表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/174

第八話 犠牲にしてでも

 その悲鳴にも似た引き攣った声を漏らしたのは、俺かファフニィルか。

 崩れて解放された天井に向けて放たれた暗い魔力を纏った炎が、天井どころか天空まで伸び灰色の雲に大穴を開けた。

 その余波に巻き込まれ、空中でファフニィルが体勢を崩す。その背中から振り落とされないように全力で鱗を掴みながら、必死に歯を食い縛って荒れ狂う風の嵐を耐える。


「なんだってんだ、クソっ」

「クウッ!?」


 大きく開いた翼でバランスを取りながら、ファフニィルが一気に先ほどまでいた場所から離脱する。

 そのまま距離を空けるが、しかし気を緩める暇も無い。ようやく体勢を整え直したかと思った矢先に、先ほど雲に大穴を開けたレーザー砲にも似た熱戦が放たれる。

 触れれば耐えるどころか蒸発してしまいそうな砲撃を翼を羽ばたかせて避けると、その延長線上にあった山が一つ、爆音とともに崩れていく。


「たった一撃で山を崩しやがったぞ!?」

「知るかっ」


 その光景を、ファフニィルは見る余裕すらない。

 必死に翼を羽ばたかせて高度を上げると、再度の砲撃。いくらかのタイムラグはあるが、あれだけの威力があるというのに殆ど連続とすらいえる速さの砲撃だ。

 身体を倒して必死に振り落とされないようにしながら、しかしこうも距離が開いていては俺に何が出来るでもない。


「どうにかして近付けないか!?」

「どうやってだっ」


 咄嗟に、ファフニィルが砲撃に合わせて炎弾を放った。こちらも山の一角を破壊するほどの威力があるブレス――だというのに、打ち消すどころかあっという間に勢いを弱める事も出来ず炎弾が破壊される。


「ちぃっ」


 ブレスを放った勢いで横へ逸れたおかげで、黒い砲撃はファフニィルの真横を抜け、また山の一つを破壊する。

 今度は、灰色の空へ黒煙を上らせていた活火山だ。爆音とともに山が崩れ、そこから灼熱の溶岩が流れ落ちていく。


「エル――」


 咄嗟に右手を振り、そこでエルメンヒルデが居ない事を思い出す。

 ああ、くそ。本当に、俺はあいつが居ないと何もできない。その事を嫌というほど思い知らされ、唇を噛む。


「ファフニィルっ」

「分かっているっ」


 俺がその名前を叫ぶように呼ぶのと同時に、自身の炎弾すらあっさりと貫き破壊する砲撃を見せつけられた竜の王が前方――魔神の城へ向けて加速する。


「貴様を――」


 だが、言葉はそこまでだった。

 砲撃での牽制に飽きたのか、城から大きな黒い影……件の黒いドラゴンが大きな翼を羽ばたかせながら飛び上がる。その巨体は竜の山で遭遇した時よりもさらに巨大になっていた。まさに、大きな岩が宙に浮いているような違和感。

 あれだけの巨体を持ち上げるのは、さらに大きな翼だ。だが、もう翼の力だけでその巨体を浮かせることが出来ないはず。おそらく、魔術も使っている。

 黒……だけではない。その身体の節々に覗く翡翠色の爪や鱗はどういう理由かは分からないがエルメンヒルデがあのドラゴンに力を与えている証。

 俺を動揺させる為だけに着飾っているのではない。ずっと一緒に居たから、アレがエルメンヒルデだと確信をもって思える。


「ふん。空なら負けぬっ」

「無理すんなよ!?」


 俺の言葉を無視して、ファフニィルがさらに加速して黒いドラゴンの懐へ飛び込んでいく。一年前よりも一回り以上大きくなった巨体を翼で加速させながら、その口が僅かに開く。

 そこから覗くのは、陽炎に揺らぐ牙。それが次第に灼熱の色を宿し、火の粉が軌跡のようにファフニィルが通った後へ落ちていく。

 右手に持つ精霊銀(ミスリル)の剣を力強く握りながら、黒いドラゴンから目を逸らさない。

 炎弾が届く距離。

 ファフニィルが今までで一番巨大な炎を口から放つ――それよりも一瞬早く、黒いドラゴンの至る所にある翡翠の鱗から同色の魔力光……翡翠色の魔力弾が放たれた。

 その数は、優に二十を越えている。

 そのいくつかを口内に溜めていた炎弾で破壊するが、十以上が残る。炎弾と魔力弾がぶつかって出来た爆炎を貫いて、翡翠の閃光が紅の竜王へ迫る。


「掴まっていろっ」


 即座に、ファフニィルが方向転換。垂直に落下したかと思うと翼を器用に操って水平を保ち、地面へ激突する寸前で体勢を整える。そのまま羽ばたいて加速すると、その尻尾が地面を大きく削った。

