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第十五話 神殺しのバケモノと最強のバケモノ3

 岩が剥き出しの斜面を滑り降り、即座に剣を握る手に力を込めて空を見上げる。

 そこにはいまだに黒い影が二つ。

 魔王と、魔神の器。

 その一つ。やはりというか、魔王シェルファは仲間達から離れた俺を目で追い――遠くて見えないが、しかし口元を艶やかに緩めているのだと分かってしまう。

 なんというか、これだけ距離が離れているのに視線を感じるのだ。


『逃げるにしても、何か考えはあるのか!?』

「さあなっ」


 滑り降りた勢いのまま阿弥達から離れるように駆け出し、周囲へ視線を向ける。

 右手は崖で、見下ろして見える川は遥か底。飛びおりて川に落ちても、無事では済まないだろう。

 道も狭く、とても戦いには向いていない。

 そのまま岩が剥き出しの細道を走り抜け、僅かに拓けた場所に出る。直後、背後で爆発音。おそらく、あの黒いドラゴンと阿弥がぶつかった――。

 心配だが戻る事も出来ず、阿弥を……皆を信じる事にする。

 あの黒いドラゴンはファフニィルを圧倒するほど強力だが、大柄だ。逃げの一手に集中すれば、なんとか逃げれるだろう。ここは人の手が入っていない大きな連峰。身を隠す場所など、少し走ればいくらでもある。


『迎え撃つのか!?』

「バカか――」


 問題は、こっちだ。阿弥達からシェルファを離すために別行動を取ったが、しかし勝てる策があるかと言うとまったく無い。逃げて、姿を隠して、やり過ごす。

 それが、理想だろう。

 シェルファ相手に正面から挑んで勝てるとは思わない。ただでさえ、今は制約が三つ――『戦う覚悟』と『仲間を守る意思』。あとは、あの黒いドラゴンが傍に居る事で『神と敵対している』といった所か。アイツを相手にするなら五つ――六つあれば、なんとかなるのだが。

 走る勢いを弱めないままどこか戦える場所を……そう考えていると、そんな俺の頭上を小さな影が通り――。


「ちっ!?」


 舌打ちと共に、振り下ろされた大鎌の刃先を神剣(エルメンヒルデ)の腹で受ける。

 ただの振り下ろし。だというのに、たった一撃で両腕が痺れ、口から苦悶の悲鳴が漏れそうになる。相変わらずの馬鹿力。

 その、大鎌の持ち主は攻撃を防がれた勢いのまま、俺の眼前に着地した。飛んできたのだろう、羽ばたいていた背中の黒翼がいくつかの羽を散らす。


「くふ」


 本当に、満面の、という表現がぴったりの笑顔。

 絶世の美女と言って差し支えのない容姿を持つ女が笑っているというのに、心臓が壊れたように高鳴り、全身から冷や汗が溢れ出す。

 乱れる息を無理矢理整え、真剣を両手で構えて腕の震えを隠す。

 視線はしっかりを前を見て――。


『追いつかれたか……』


 隠れてやり過ごすなど、理想も理想。こうなる事は分かっていた。

 覚悟を決めろ。()らなければ()られる。コレは――そういう相手だ。


「くふふ……なんじゃ、ヤマダレンジ。仲間と群れなくて良かったのか?」


 心の底から嬉しそうに、どこか含みがあるような独特の笑い声を口から洩らしながら、シェルファはその大鎌を愛おしそうに胸に抱く。


「偶には、そういう気分なんだよ」

「そうかそうか。それは僥倖――儂も、そんな気分だ」


 シェルファと阿弥の相性は最悪だ。

 魔神と対等に打ち合える魔術師だとしても、その魔術に耐えれるバケモノが相手となると懐に踏み込まれて終わる。戦技は宗一や真咲ちゃんの二人掛かりでも及ばないほど、魔術へ対する耐性は阿弥の攻撃に耐えるほど。

 それが、魔王。俺が知る、最強の敵。

 そんな魔王が、俺の眼前で、その豊かな胸の谷間に大鎌の柄を抱くようにして立つ。隙だらけ……なのだが。


「なんじゃ、ヤマダレンジ。折角逢えたというのに、随分と険しい顔ではないか」

「こっちとしては、お前の顔は見たくなかったんでね」

「つれないのう、相変わらず」


 くふ、と。聞き慣れた、独特の笑い声を口にして大鎌を両手で持つ。

 その切っ先がこちらに向く――。


「何でここに?」

「退屈だったのでな、暇潰しに邪魔なドラゴンどもを殺し尽そうかと思ってな」

『邪魔?』


 摺り足で間合いを計りながら問うと、なんともあっさりと答えてくれる。嘘では、無いだろう。隠し事や策を弄するような性格ではないと知っているし……エルメンヒルデが聞いた邪魔と言う意味も何となく分かる。

