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幕間 その、オモイの名前は


「ぐ……げ、ぇ――」


 もう少し。

 もう少し力を込めたら……。


「……くふ」


 ついつい、いつものように含み笑いを零しながらそのままでいると、儂の右腕一本で持ち上げられていた男――ヤマダレンジの全身から力が抜けた。

 気絶したのだ。

 首を鷲掴んだまま、気絶しているその表情を下から見上げる。


「他愛無いのう、相変わらず」


 数秒だけ至近距離から顔を眺めた後、地面へ向けて適当に放り投げる。

 気絶しているので当然だが、受け身もとらずに大小様々な石が目立つ地面を転がり、ようやっと止まる。そうして止まった頃には、運悪く頭をぶつけたのだろう、頭部から血が流れていた。


『レンジ、起きろ――レンジ!!』


 頭に、聞き慣れた声が響く。男とも女とも取れる中性的な――女の声。

 だが……。


「呼んでも無駄だ。しばらくは目を覚まさん」


 そう呟いて、力無く四肢を投げ出したまま気絶しているヤマダレンジの傍へ膝を突く。そして、そのままズボンのポケットへと手を入れる。


「そもそも、儂と一対一で戦おうとするのが無謀なのだ」


 ヤマダレンジの実力は知っているし、確かにこの男は儂と一対一で戦える。けれどそれは、いくつもの制約が解放されているのが条件だ。

 おそらく、今解放されているのは二つか三つ程度。逸れっぽっちでは、儂の足止めも出来んと分かっているはずだが……。

 そう考えて、視線を黒いドラゴン――ネイフェル様の器が居るであろう方向へ向ける。

 確か、幾人かの人が居たな、と。

 儂を仲間から遠ざける為の行動か。……無謀過ぎる。


「まったく。このような決着など、儂は望んでおらぬというのに」


 命を大切にしてほしいものだ。

 ……殺そうとしている儂が言うのも妙な話なのだろうが。

 そう考えながら、ポケットから金のメダルを取り出す。


『――何をするつもりだ?』

「言ったであろう? 新しい魔王は神殺しの大罪を望んでいるのでな、お前の力を借りる」

『貸すと思っているのか!?』

「貴様の意思など知らんよ、神殺しの女神」


 そのメダルを、右手に握り込む。

 昔ならば、実体を作って抵抗したであろうが……それも出来ないのか。


「変わったな、貴様」

『……なに?』

「それとも、ヤマダレンジから何も教えられていないのか?」

『…………何を言っている?』

「ふん」


 気に喰わない。

 何が、と問われるなら、何もかもが。……こんな状態の神殺しの武器(エルメンヒルデ)で儂と対等に戦えると思っているのか。

 精霊神の住まう大陸での戦いを思い出す。

 制約を六つ開放しても、魔力の封じられた儂と対等にしか戦えなかったというのに……。


「これも、言ったぞ。儂が、ヤマダレンジを本気にさせると」


 それだけを言って、翼を羽ばたかせて宙へ舞い上がる。

 ああ、つまらない。

 魔と人の戦いは近い。我らが大陸の端に築いた人の砦に戦士が集まり、こうやってヤマダレンジが動いている。そして、ベルドの奴もまた、戦の雰囲気を感じて準備をしている――神を殺す準備を。ネイフェル様の器を利用する準備を。

