 以前は英雄らしくと言って、今はどうして独り身なのか――まあ、あれだ。どうして結婚しないのか、と言われてしまう。


「あれですよ、エルメンヒルデさん」

『うむ』


 俺のボケにも、大仰に頷いて返事をするのである。首は無いけど。雰囲気で、頭の中にエルメンヒルデが腕を組んで頷いている光景が浮かぶ。

 何故か、そのエルメンヒルデは俺みたいなおっさんの姿をしていた。

 ……自分の想像だが、泣けてくる。どうしてこうなったのだろう。どこで育て方を間違ったのだろう。

 こんな事なら、もっと英雄らしく――エルメンヒルデがエルメンヒルデらしく成長できるような生活を心掛ければよかったと、今更ながら思う。


「……俺達の世界では、結婚は人生の墓場とか言いまして」

『ユーコも言っていたな。レンジは絶対に、その言葉を口にして逃げるだろう、と』


 先読みされていた。

 少し、泣きそうになる。取り敢えず、どれだけ意味があるか分からないがベッドの上にあるメダル(エルメンヒルデ)から顔ごと視線を逸らす。


『こうも言っていたぞ。自分に自信を持てない“へたれ”だと』

「…………」


 いや、その通りだけど。

 宇多野さんとエルメンヒルデ……俺が居ない所で、何を話しているんだろう。


『昨晩も。押し倒したユーコに何もしなかったではないか。去り際に、ユーコが“へたれ”と言っていたぞ』

「酔い潰れていたんだよ。寝てたの」


 断じてそこは、ヘタレという訳ではない……と思う。


「大体、お前は良いのか?」

『ふん――私はエルメンヒルデ。エルではない。そう言ったのはレンジではないか』


 ちくしょう。何でそんな、凄く嬉しそうに言うかなあ、コイツ。

 枕元のメダルを手に取り、その(ふち)を指で撫でる。


『それにだ……私はユーコやアヤよりも、ずっと、ずっと、お前の傍にいる事が出来る。それ以上を望むなど、罰が下ってしまうよ』

「……そうか?」

『ふふん。これからもずっとだぞ? レンジ……私はお前が死ぬまで傍にいる。私は、それで十分だ』


 その言葉に口元を緩め、両手でエルメンヒルデを包み込む。


『そして、レンジが死んだ後は――お前の子供達と生きていく。ずっと――私は、お前と、お前の家族と、ずっと一緒に生きていくのだ』


 それは、エルメンヒルデが見付けた幸せ。

 エルが見付け、叶えられなかった幸せとは違う形だけど、確かな幸せだ。

 だから嬉しくて、そしてそれを恥ずかし気も無く語るコイツの言葉が気恥ずかしくて……俯きながら、エルメンヒルデを包み込んだ両手を額に当てる。

 変わらないけど、それでも、少しでも、エルメンヒルデの声が鮮明に聞こえるように。


『何代も、何代も――レンジの子供達、その子供が結婚して、その子供達と――いつか、『神殺しの武器』が必要無くなって、レンジ達や私が忘れられるくらいの時間が経って――そしたら』


 そこで、エルメンヒルデは言葉を切る。

 その先は、俺も知らない。多分、宇多野さんや阿弥、これから会うフランシェスカ達も聞いていない。エルメンヒルデの“本当の夢”。

 『神殺しの武器』が忘れられて……そして、エルメンヒルデは何を望むのだろう。

 けど、でも。

 うん。


「そうか」


 嬉しい。

 エルメンヒルデは、夢を見付けた。やりたい事を、なにより……武器ではない生き方を見付ける事が出来た。

 それがなんなのか、俺にも教えてくれないけど。


『何度も言っただろう? 私の幸せの為に、レンジ、お前も幸せになってくれ』


 そして、いつものように、自信満々の声で言う。その力強い声音に、溜息で返事をする


『だから、お前は早く結婚して、子供を作れ』

「そればっかりはなあ」


 ――私の、幸せの為に、と。

 俺も、幸せになれと。

 あっさりと……言ってくれる。


「色々と難しいだよ、エルメンヒルデ」

『いつもそればっかりだな、レンジは』


 メダル(エルメンヒルデ)を傍に置き、ブーツの紐結びを再開する。

 結婚。

 まあ、あれだ。うん。

 もう俺も三十路を越えたのだから、そりゃあ、考えないといけない。

 同時に、俺なんかでもいいのかな、と思ってしまうのだ。

 宇多野さんは美人で何でも出来るし、阿弥は若いし。他にもたくさん、俺が英雄の一人だからというだけではなく好意を寄せてくれる人が居る。

 けど俺は、神を殺せるだけの人間。

 人や世界に害をなす神が居なければ、ただの人間と変わらない。

 ぶっちゃけると、自分に自信が無い。

 それは、エルの死を隠して皆の前から姿を消したあの一年――あの時以上だった。


「我ながら、面倒臭い性格だと思うよ、ほんと」

『ふふ――だからこそ、だ』


 紐を結び終え、立ち上がる。

 いつものように外套(マント)を羽織り、腰に剣を吊り、仕事支度を整えた。


『そういう性格だから、私――私達は、お前が好きなのだ』

「…………自分でも、面倒だと思うけどな」

『自分に自信が無い、面倒臭い事を考えてしまう。それは、それだけレンジが自分よりも周りの事を優先して考えているという事ではないのか?』


 さて、どうだろうね、と。

 肩を竦めて自室を出る。太陽の位置は高い――朝食は、昼食と一緒になってしまう時間帯だ。


「そんな難しい事は考えていないさ」

『なら、無意識に自分よりも他者の幸せを優先しようとしているのだろうな』

「持ち上げ過ぎだ。俺みたいな面倒な人間を必要以上に褒めると、堕落した性格になるからな」

『大丈夫だよ――私は、レンジを信じている』


 石造りの廊下を歩きながら、革手袋を嵌めた右手で鼻を掻く。

 そんな俺に、すれ違う人達が頭を下げてくる。


『さあ、レンジ。今日こそ、私を幸せにしてくれ』

「気が早いなあ、お前」


 それでも……何時かは、俺も、お前も、と。そう思う。想いたい。

 いつか、と。


「さ、仕事だ、仕事。フランシェスカ達とは一年ぶりなんだ、変な事は言うなよ?」

『分かっているとも、相棒』

「……そうあっさりと言うから信用できないんだよなあ……頼むぞ、相棒」


 そして、城を出る。

 旅をしよう。

 仕事をしよう。

 沢山の景色を見るために。

 沢山の幸せを見付けるために。

 いつか来る別れ。避けられない別れ。

 その時に――あの時と同じように、夢で見た時のように、笑って、別れられるように。

 もう、俺には腐って引き籠っている時間など、僅かも無い。



 幸せだと……いつかの未来。別れ。その時に。

 心の底から幸せだったと思えるような生き方をすると決めたのだ。



ほのぼの。

レンジとエルメンヒルデのおバカなやりとり。

エルメンヒルデの幸せとか、そんな感じの番外編です。

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