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幕間 勇者の学院生活

 アルバーナ魔術学院。

 もっとも昔に作られた由緒正しい魔術学院である。表向きは。

 由緒正しくはあるだろう。実際、魔術都市の中で最も古いというのも間違ってはいない。

 通う生徒たちは誰も彼もがそれなり以上の地位を持つか、それとも才能溢れる子供たちばかり。

 だがしかし、そこに通う誰もが正しい精神を持っているとは限らない。

 何せ十代の少年少女だ。何が正しい、何が悪いと判っていても、好奇心には負けてしまう。

 危ない物には手を出したいし、退屈を嫌い、刺激を求める。

 それが悪い事、危険な事だと判っていても、行動に移ってしまう。


「で?」

「大変だったのよ? 魔導書院の封印された魔導書(グリモア)の中の魔族。強かったんだから」

「ふぅん」


 白いブラウスに、その上から羽織った青いローブ。金の刺繍が施されたローブは、一目で高級品と判る作りになっている。

 生地も良いのだそうだ。僕にはよく判らないが、女の子たちには好評のとてもいい生地で作られているそうで、この学院に来た当初は阿弥も弥生も喜んでいた。

 ローブと同色のスカートは膝上までで、その下には黒のストッキング。

 それがこのアルバーナ魔術学院の制服だ。

 女子はあまり肌を見せないというのが、この学院の常識というか決まりというか。

 夏は生地が薄くなっただけで同じような服装なので、暑いらしいが。

 その制服を羽織った幼馴染みが、無い胸を張って自慢げに先週魔導書院で起きた事件を報告してくる。

 そんな事を言ったら殴られそうだから言わないけど。僕は成長するのだ。口は災いの元。


「お疲れさん」

「……滅茶苦茶他人事みたいに言うのね」

「だって、魔導書(グリモア)に封印されるような魔族だろ? そんなの阿弥の敵じゃないよ」


 魔術書に封印されるという事は、その魔力の殆どを本の方へ封印されているという事。

 封印が解除されたばかりではその魔力の殆どがまだ実体には戻っていない。なら、魔王と互角の勝負が出来る阿弥が負けるはずがない。

 黒くて綺麗な髪を左側に纏めてサイドポニーにした髪が柔らかく揺れている。

 大きくて猫みたいな釣り目。瞳の色も黒。

 この異世界じゃ少し珍しいけど、典型的な日本人の容姿だ。

 かく言う僕、そして一つ下の妹の弥生も同じような髪と目の色をしている。


「友達が魔導書院に忍び込んで、封印の魔導書に手を出した、ねぇ。

相変わらず刺激ばかりの生活で羨ましいよ」


 そう言いながら、机の上に広げたノートに視線を向ける。

 僕としては、次の授業のテストが心配で仕方がないんだけど。勉強させてほしいなぁ、と視線を向ける。


「宗一は相変わらず、勉強が苦手ねぇ」

「というか、阿弥が頭良すぎるんだよ」


 この世界の文字に慣れるだけでも一苦労だったのに、目の前の幼馴染みは文字の読み書きどころか難しい魔導書だって読み解ける。

 これが天才と凡人の差なのかなぁ、と何度か思ったが、思ってもどうしようもない。

 勇者だ何だと持て(はや)されても、中身は普通の人間である。

 戦うのは得意だが勉強が苦手。勇者だって人間だという事だ。


「そうかしら?」

「だって阿弥、ミミズみたいな文字の魔術書だって読めるじゃん。魔術書の読み方なんて、誰に教わったの?」

「旅してる時に、優子さんから」


 そんな話を聞くと、こんな事なら旅の時に僕も勉強しておけばよかったと思う。

 剣を振るだけじゃなくてさ。まぁ、今更なんだけど。

 溜息を吐くと、阿弥から笑われた。

 たったそれだけで、クラスの視線が阿弥に集まる。

 阿弥は可愛い、のだそうだ。僕はよく判らないけど。

 クラスの男子連中に人気で、偶に告白されたりしてる。相手は毎回撃沈してるけど。

 その阿弥は、もう好きな人が居るっていうのに。

 ちなみに、一つ下の学年に居る妹の弥生にも同じように告白してくる人がいる。

 その弥生の相手には、まず僕に勝てる相手じゃないと駄目だ、という条件が付くそうだ。弥生が告白される度にそう言ってて、いつの間にか僕に飛び火してた。

 ……僕が言ってるわけじゃないのに、どうしてか僕は過保護な兄という立場になっている。


「だから言ったじゃない。宿屋とかで寝る前に本でも読みなさい、って」

「ごもっとも」


 そう言って肩を落とす。


「そう言えば、知ってる? 昨日、優子さんから手紙が届いたんだけど」

「うん? 何を?」