 いくつかの魔力弾が地面にぶつかり爆発する。

 それでもまだ――四つが向かってくる。


「あと四つ!!」


 後ろを振り返って伝えるが、ファフニィルの返事は無い。

 俺も前を見ると――すぐ目の前に山のように巨大な大岩……魔神の城の一角が迫っていた。


「口を閉じていろっ」


 言われたとおりに口を閉じると同時に、ファフニィルが加速したスピードを落とす事無く急上昇する。足で城の壁を蹴り、羽ばたいて上昇。

 城の壁が大きく崩れ、そこへ翡翠の魔力弾が次々とぶつかっては爆発を起こす。


「舐めるなぁっ!!」


 城を背にしながら、ファフニィルが口を開く。同時に、その眼前に真紅の魔力光で編まれた幾何学的な文様を浮かべる巨大な魔術陣が形成される。

 ファフニィル自身よりも巨大な魔術陣が一気に灼熱の閃光を放ち――間髪入れず、その口から特大の火炎弾が放たれる。

 魔術陣で強化、加速した火炎弾は黒いドラゴンへと向かい、黒いドラゴンもまた大口を開ける。

 空間に浮かぶ翡翠の魔力光で編まれた魔術陣。本来なら眩しいほどに美しい魔力光は瞬く間に黒く濁っていき、紫色へと変わる。


「くぅっ!?」


 放たれたのは、いくつもの山を破壊した黒い熱線。それが魔術陣で強化され、ファフニィルの炎弾とぶつかり合う。

 爆音や衝撃と言うレベルではない。

 衝突の余波で大地が抉れ、爆発した空気がドラゴンの巨体を木の葉のように吹き飛ばす。歯を食い縛って耐えるという問題でもない。

 自分が今どういう状態かも分からなくなりながら、ただ必死に両手でファフニィルへしがみ付く事しかできない。

 そのファフニィルが、吹き飛ばされながらも翼を広げて体勢を整える。

 一瞬だったはずなのに、一生分の疲労が身を蝕む。ただ掴まっているだけだというのに、死にそうなくらいに息が乱れていた。


「ファフニィル、大丈夫か?」

「――ふん」


 心配の声に、軽口も返ってこない。それほど事態は深刻という事か。

 視線を前へ向けると、黒いドラゴンは傷一つ負う事無く先ほどの場所から移動していない。あれだけの衝撃だったというのに、あのドラゴンからするとそよ風のようなモノなのか。

 圧倒的な実力差を感じるよりも先に、見せつけられる。

 魔神の城を挟んで、紅と黒のドラゴンが相対する。だが、たったの数合でこちらは満身創痍にも近い状態だった。


「レンジ」

「……どうした、ファフニィル!?」


 次の瞬間、翼を畳んだファフニィルが重力に引かれて地へ落ちる。同時に、真上を漆黒の熱線が焼き払った。

 直線状にある魔神の城の一角すら破壊する様は、破壊する事しか考えていない――ネイフェルと戦った時を思い出させる。

 熱線を避けたファフニィルが翼を広げて地面すれすれを滑空。城を盾に黒いドラゴンの視界を掻い潜る。


「エルメンヒルデを取り戻せるか?」

「…………」


 その言葉に、咄嗟に返事をする事が出来なかった。

 ああなったエルメンヒルデに俺の声が届くのか。そもそも、アイツは俺の武器として生まれたのに、どうして黒いドラゴンがアイツを使えているのか。

 それすら分からないのに、簡単にうんとは言えなくて……。

 だが、俺がそう悩んでいる間にも魔神の城を飛び越えるように移動してきた黒いドラゴンがファフニィルを捉えた。

 上空から、雨のように小さな炎が降り注ぐ。先ほどまでの巨大な炎弾や熱線に比べると火の粉としか思えないほど小さいというのに、大地に触れると爆発し地面を抉り取っていく。

 炎の雨の範囲から逃れるために、ファフニィルが地面に足が触れるほどの低空を飛びながら加速する。その勢いで砂利が舞い上がり、加速の影響ではためいている外套(マント)を手で掴んで顔を庇う。

