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第十話 最後の旅3

 布団代わりに使っていた外套(マント)を払って上半身を起こすと、大きく伸びをする。

 周囲に見えるのは、土を抉って造られた洞窟。魔物が寝床にしていた場所を奪う形で、昨晩は夜を明かしたのだったか。

 外の風に晒されながら眠るよりはマシだし、ここなら万が一魔物に襲われても出口を注意していればいい。洞窟の奥は行き止まりだが、最悪、阿弥とフランシェスカ嬢に魔術で穴を掘ってもらえばいいので逃げ道も大丈夫。

 そういう事で眠っていたのだが、どうやら思いの外深く寝入っていたようだ。

 洞窟の外はまだ薄暗いが、それでも火の番として起きなければならない時間はとうに過ぎている。洞窟の中で焚かれていた焚き火が、パチリと爆ぜる。その傍で火の番をしていた阿弥が、何時からかは分からないが、じっと俺を見ていた。


「すまない。寝過ぎたみたいだ」

「大丈夫ですよ。蓮司さんは何時も起きているんですから、偶には寝ていても」


 そういう訳にもいかないだろ、と頭を掻く。

 その仕草が可笑しかったのだろう。火の番をしていた阿弥が右手の甲で口元を隠しながらクスリと笑った。


『起こそうと思ったのだが、アヤが起こさなくていいと言ってな』

「これから大変ですから。蓮司さんには休んでほしくて」

「それでお前が無理をしたら意味が無いだろ」


 俺よりも阿弥の方が、役に立てる場面は多いのだから。流石にそこまでは言わず、脱いでいた外套(マント)を羽織る。そして、眠気眼を擦りながら焚き火の火にあたる。


「後は俺が起きているから、阿弥も寝ておけ」

「……はい」


 少し冷たく言い過ぎただろうか。擦れ違う時にその表情が沈んだものであるような気がして、軽く、頭に手を乗せるようにして髪を撫でる。

 洞窟の中、焚き火の明かりに照らされた黒髪がさらりと揺れる。数日の旅で少し痛んだ髪が頬に張り付いており、それを指で払ってやる。


「ありがとうな」

「あ、いいえっ」


 先ほどまで阿弥が座っていた場所へ腰を下ろすと、阿弥は俺が眠っていた場所で横になる。

 外套(マント)を寝袋のようにして体に巻き付けると、そのまま目を閉じた。――何とはなしにその寝姿を眺めていると、すぐに閉じた瞳は開いたのだが。


「見られると、気になるんですけど」

「ん、すまないな」


 そう断って、視線を焚き火の洞窟の中へと向ける。

 フランシェスカ嬢にフェイロナ、ムルル。そしてソルネア。全員が焚き火を囲むように眠っている。


「ふふ」


 そうやって皆を確認していると、不意に阿弥が小さく笑った。視線を向けると、嬉しそうにこちらを見ている。

 阿弥ではないが、見られていると何となく落ち着かない気持ちになり、何となく阿弥の方を見て口元を緩める。何というか、たったこれだけの仕草なのに、可愛らしいというか、見ているだけで癒される。


『早く寝ろ。明日も早い』

「はあい」


 こんな物騒な大陸なのに、阿弥は楽しんでいるなあ、と。

 不謹慎なのかもしれないが、けれど阿弥の余裕は俺達の気持ちを軽くしてくれる。コイツが要れば大丈夫とか、安心だとか、そんな感情を与えてくれる。

 本当なら俺がもっとしっかりしないといけないのに……本当、子供の成長は早いと思う。一年前――初めてこの大陸に来た頃は、子供達はみんなおっかなびっくりで夜も眠れず、昼間は不眠の疲労で動けなかったというのに。