 もういい加減ノートに視線を落とそうとしたら、また阿弥が声を掛けてきた。

 友達が居ないんだろうか、こいつ、と思わなくもないが黙っておく。


「蓮司さん、今はこの町の近くに居るんだって」

「え? 初耳なんだけど!?」


 いきなり告げられたとびっきりの情報に驚いて声を上げる。

 阿弥とは違う意味で僕に視線が集まり、一つ咳払いをして気分を落ち着ける。

 蓮司兄ちゃん。

 魔神討伐の旅で、僕達と一緒に旅をした人。僕達の中で一番年上で、いつも優しくしてくれた人だ。

 だらしないのに凄く強くて、一番大事な所は全部持って行っちゃう人。

 僕達の憧れの人でもある。どんなに辛い時でも、一番前を歩いてくれた。僕達はその背中を追いかけて旅をした。

 …………偶に道を間違えてたけど。

 僕が辛い時、旅に疲れた時、仲が良い人を失った時。慰めてくれた。一緒に居てくれた。

 …………元気が出るように変な事を教えてくれたけど。

 ノゾキとか夜の町を案内してもらったりとか。

 その後、優子さん達に物凄く怒られたけど。隠れて行ったのに、どうして気付いたんだろう、あの人たちは。

 今でもその理由が判らない。

 とまぁ、懐かしい記憶は後で考えるとして。


「蓮司兄ちゃん、見付かったの?」

「うん。今は魔術都市近くの村で依頼を受けてるみたい」

「あ、やっぱり冒険者をやってるんだ」

「みたいよ。また人助けしてるって」


 そう言って、嬉しそうにというか、自慢げに阿弥が笑う。

 どうして阿弥が自慢げにするのか、とも思うがやっぱり黙っておく。


「この前は南の方でオーガ退治してたっけ?」

「三ヶ月くらい前にね。今回はオークが集まってたのを討伐したんだって。たしか、十五匹」

「はぁぁ……相変わらずだなぁ、蓮司兄ちゃん」

「ふふん」


 僕が驚くと、また阿弥が無い胸を張っている。凄いのは阿弥じゃないのに。

 フンス、と言わんばかりの顔を見上げながら苦笑する。

 阿弥にとって蓮司兄ちゃんは特別だ。

 幼馴染みだから、一番近くで見てきたからよく判る。

 阿弥は蓮司兄ちゃんの後ろをいつも追いかけてたから。いつも自分から話し掛けてたから。


「あと、お金に困ってる村に精霊銀(ミスリル)の剣を二束三文で売ったんだって。王城じゃ、話題になってるみたい」

「……相変わらず、やる事がまた……」


 僕達の予想の斜め上を行ってるなぁ。

 多分阿弥が言っている精霊銀(ミスリル)の剣って、僕達が持ってる世界に十三本しかない剣だろう。

 そりゃ、エルさんより質は落ちるだろうけど、二束三文で売るようなものじゃないと思う。

 一本だけでも庭付きのお屋敷が買えるくらいの価値がある。

 お金に困ってる村にって……ため息が出てしまう。

 そりゃ話題になるよ。王様怒ってないかなぁ。あと、優子さんは絶対怒ってるだろうな。


「その村に一ヶ月くらい居たらしいわ」

「で、その後にオーク退治?」

「うん」


 自由だなぁ、相変わらず。

 蓮司兄ちゃんらしいけど。


「良かったね。蓮司兄ちゃんが生きてて」

「縁起でもない事を言わないでよ、バカっ」


 怒られた。何故、と思う間もなく頭を叩かれた。

 軽くだけど、やっぱり痛い。そしてクラスの視線がまた僕達に向く。勘弁してほしい。


「蓮司さんがそう簡単に死ぬ訳ないじゃないっ。もう、縁起でもないなぁ……」


 まだなんかぶつぶつ言っていた。

 まぁ、僕もそう思うけど。

 でも、三か月前から行方が判らなかったから少し心配していた。

 元気だと判ると安心してしまう。それは阿弥も同じようで、いつもより表情が柔らかい気がする。

 最近はよく溜息を吐いてたから、僕も嬉しい。


「よく判らないけど、ごめん」

「意味も判らないのに謝らないのっ」


 また叩かれた。何故に。

 二回目は流石に理不尽だろう、と視線を向けると睨まれた。

 視線を逸らす。

 どうしても、僕は阿弥には勝てない。子供の頃からずっとだ。そんな自分に溜息を吐いてしまう。

 そうすると――。


「ナヨナヨしないっ」


 また怒られた。

 結局、テスト勉強は出来なかった。溜息しか出ない。……はぁ。





 テストが終わり、教室から出る。

 内容は、まぁまぁ。結構良く出来たと思う。

 授業が終わったばかりなので、生徒の姿はほとんどない。

 阿弥は仲の良い友達と一緒だろう。学年が違う妹の弥生も。

 僕はなんとなく、一人でご飯を食べたかった。


「ゴハン、ゴハン、っと」