 ただ、こちらから答えを口にするのも勿体無い。

 阿弥達が逃げるまでの時間、こちらの話し相手に――。


「こうやって、お主と戦うのに邪魔であろう!?」


 ――瞬間、大鎌を大きく振りかぶってシェルファが正面から突撃してくる。

 五歩分はあった距離が一瞬で詰められ、一息の間に眼前へ躍り出る。

 振り上げられた大鎌と、シェルファの存在感に圧倒されて下がろうとする足に力を込め、こちらも神剣を大きく振りかぶる。


「くそったれっ!!」


 喉を痛めそうなほどの大声で気合を入れると、振り下ろされた大鎌と真剣がぶつかり合う。

 その衝撃はただの一合で剣を手放してしまいそうなほどに手首を痛め、両腕だけでなく両肩まで衝撃が走るほど。歯を食い縛って切っ先を受け止めると、ギリ、と耳障りな金属音が甲高く響いた。

 すぐ目の前にシェルファの顔がある。余裕を感じさせる笑顔で俺を見据え、口元には相変わらずの笑み。

 こちらは歯を食い縛り、震える腕に力は入らず今にも剣を弾き飛ばされてしまいそう。金属がこすれ合う音が鼓膜を叩き、直後もう一度爆発音。

 阿弥達は無事だろうか――そう考える余裕も無い。俺が生き残れるかすら怪しいのだから。


「どうした、神殺し(バケモノ)。この程度かえ?」

「舐めんなよ、魔王(バケモノ)っ!!」


 気合任せに大鎌を押し返そうとして、しかしそう都合よく行くはずも無く横薙ぎに払われた大鎌に弾き飛ばされる。

 僅かに地面が覗く平坦な岩肌をたたらを踏んで体勢を整え、なんとか転がるのを回避。視線はシェルファから逸らさないまま剣を握り直すと、しかしすでに視界にシェルファは存在しない。

 何時の間に、と思う間もなく剣を自身の身長程もある大剣へと変え、頭上に構える。次の瞬間には、押し潰されそうな圧力のある一撃が振り下ろされる。

 右手は剣の柄を、左手は剣の腹を支え、両足で踏ん張る。それでも腰に負担が掛かって悲鳴を上げそうになり――しばらくしてその攻撃が止む。

 だが、大剣が邪魔をしてシェルファの姿を目で負えず、俺の背後に着地した魔王は背中を強かに蹴りつけた。今度は我慢などする間もなく吹き飛ばされ、地面を無様に転がってしまう。


『大丈夫か!?』

「くそっ!」


 エルメンヒルデの声に軽口を返す余裕も無い。

 転がる勢いを利用して起き上がるが、すでにシェルファの姿は無い。

 だが、次の瞬間には右側から殺気のような視線を感じた。目で追ってはいない。だけど、その勘を頼りに大剣を右に構える。

 直後にガン、と甲高い音。大剣ごと吹き飛ばされ、また地面を転がる。その勢いのまま谷底へ落ちそうになって膝立ちに体勢を整えると、大剣を杖のようにして立ち上がる。

 ……一通り俺を吹き飛ばして落ち着いたのだろう。今度は、俺が立ちあがるまで待っていた。


「ふうむ」


 どうやら何かが納得いかないようで、俺を見据えながら首を傾げていた。

 よく分からないが――助かった。以前のシェルファなら、先の一撃で首を刎ねられていたと思う。それだけ、制約が三つしか開放されていない俺とシェルファの間には実力に差がある。

 エルフレイム大陸でも思ったが、弱くなった……と思う。動きが、俺の知っている魔王(シェルファ)よりも鈍いように思う。


「調子が悪いのか?」


 乱れた息を整えながら、話を振る。

 少しでも時間を稼ぐには、話をするのが一番だ。コイツは魔王という肩書があったからか対等な立場の話し相手がいなかったようで、戦いの最中であっても話をするのが好きなのだ。


「なに。お主に合わせてみたのだが、やはり実力を出せないのは中々に歯痒(はがゆ)いものだな」


 おどける様に肩を竦めると、その傷一つない美しい白い指が首を撫でる。ボロ布の様な、服という役割を成していない黒ドレスとは対照的な、白い肌。自身の身長程もある大鎌を振っているというのに細い腕と華奢な肩。

 おおよそ、見た目だけは戦いに向いていない女の喉には、以前は無かった黒いチョーカー。それはまるで、首輪のように見えなくもない。


『合わせた……だと?』

「うむ。常に全力を出せぬという事がどういうことか……無力を嘆いていたヤマダレンジの気持ちを知りたくてな」


 訳の分からない事を言って、左の指で黒いチョーカーを数度叩く。


「魔力を封じてみた。今の儂は、全盛の七割ほどだ」

「――――」


 大剣を、使いやすい長剣に戻す。

 そのまま、何時でも踏み込めるように腰を落とした。


「本気か?」

「うむ――もどかしいな、本気で戦えないというのは」


 瞬間、今度はこちらから間合いに踏み込む。

 シェルファの動きが昔よりも鈍い理由が魔力を封じているからだとしたら、ここが、今が、きっと勝ちの目がある瞬間。

 そう思っての、全力の踏み込み。

 しかし、いくら動きが鈍いと言っても魔族の頂点に君臨していた魔王。こちらの行動などお見通しとばかりに斬り上げの一撃を後ろへ跳んで避け、追撃の振り下ろしは大鎌の刃先を合わせて逸らされる。