 ……心強いね、本当に。


「静かだな」

『ああ。魔物の唸り声一つ聞こえない』


 頭の中に、聞き慣れた……男とも女とも取れる、声が響く。その声を聞きながら昼間のうちに集めていた枯れ枝を焚き火へ放り、火が消えないようにする。

 火が爆ぜる音と、仲間達の寝息。

 阿弥も、やはり眠たかったのだろう。目を閉じると、すぐに眠ってしまった。薄い胸が規則正しく上下している。

 寝たふりという訳ではない。そういうのは、寝息で何となく分かるものだ。

 だから、ぼんやりと火の揺らめきを眺めながら、溜息を吐く。


『どうした?』


 なんでもない、と。ポケットからエルメンヒルデを取り出して、その(ふち)を指で撫でる。


『また、寂しいのか?』


 からかうような、明るい声。そんなに、寂しそうに俺はしているのだろうか。

 焚き火の火から視線を外し、洞窟の天井を見上げる。やはりそこには何も無く、冷たい土壁があるだけだ。


『――旅が、終わるものな』


 本当に、よく俺の事を理解してくれている相棒である。それとも、隆の砦で話していた事を覚えていたのか。

 まあ、どちらにしても……嬉しくなってメダルの縁をもう一度撫で、焚き火に枯れ枝を放る。


「寂しくないさ」


 出会いがあれば、別れもある。旅とは、そういうものだ。

 一期一会。

 問題は、この出会いをどのように思うかだ。どのように、生かすかだ。ただの出会いとするか、絆とするか。

 ――そのまま、ソルネアの寝顔へ視線を向ける。旅の終わり。別れ。……フェイロナやムルル、フランシェスカ嬢とは違う。ソルネアとの別れは――どうなるのか。

 音を立てないように移動し、地面へ横になった休んでいるソルネアの傍に座る。


『寝顔を眺めるのは、紳士にあるまじき所業だな』

「紳士なんてガラか」


 声に出して笑いそうになり、皆が眠っているという事を思い出して口を噤む。

 そのまま、何とはなしにソルネアの髪へ触れた。俺と――異世界から召喚された俺達と同じ、黒い髪。

 精霊神(ツェネリィア)は、ソルネアが魔神(ネイフェル)の願いの形だと言っていた。

 この黒髪も、アイツの願いなのだろうか。この旅が、あの……戦いにしか喜びを見い出せなかった神の願いなのだろうか。

 そう考えると、なんというか――悲しい気持ちになってしまう。

 アイツは沢山の人を殺した。同族……魔物や魔族だって、アイツの命令に従って死んでいった。何より、この世界――星を破壊しようとした。

 そんなアイツを殺した事は後悔していないし、許せない。

 けれど、もしソルネアという存在がネイフェルの願いであるなら。アイツの願いが、こうやって仲間と一緒に旅をする事だったら。……自惚れなのだろうが、俺と一緒に居る事だったのなら。

 俺は、もっとコイツと話すべきだったのか。一緒に居るべきだったのか。


『レンジ?』

「……なんでもない」


 髪を撫でていた手を止め、長旅でも艶が失われていない美しい黒髪を一房だけ手で掬う。


「ん……」


 ソルネアが、小さく声を出す。

 その声を聞きながら、さらさらと髪を梳く。綺麗な髪。ずっと撫でていたいと、思えるような。



 それからしばらくの時間が過ぎて、洞窟の外が白み始める。積もった雪の所為で外が蒼く見えて、なんだかとても幻想的なものに感じた。

 多分、火の番をしていたので、頭が少し寝惚けているのだろう。

 焚き火が消えないように枯れ枝を補充しながら、少しだけこの場を離れる。


「なあ、エルメンヒルデ」

『うん?』

「……俺な、お前に隠している事があるんだ」


 洞窟の外。冷たい雪を手で掬い、丸くする。

 そうやって作った雪玉を空へ放りながら呟くと、エルメンヒルデは『そうか』とだけ口にした。


「……怒ってる?」

『どうだろうな』


 遠くで、雪玉の落ちる音がする。やはりというか、魔物の気配はしない。夜のうちに積もった雪のお蔭で、魔物の足跡も無い。

 まあ、雪の下を進む魔物も居るので一概には言えないが、エルメンヒルデが何も言わないので取り敢えずは大丈夫だろう。

 そのエルメンヒルデは、声音は、楽しそうだ。笑い混じりの声。明るい声。

 俺がこの一年で聞き慣れた、三年前からは想像も出来ない優しい声。


『いいさ。隠し事の一つや二つ……レンジらしい』

「それはそれで、どうかと思うけどな」


 なんだよ、隠し事がある方が俺らしい、って。

 何となく情けない気持ちになりながら、息を吐く。薄暗い世界の中でも、自分の吐く息が白いという事が分かる。

 息を吐いて手を温め、また息を吐く。


『旅が終わったら、教えてくれるのだろう?』

「ああ」


 その言葉は、すんなりと口から出た。

 旅の終わり。

 もしかしたら、俺はまた旅に出るかもしれない。

 けどそれは、エルメンヒルデとだ。エルとの約束のためではない。

 きっと、それでいいのだ。それが、正しいのだ。そう思うと、なんだか……もう一年も経ったというのに、鼻の奥がツンとする。

 そんな自分を隠すように、また足元の雪を手で集めて、握る。雪玉を、空へ放る。


「ずっと一緒に居よう」

『……そうだな』


 他意はない。

 けれど、自分でも恥ずかしい事を言ったという自覚はある。


『戦いが終わったら、一緒に少し休もう』

「そうだな」


 のんびりと、田舎の宿屋で一日中眠っていたい。

 けどきっと、お前から怒鳴り起こされる。

 だらしないと。働けと。そうやって背中を押されながら、毎日を生きる。

 そんな光景を鮮明に思い浮かべる事が出来て、苦笑する。


「一緒だ」

『ああ』


 何故、こんな事を言ったのだろう。

 厚い雲の向こうで僅かに陽光が覗いている。その眩しさに、目を細める。

 そして、その陽光によってできた影――高い山。

 俺達が目指す、竜が住む山。

 隆達が居た砦を出て七日。俺達は、目的地へと辿り着いた。



毎度恒例、書籍発売前一週間連続更新。(漢字ばっかり

一日目です。

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