 それが、どう転ぶか。

 灰色の雲に覆われた空へ飛び上がりながら考えていると、考え事をして無防備だった儂に向かって幾条もの光の矢が放たれる。

 それには見覚えがあった。確か、精霊神の使徒が使っていた弓から放たれる魔力の矢。

 ある程度は戦える相手だったので顔は覚えているのだが、しかし、憶えているエルフの男はそこには居ない。居るのは、見慣れない――こちらもエルフだ。


「代替わりでもしたのか?」


 呟き、左手に持っていた大鎌を一閃。光の矢を魔力の衝撃だけで蹴散らし――しかし二本は消す事が出来ずにそのまま儂に向かってくる。

 それは、翼で身体を包み込むようにして防ぐ。


「ふむ」


 なかなかどうして。それなりの使い手か、あのエルフ。

 だが、翼には傷一つなく、羽が焦げたわけでもない。脅威にはなりそうもない相手だ。

 それだけを考えて、視線をそのエルフから外す。


「戻るぞ」


 いつも通り、特別大きな声を出すでもなく呟く。

 だが、儂の声を聞いたネイフェル様の器である黒いドラゴンは、先ほどまで狙っていた獲物であるリヴヤータンと『大魔導師』から顔を逸らし、儂の方を見た。

 理由は分からないが、どうしてかこのドラゴンは儂に懐いているのだよな……。

 まあ、慕われる分に悪い気持ちはしないが。


「シェルファ――!!」


 だが、そんな儂らが気に喰わなかったのだろう。大声で儂の名前を呼びながら『大魔導師』が杖の切っ先をこちらへ向けると、その眼前に巨大な黄金色の魔術陣が現れる。

 増加、強化の魔術。

 放たれるのは、特大の一撃。先ほども不意打ちで一発撃ち込まれたソレであろう。


「やめさせろ」


 呟きは、ヤマダレンジの仲間達に向けたものではない。

 そして、それを聞いたであろう右手に握り込んでいる金のメダルは、息を呑んだ。……頭の中に息を呑む気配を感じるというのは、なんだか妙な気持ちだな。

 これもヤマダレンジがが感じている感情だと思うと、妙な気持ちだが、そう悪くも思わない。

 儂が殺せなかった相手。儂を殺さなかった相手。

 何故殺せなかったのか。何故殺さなかったのか。

 儂は決着を望みながら、全力のヤマダレンジとの死合いを望む。

 殺すだけなら、先ほど殺しても良かったのだが――殺す気が起きない。

 不思議なものだな。

 やはり、自分の感情が分からない。

 ただ――全力で、戦いたいと思う。殺し合いたいと……そうすれば、きっと心から満足出来るだろう。なにに、というのは分からないが。

 そんな事を考えながら、右手の中にある金のメダルを強く握る。


「今は気分が良い。だが……手を出してくるなら、殺す」

「これだけ同胞を殺されて――逃がすと思うのか、魔王っ」


 リヴヤータンが吠える。

 だが、死にぞこない。全身から地を滴らせ、飛び上がる力も残っていないドラゴンに興味も無い。

 怒りに染まった声。ソレに視線すら向けず『大魔導師』を見下ろす。


『……アヤ』


 女神の声が、頭の中に響く。

 同時に、『大魔導師』が展開した黄金色の魔術陣に揺らぎが生じる。

 魔術は人の想い。創造。それらを形作る力。

 使い手の意思が鈍れば、それは魔術に影響する。ネイフェル様と対等に戦える程に強力な魔術師であるあの女の意思が鈍るというのは、目に見えるほどの影響を魔術に与えるて分かり易い。


「エル!?」

「離れた場所にヤマダレンジが倒れている。連れて、さっさと砦へ戻れ」

「――な、にを!?」

『アヤ、レンジは気絶している……助けてやってくれ』

「死んだわけではあるまいに――情けない声を出すな」


 まったく。これでは、儂が悪者ではないか。まあ、少々傷めつけ過ぎたとは自覚しているが。

 そんな儂を睨みつけながら、『大魔導師』は杖の切っ先を下ろす。


「安心しろ。こんな所で死なれて困るのは、儂も一緒だ」


 山田蓮司との決着は、然るべき時、然るべき場所で。

 儂は約束を果たすために。ヤマダレンジは生きる為に。

 神殺しの女神(エルメンヒルデ)が死んだ際に交わした約束を、果たすために。

 ……ああ。やはりあの時、殺さなくて良かった。

 死にたいと言ったヤマダレンジを生かしてよかった。

 生きる為。人は、その時が最も強く輝く。もっとも強くなれる。それを知っている。その体現者を、知っている。

 だから、あの時我慢してよかった。死にたいなどと弱音を吐いた好敵手に、愛想を尽かさなくて良かった。


「エルメンヒルデは連れて行く――その代わりに、貴様らを見逃してやろう」

「な、にを……エルを返しなさいっ」

「すまないな。新しい魔王が、神殺しになりたいそうなのでな――エルメンヒルデの力を貰う」


 まあ、使えるかどうかは分からないが。

 神殺しの女神(エルメンヒルデ)はヤマダレンジの剣。ベルドに使えるとは思えないし、使えたとしても……とも。

 ただ。


「返してほしければ、取り返しに来い――そう、ヤマダレンジに伝えておけ」


 ただ、この女神の為ならば、あの男は来る。

 神殺しの異能を失くしても、ただの人間でしかないのだとしても。……その先に待つのが死だとしても。

 本気で取り返しに――奪いに来る。

 そう考えるだけで、口元が綻んでしまう。頭の中に、ヤマダレンジとの決着だけが思い浮かぶ。ベルドも、神殺しも、世界も……どうでもいい。

 本気で、女神を取り戻すために向かってくる。

 そして、運が良ければ……。


「くふ……ふふふ。長くは待てん。そう伝えておけ」


 それだけを言って背を向ける。殺気も、追撃も無い。

 ああ、楽しみだ。本当に、本当に。心から……楽しみだ。

 ヤマダレンジ。決着を付けよう。殺し合おう。その瞬間だけは、お前の意思も、声も、瞳も、殺気も、何もかもが――儂に向く。

 その時を思うだけで……ああ。

 ネイフェル様の器が空へ上ってくるまでの間、しばしその妄想に身を浸していた。



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