 勢い良く振り下ろした神剣の切っ先が剥き出しの岩へ振り下ろされ、両断する。


「これがお前の見ている世界か、ヤマダレンジ」

「俺はもっと弱いぜ、シェルファ」


 情けない言葉を言い返し、更に切り上げ。それも、後ろへ大きく跳んで避けられる。

 そんなシェルファへ向けて即座に剣を弓に変えて構えると、殆ど狙いなど付けずに矢を放つ。翡翠の魔力で編まれた矢が放たれ、空気を裂いて飛ぶ。狙いは胸――心臓。だがそれは、身体を半身にして避けられた。

 即座にまた、弓を剣に戻す。


「ふう――」


 息を整える。

 断続的な爆発音が響いている。その音に負けないように、ドラゴンの咆哮が二種類――あの黒いドラゴンと、リヴヤータンだろう。

 取り敢えず、あの青い……空色のドラゴンが無事であった事を確認できて、小さく息を吐く。


「海の上と、精霊神の大陸。そして今――ああ、なんとももどかしいな、ヤマダレンジ」


 芝居がかった口調の言葉は、あの黒いチョーカーを着けて俺と戦った事を回想してか。

 ただ……今が七割程度の実力だとしても、そこにあの黒いドラゴンが一緒だったとはいえリヴヤータンをあそこまで追い詰めた実力があるのだ。

 ――バケモノめ。

 心の中で呟いて……。


「シェルファ、お前の目的はなんだ?」

「お主との決着……その邪魔となるモノすべてを消す事だ」


 破顔して、何のためらいも無く、即座にそう言い放った。


「ドラゴンも、獣人も、亜人も、人間も――魔族も、魔王も。何もかもが、邪魔なのだ」

「……俺は、お前が思っているほど強くないけどな」

「制約が科せられている今はな」


 くつ、と。いつもとは違う、低い声。

 笑みが深まる。

 深く、暗い――見ているだけで、怖気を感じる笑み。狂気、とも称せるような笑み。左の手の平で顔を覆い、指の隙間から爛々と輝く赤い瞳が俺を射抜く。

 心臓を鷲掴みにされたような恐怖に……生唾を飲み込んで、気をしっかりと持つ。


「儂は、お主を本気にさせる。その為なら何でもする――そう言っただろう?」

「…………」


 知っている。それは、本当だ。

 俺と戦う為なら。決着をつける為なら。本気にさせる為なら……こいつは自身の神であるネイフェルすら……。

 一緒に、戦った記憶がある。世界を壊そうとした魔神と戦う時。――俺との決着の為に、神を裏切った大罪人。

 それほどの覚悟のあるヤツだからこそ、と。


「俺は、お前と本気で戦えない」

「知っている」


 笑う。知っているはずだ。俺の誓約を。七つの枷を。

 魔神の眷属ではない――最強の魔族であるシェルファに、俺は本気になれない。

 だというのに……。


「ヤマダレンジ」

「…………なんだ?」

「本気にさせてやる」


 瞬間、今まで以上の速さで踏み込んでくる。

 かと思うと翼を大きく広げて宙を飛び、大鎌を振り上げた。

 早い――けれど、見え見えの振り下ろしだ。何とか反応して神剣で切っ先を弾き、振り下ろしの打点をズラす。

 地面に叩き付けられた大鎌が岩を砕き、破砕音を響かせる。

 続けて大鎌の柄から左手を放して横殴りに拳を振い、それを上半身を逸らして避ける。

 見えてはいる。けれど、身体が追い付かない。余裕を持って避けたはずなのに拳は鼻先を掠め、続いて放たれた後ろ回し蹴りは半身になって避けようとして、しかし身体が反応出来ずに左の二の腕で受ける。

 鈍痛に顔を顰め……次の瞬間、突き出された左手が俺の喉を鷲掴みにした。


「ぐ、げ――」

『レンジ、剣を――』

「だめだ」


 咄嗟に腰からダガーを抜き、喉を掴む手を斬ろうとしてその手を押さえられる。


「ぎ、ぁっ!?」


 左の手首に、まるで焼けた鉄を押し付けられたような痛み。咄嗟に洩れた悲鳴と共にダガーを落とし、地面へ落ちて乾いた音を立てた。

 更に手首が捻られる。

 ゴキ、と。鈍い音が聞こえた。だが、痛みよりも酸欠で意識が飛びそうになる。


「――ヤマダレンジ」


 名前を呼ばれる。優しい声音とは裏腹に、腕一本で首を支点に持ち上げられた。足が地面から離れ、首が余計に締まる。


「魔王ベルドは、神を殺したいそうだ」

「……ぐ、はっ――は――」


 息が出来ない。脳に酸素が回らない。

 だけど、耳には言葉が入ってくる。頭の中で、エルメンヒルデが俺の名前を呼んでいる――。


「貰っていくぞ。神殺しの武器を」


 それが、最後の記憶。

 その言葉を最後に、酸欠で気を失った。



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