 手に握っていたはずの精霊銀(ミスリル)の剣は、いつの間にか落としていた。おそらく、先ほどファフニィルが全力の炎弾を放った時だろう。


「レンジ、エルメンヒルデを取り戻せ」


 その声に、背中を押される。

 もう、手元には剣が無い。俺にはもう――俺が闘うには、アイツを取り戻すしかないのだ。そう、強く思う。


「ファフニィル」

「ああ」

「俺を、アイツの元へ連れて行ってくれ」

「任せろ」


 言うと同時に、ファフニィルがすぐ横にあった城の壁に突っ込んだ。巨体の体当たりで一帯の壁が連鎖して崩れ、背に乗っている俺に降り注ぐ。

 運良く巨大な瓦礫が落ちてこなかった事に安堵の息を吐く間もなく、ファフニィルは周囲を火炎弾(ブレス)で破壊して城内で翼を羽ばたかせて上昇した。

 すぐさま、さきほどまでファフニィルが居た階に翡翠色の魔力弾が撃ち込まれ、爆発。そのまま、続けて漆黒の熱線が城の一角を焼き払う。

 宗一達やフランシェスカ嬢達を心配している余裕も無い。

 そのまま城の上階へ進むごとに階下は黒い熱線で破壊されていく。宗一達……俺の仲間を足止めする為に残っていたのだろう魔物達が黒い炎に焼かれて絶命していくのを見向きもせず、ファフニィルは一気に最上階まで炎弾で道を作って移動した。


「――死ぬなよ」

「お前こそな」


 そして、石の壁へ体当たりをして一気に破壊すると空へ躍り出る。破片が地へ降り注ぎ、俺達の眼前――少し先に黒いドラゴンの巨体があった。

 ファフニィルが咆哮を上げ、岩山のような黒いドラゴンへ喰らい付く。翡翠の色が浮かぶ鱗を噛み砕き、爪をたて、引き裂く。鮮血が迸り黒いドラゴンが声を上げる。だが、それはまだ苦悶と言うには程遠い。

 それでも必死にファフニィルが食らいついて暴れると、面倒だと思ったのか振り払うように身動ぎを始めた。

 地震のような揺れに振り落とされないよう、必死にファフニィルの鱗を伝い、黒いドラゴンへと移る。

 俺が黒いドラゴンに移動したのを察したファフニィルは更に暴れて肉を食い千切ると、それを吐き捨てて目の前の傷目掛けて火炎弾を放つ。

 爆発と悲鳴。そして、黒いドラゴンがバランスを崩しながらファフニィルを睨みつける。

 咆哮が、上がった。

 鼓膜が破れそうなほどの咆哮は、まるで遠くにある山々すら震えさせるほど。

 すぐ近くで聞いているだけで、頭がおかしくなりそうになる。それでも必死に鱗を伝い、黒いドラゴンの背を移動する。

 ファフニィルが距離を取る。黒いドラゴンと、正面から相対する。俺がここに居る事を悟らせないために、太刀打ちできない敵に正面から挑む。


「にげろ」


 涙が、出そうになった。

 戦うと決めた。

 どれだけの犠牲を出そうと、戦うと、勝つと、決めた。

 だが、それでも。それでも。それでも――。


「…………」


 ここで、大きな声を出せばファフニィルの努力が無駄になる。

 分かっている。

 理解している。

 だから口を噤んで、一分でも、一秒でも早く移動する。

 黒いドラゴンの眼前に、濁った紫色の魔術陣が浮かんだ。

 同時に、俺も翡翠色の鱗の傍まで移動する事が出来た。

 その鱗に触れる。


「……エルメンヒルデ」


 その名前を呼ぶ。

 アストラエラが付けた名前。長ったらしくて、呼び辛くて、だから――短く呼ぶ事にした。

 その方が、親しく感じるじゃないか。仲間みたいじゃないか。仲が良いみたいじゃないか。

 だから、短く呼んだ。


「エル……来たぞ」


 反応は無い。

 声が届かない。

 拳を握る。

 翡翠色の鱗を全力で殴りつけると、骨の芯まで痛んだ。


「起きろ、エル!!」


 瞬間、漆黒の閃光が迸る。

 ファフニィルが、悲鳴を上げながら――俺を見ながら地へ堕ちた。

 そんなに期待するな。しないでくれ。

 そう言いたくなる。なるけど……俺は、それを口にする暇も無い。資格も無い。俺は、沢山の人を、仲間を犠牲にする事でしか戦えない俺は、せめて――せめて、期待に応えるくらいはしないといけない。

 何度も、何度も、何度も。翡翠色の鱗をぶん殴る。


「エル!!」


 まだだ。まだ生きている。

 ファフニィルも、きっと宗一達も、地下に向かったフランシェスカ嬢達も。

 生きているんだ。死んでいない。まだ、まだ間に合う――。


「――エル!!」



連続更新三日目。

停電したり避難警報が出たりで、大変でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