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第一話 戦いの前に

 目の前に並べられた料理を口へと運び、ゆっくりと味わいながら咀嚼する。

 右手にはフォーク。テーブルの上には箸やスプーン。

 そして、木製のテーブルの上には所狭しと並べられた料理と、幾重にも重ねられた大皿。

 そうやって料理を食べる俺を、驚嘆の感情を浮かべた瞳で見ているフランシェスカ嬢やフェイロナ。ムルルの方も、いつもと同じ眠そうな瞳ながら、僅かに驚いた様子だ。


「藤堂、飲み物っ」

「はいはい――ああ、宗一君。その料理は向こうの皆に」


 藤堂が持ってきた果実酒の半分ほどを一気に煽って喉を潤すと、自分でも驚くほどの食欲を持って目の前に並べられた食事へとフォークを向ける。

 左腕は、先日シェルファにおられたので動かせない。今は、添え木で固定して肩から三角巾で吊っている状態である。

 折角藤堂が作ってくれた美味しい料理が食べづらい事、この上ない。


「……凄い食欲だな」


 正面に座るフェイロナが、驚きながら口を開いた。その正面にある、こちらも藤堂手作りの料理は半分ほどしか減っていない。

 フランシェスカ嬢も同様だ。半分ほどを食べて、フォークとナイフが止まっている。

 ムルルだけは全部を食べて……けれど、珍しくおかわりをする事無くじっと俺が食べている所を見ているだけ。

 皆が驚くだけ食べて、更にフォークを動かしているのだから当然か。多分、皆の前で食べていた量の倍以上はすでに食べているのだから。


「早く怪我を治さないといけないからな」


 そう言いながら、一口大に切り分けられたコカトリスの唐揚げを口に入れ、咀嚼する。柔らかな食感と、噛めば噛むほど滲み出る肉汁、飲み込む際の喉越し。その三つが合わさって、とても美味。

 蛇女(メデューサ)の串焼き、グリフィンの肉や骨から出汁(だし)を取ったスープ、クラーケンの天ぷら、エルフレイム大陸直送の新鮮なサラダ。

 そのどれもが、食べるだけで身体に活力を与えてくれる。

 『料理人』藤堂柊お手製の料理は、肉体の活性化だけではなく治癒能力、新陳代謝も促進する。流れる汗を右腕の袖で拭いながら、水分の補給も忘れない。

 回復の奇跡や治癒の魔法が効きづらい俺は、こうやって藤堂の料理で肉体を活性化させて治療を早めるのが常だった。

 腹を満たしたら身体を動かし、眠る。

 よく食べて、よく動いて、よく眠る。単純な事なのかもしれないが、それが一番なのだ。

 更に大皿を何枚か開けて、そこでようやく持っていたフォークをテーブルの上へ置いた。最後に、残っていた果実酒を一気に飲み干す。


「ごちそうさん」

「お粗末様でした」


 そうしていると、料理を運び終わった宗一と阿弥が疲れた様子で食堂へと顔を出した。

 先日は数百人という人数しかいなかったアーベンエルム大陸の砦は、いまや活気に満ち満ちている。

 幸太郎の転移魔術でイムネジアやエルフレイムの大陸から人が渡り、その数は戦に届く。これから、もっと増えるだろう。

 すべては、俺を魔神の城へ行かせるため。

 ……一年前は、こんな砦なんか無くて沢山のテントの下で料理をして皆に振る舞っていた事を思い出す。

 そんな、雰囲気。

 あの、魔神を殺す決戦の直前。そんな空気が流れているような気がする。


「フェイロナ、フランシェスカ嬢。身体を動かすから少し付き合ってくれ」

「僕が行こうか?」

「怪我が治ったらな」


 流石に、宗一が相手だと片腕では少し辛い。宗一の性格からして手加減はしてくれるだろうが、それでも怪我をしている最中に過度の運動は逆効果だと分かっているので遠慮しておく。

 そして、怪我をしている最中に無理をしてけがを増やしたら、エルメンヒルデ達を助けに行くのが遅くなってしまう。

 時間は、残り僅かなのだ。


「ちぇ」

「それより、魔術学院の勉強はどうだ? あとで、宇多野さんと学院の先生に聞くからな」

「……まあまあだよ」


 ここでちゃんと出来ていると言わない辺り、律儀なヤツである。

 先ほど話した真咲ちゃんなど、「完璧ですよ」と言っていたのに。……頭の出来は残念だからなあ、あの子。


「予習復習をちゃんとしておけよ」

「これから戦いが始まるのに、勉強の心配なんて――」

「人生、ここで終わりじゃないんだ。やる事をやってないと、後悔するのはお前だからな、宗一」

「ぅ」


 ちゃんと知っているんだからな、学院の成績があまり宜しくない事は。

 旅の途中で、阿弥みたいにちゃんと本を読んだりして勉強をしていなかったからだ。その事を分かっているから、宗一は何も言えずに肩を落としてしまう。

 そんな宗一を見て阿弥が口元を綻ばせていると、調理場で新しい料理を作り終えた藤堂が慌ただしく食堂前に並んでいる騎士や兵士達へ料理を配っていく。


「でも、大丈夫ですか? 怪我、休んでいなくて」


 ひとしきり笑って、心配そうに阿弥が聞いて来た。

 その視線は俺の左腕に、そして悲しげに瞳が伏せられる。


「休んでいる暇なんかなさそうだしな」


 呟いて、無事な右手で左腰に吊った精霊銀(ミスリル)剣の柄を撫でる。

 エルメンヒルデを奪われ――そして、竜山で遭遇したあの黒いドラゴンは、ソルネアを攫った。

 魔神の魔力を注いだあのドラゴンには、魔神の器であるソルネアがどういう存在が理解できたのかもしれない。空を飛べない阿弥達ではどうしようもなく、また魔力が強力過ぎるがゆえに追撃も出来ずに攫われてしまった事を悔いているようでもあった。