 学院にある共通食堂へ向かいながら、口元が緩むのを自覚する。

 阿弥から聞いた話が嬉しいからだ。

 蓮司兄ちゃん。無事なのは信頼していたけど、やっぱり話に聞くと安心する。

 多分阿弥もだろう。蓮司兄ちゃんは僕達の中でも一番『神を殺す事』に拘っていた人だ。

 女神様にチートをお願いした時、僕達は戦う力や便利な力を望んだ。

 だというのに、蓮司兄ちゃんだけはただ魔神を討伐する為だけの能力を女神さまにお願いした。

 『神を殺す武器』。エルメンヒルデ――エルさん。

 それは、神様以外にはただの武器でしかないのだと最初の頃は優子さんや柊さんが悲しんでいた。

 喋れて、楽しい人だったけど。人というか、メダルか。

 実際、蓮司兄ちゃんは魔神や魔神の眷属と戦う時以外は普通の人より少し強いくらいでしかない。

 それは僕たち皆が知っている。知っていて、でも僕たち皆蓮司兄ちゃんに頼ってばかりだった。

 戦えば、僕の方が強い。僕の方が魔物を沢山倒せる。

 でも、魔王を倒したのは蓮司兄ちゃんだし、魔神にトドメを刺したのも蓮司兄ちゃん。

 僕達が追い詰められた時、真っ先に立ち上がったのも蓮司兄ちゃん。

 助けてほしいと思った時、いつも駆けつけてくれたのも蓮司兄ちゃん。


「蓮司兄ちゃん、元気にしてるかなぁ」


 旅は辛かったけど、皆と一緒で楽しかった。

 この世界は異世界で、一番信頼できるのは一緒に召喚された十三人だけ。

 良くしてくれる人や仲が良い人もいるけど、やっぱり信頼できるのは同じ世界の皆だと思う。

 だから、蓮司兄ちゃんとも一緒に居たい。ゆっくり話したい。

 兄ちゃんって呼ぶけど、どちらかというとお父さんとかそんな感じ。だから会いたい。一緒に居たい。

 阿弥や優子さんとは理由が違うんだろうけど、僕も蓮司さんと会いたい。

 でも蓮司兄ちゃんは、田舎の村を回って厄介事を解決して回っている。

 エルさんを片手に、普通の冒険者じゃ敵わないオーガやゴブリンの集団を討伐してる姿を想像する。

 凄く似合ってると思う。

 僕が持つ女神様から預かった聖剣じゃない。

 魔神を殺す為だけの武器。あの綺麗な宝石のような武器。誰かを守る為じゃない、神を殺す為の武器。その武器で誰かを救う事を追い求めた人。守ろうとした人。

 その背中を、僕達はずっと追いかけた。追いかけて、今日、ここに居る。

 だから――。


「会いたいなぁ」


 ポケットから銅貨を取り出して、ピン、と弾く。

 弾いた銅貨は綺麗に回らず、慌てて落さないように手で掴む。

 蓮司兄ちゃんの癖。

 いつもエルさんを弾いていたから、僕も真似をしてる。でも、あまり上手じゃない。

 阿弥にはいつも笑われている。

 似てないって。でも、僕は蓮司兄ちゃんじゃないし、蓮司兄ちゃんみたいになれるとも思っていない。

 だから真似をしてるだけ。

 蓮司兄ちゃんみたいに頑張れるように。前に進めるように。皆に頼られる男になれるように。

 僕は勇者だって言われてるけど、女神様の聖剣を持ってるけど、それだけだ。

 女神さまは僕達に世界を救ってくれってお願いしたけど、その女神様が一番大切に想っているのは蓮司兄ちゃんだ。

 その女神様は、ずっと蓮司兄ちゃんを見守っていたはずだ。

 だから、会いたいと思う。

 蓮司兄ちゃんと会えれば、きっと阿弥は喜ぶから。嬉しいだろうから。

 僕と弥生も嬉しいけど、阿弥はもっと凄く喜ぶだろうから。


「王都の武闘大会。見に来てくれるかなぁ」


 二か月後に王都で行われる、一年に一度の大きな祭り。

 それに参加するための試験も、もう少しで終わる。

 僕ももちろん参加する。というよりも、参加してほしいとお願いされた。

 ――蓮司兄ちゃんも出ないかな。無理か、と苦笑する。

 兄ちゃん、目立つの嫌いだし。

 でも、少し楽しみにしてる。この学院から出場するのは五人。

 僕と阿弥、あと三人はまだ決まっていない。出場予定の生徒がみんな戻ってきていないから。

 それもあと一人だけど。遅いからと話題になっている先輩。

 フランシェスカ・バートン先輩。一度見ただけだけど、物凄く美人だった人だ。

 その人が戻ってくるか、試験期間が過ぎれば選考も終わる。

 試験終了まで、あと二日だ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ものすごく面白いです
2020/08/01 22:26 あはははははははははっは
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