「気にするな。まだ無事だ」


 そう言って、右手でその頭を軽く叩くように撫でる。

 根拠など無い。ただの勘だ。

 自分で言うのも何だが、俺のこういった勘はよく当たる。エルメンヒルデも、ソルネアもまだ無事だ。

 なにせ、その両方が、俺を釣る餌になる。


「けど、シェルファと戦ってよく無事だったね、兄ちゃん」

「無事に見えるか?」


 そう言って、骨が折れた左腕を軽く揺する。それだけで、身体の芯まで響くような痛みが走った。

 顔を顰めると、話を聞いていた全員が溜息を吐く。


「いや、身体を張ってまで怪我のアピールはいいから……」


 代表するように、宗一が言った。


「あの野郎。エルメンヒルデを餌にしたら食いつくと分かって生かしたんだ……絶対に後悔させてやる」


 本当、俺という人間をよく理解していやがる。


「そもそも、エルさんが居ないと戦えないけどね」

「舐めんなよ、宗一。俺を誰だと思っていやがる?」


 神様を殺した人間だぞ、と。

 大見得を切ってかかと笑う。すると、フランシェスカ嬢が不思議そうに俺を見ていた。

 その視線に首を傾げると、なんだか慌てて顔を逸らしてしまう。何か変な事を言っただろうか?


「どうした、フランシェスカ嬢?」

「どうかしたの、先輩?」

「ぁ、いえ……その」


 宗一と二人で聞くと、なんだか言い辛そうに口を(つぐ)んでしまった。不自然な笑みを浮かべ、結局何も言えずに視線を逸らされてしまう。

 その様子に、宗一と二人で顔を合わせた。


「蓮司さんが、いつもと全然雰囲気が違うからじゃないですか?」

「おれ?」

「蓮司兄ちゃん?」


 そんな俺達に、阿弥が助け舟を出してくれる。


「だって、フランシェスカ先輩たちと旅をしていた時と今じゃ、雰囲気が違うし」

「そう?」


 自分ではよく分からないな、と。そう呟くと、阿弥が苦笑した。


「今の蓮司さん、昔に戻ったみたいですから」


 その言葉に、宗一が手を叩いて「ああ」と言った。


「そうか?」

「うん、昔みたい。懐かしいね」


 そういうものなのだろうか。やっぱり自分では分からないなあ、と。

 ムルルを見ると、じぃ、と俺を見ていた。


「……目が生き生きしている?」

「……普段の俺は、どんな目だったんだ」


 何となく何を言われるか分かっていても聞いてしまうのが、人間の性か。


「……オークみたいな?」


 せめて、人間に例えてほしかった。

 その言葉に肩を落とすと、宗一と阿弥が声に出して笑った。その声に、食堂内の視線が集まる。


「なんだ、レンジ。また馬鹿をやって嬢ちゃんに笑われてるのか?」

「うるせえ。酒でも飲んで酔っ払って寝ろ、ダグラム」


 その声は、商業都市(メルディオレ)で冒険者ギルドの受付をしていたはずのドワーフ、ダグラムだ。

 他にも、イムネジア王城に務めている騎士や兵士達、エルフレイム大陸の獣人や亜人、妖精。ここ(食堂)には居ないが、エルフの長(デルウィン)獣人の長(グラアニア)半人半蛇(メリジューヌ)のスィもアーベンエルム大陸へ渡ってきている。

 総力戦というには一年前の半分にも満たない人数だが、魔族達の目くらましにはこれくらいがちょうどいいらしい。

 軍の運用は詳しくないので、その辺りはオブライエンさんや各々の長達、そして宇多野さんに任せている。

 以前はそこに俺も加わっていたが、今回はやる事が分かり易いのでその席には座っていない。

 宇多野さん達が魔族や魔物達の目を惹いて、その間に俺が魔神の城へ行ってエルメンヒルデとソルネアを助けて、シェルファと新しい魔王、そしてあの黒いドラゴンを倒す。

 分かり易い、策とも言えない簡単な作戦。

 きっと、シェルファも乗ってくる――俺と、決着をつける為に。


「皆も、飲み過ぎて……酔っ払って戦場で吐いたりするなよっ」


 ど、っと場が湧く。

 酔っ払い共は、容器に笑いながらそれでも酒が注がれている木製のジョッキを傾けて盛り上がる。

 数日後、砦を出て魔神の城へ向かう。

 まだ期日はあるが、これが最後の晩餐でもあるのだ。

 負けるつもりは無い。全滅などしない。

 そう強く思っていても、犠牲の無い戦いなど存在しない事を知っている。

 明日、魔族の斥候と遭遇して死ぬかもしれない。魔神の城へ向かう際に、魔物に襲われるかもしれない。その時命を落とすのは、自分かもしれない。……その恐怖を感じながら、それでも陽気に笑える仲間達が心強い。 


「それじゃ、少し身体を動かすかね」


 そう言って、視線をフェイロナとフランシェスカ嬢へ向けると頷いてくれる。

 エルメンヒルデが居ない。

 神殺しの武器を失くした俺は、ただの人間でしかない。

 ――それでも戦わなくてはならない心が、奮い立つ。

 

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