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第二十話 最後の地へ

「忘れ物は無いか?」


 紅の竜の背に荷物を載せ終わり、最後に仲間達を見ながらそう声を掛ける。フェイロナにムルル。エルフレイム大陸まで共に旅をして、これから一緒にアーベンエルム大陸へと渡る仲間達だ。

 その三人は揃って頷き、この大陸から旅立つ、その時を待つ。

 そんな仲間達の後ろでは、旅支度を手伝ってくれた友人と、獣人や亜人の戦士たちが並んで居た。

 真っ直ぐな視線を向けられると少しばかり気恥ずかしいが、旅立つ俺達を見送ってくれるその気持ちに勇気づけられる。


『後は、アヤとソルネア、それにフランシェスカか』


 エルメンヒルデが呟く。

 そう。この場に、三人の姿は無い。これからの旅、ソルネアがドレス姿ではなにかと不便だからと旅装束を選んでいるのだ。

 確かに俺もそう思ったので異論は無かったが、しかしどうして女性の身支度というのはこんなにも時間が掛かるのだろうか。ふとそう思って、ムルルを見る。こちらは、今までと同じ、白の外套(クローク)に同色のインナーとホットパンツ姿。薄着過ぎるような気もするが、寒暖の差に強い獣人だし、今までも同じ服装だったので特に気にならない。

 ソルネアもこんな……薄着だと、色々と目のやり場に困ってしまうか。そう考えると、視線を向けられていたムルルが首を傾げた。


「なんでもない」

『どうせ、また変な事を考えたのだろう』


 お前はエスパーか、と。その言葉を飲み込むと、デルウィンとグラアニア、そしてスイがこちらに来た。


「気を付けろよ」

「おう」


 デルウィンが右手を上げると、手の平をこちらへ向けてくる。その手にこちらも右手を合わせると、パチン、と乾いた音がした。

 ハイタッチ。本当ならば事が上手くいった際に喜びを表す行動なのだが、どうにもこの三人には間違った印象で伝わっているらしい。

 験担ぎとか、そんな感じで。以前、宗一達としていた所を見られ、それからずっと物事が上手くいくようにという感じでハイタッチをしている。

 ただ、それも悪くないと思う。別にここは地球ではないのだし、細かく何かを言うのも野暮であろう。間違った知識ではなく、新しい験担ぎの一つとして。

 そう考えながら、グラアニア、スイともハイタッチを済ませる。


「またアーベンエルム大陸なんて、レンジは物好きねえ」

「俺だって、行かないで済むならもう二度と行きたくないよ」


 そう肩を落とすと、デルウィンとスイから笑われてしまう。ただ、グラアニアは黙ったままだ。

 じ、っとこちらを見ている。

 いや、言いたい事は分かるのだが。なんとも居心地が悪い。俺は悪くないのに、こうも罪悪感を感じるのは俺もグラアニアと同じで子供……血の繋がりは無いが、息子娘と思っている少年少女が居るからか。

 スイの笑い声が、乾いたものへと変わる。普段は明るいお姉さん然とした彼女だが、難しい話や重い空気は苦手なのだ。だからこそ、お姉さん然と明るい口調で話しているのかもしれない。

 いつもは元気に動いている半人半蛇(メリジューヌ)の尻尾も、今は力無く止まっている。


「レンジ」

「お、おう」


 そのグラアニアが、口を開いた。

 重苦しい、何か大切な覚悟を決めたような――父親の声だ。


「ムルルを頼む」


 そう言うと同時に、カクンと上半身が沈んだ。ムルルが、後ろからグラアニアの膝裏を蹴ったのだ。所謂(いわゆる)ヒザかっくん。俺達の世界でなら子供達が良くする遊びだが、流石に膝裏を蹴られるとなるとそれなりに痛かったようでグラアニアが小さく呻き声を上げて後ろを振り返った。


「何をする、ムルル」

「お父さんは黙っていて」


 その声音と視線は、とても冷ややかだ。父親へ向けるものではないような……ふとそう感じて、少し目頭が熱くなった。俺も、宗一や阿弥達を子供扱いする時は気を付けよう。

 グラアニアを反面教師のように感じながら、胸中で誓いを立てる。


『また馬鹿な事を考えているな?』

「お前は本当にエスパーか何かか?」

『なんだそれは?』


 知らないならいい、と。むしろ知らない事が当たり前なのだが、詳しく説明する事は止めておく。

 そんなムルルに倣うように、フェイロナもこちらへ歩み寄ってくる。


「……デルウィン様」

「ああ、フェイロナか。すまないな、見苦しい物を見せてしまって」

「ほんとう」

「…………」


 これでも、戦いの際にはすごく格好良いし、凄く強いのだが。そう、やはり胸中で擁護しておく。口には出さない。

 藪を突いて蛇を出す趣味は無いのだ。


「いいえ。ムルル殿が御父上に愛されているのは、仲間として、見ていて嬉しい事です」


 ここで、仲間として、というのがフェイロナの上手い所である。グラアニアの顔を立て、尚且つ親バカ空必要以上に睨まれないように仲間であるという所を明確にしている。

 案の定、グラアニアは我が意を得たというか、まるで子供のように顔を綻ばせてフェイロナを見た。


「そうかそうか」


 なにがそうかそうか、だ。多分、この場に居るグラアニア以外が思った事だろう。


「それで、どうしたフェイロナ殿?」


 上機嫌で、グラアニアが聞く。その隣で、スイがあからさまな溜息を吐いた。

 同時に、ファフニィルの背に乗っていた幸太郎が飛び降りてくる。


「荷物は載せ終わったよ」

「おう、ありがとうな」

「どういたしまして」


 俺の言葉に、肩を竦めながら幸太郎が言う。そんな幸太郎の隣へスイが移動すると、蛇である下半身を上手く伸ばして幸太郎の頭を撫でた。


「偉い偉い」

「……子供扱いしないでくれるかな?」


 憮然としながら、いつものように強気を装って声を出す。しかし、恥ずかしそうに視線を逸らしているので何とも締まらない。


「あら、そう?」


 そんな幸太郎が可笑しかったのか。今度は、その豊満な胸に幸太郎の頭を掻き抱いた。


「むぐぅ!?」


 その、圧倒的な胸に埋もれた幸太郎がくぐもった悲鳴を上げる。……少し羨ましいと思ってしまった。

 幸太郎が暴れるたびに僅かばかりの――それこそ布切れともいえる薄着しか纏っていない胸が揺れる。揺れるというか、波打つ。あんな胸の中で窒息出来たら幸せなのだろうか。


『こほん』


 そんな思考を浮かべていると、エルメンヒルデが器用に咳払いをした。


『スイ。フェイロナが困っているぞ』

「あら。レンジ達の緊張を解そうとしていたのだけれど」


 ああ、確かに緊張は解れたな。逆に、今度は微妙な空気が漂ってしまっているが。

 その微妙な空気をどうにかしようと、取り敢えずエルメンヒルデに倣って咳払いをしてみる。


「どうした、フェイロナ?」

「ん――デルウィン様、私などがこの弓と剣をお預かりしても……本当によろしかったのでしょうか?」


 気を取り直して、フェイロナがデルウィンへ問い掛ける。それは、今も背にある神弓と、腰に吊られた神の祝福を受けた精霊銀(ミスリル)の剣を差した言葉だろう。

 確かにその武器は精霊神(ツェネリィア)からデルウィン――いや、代々のエルフの長が受け継いでいくものだ。それをエルフとはいえ、エルフレイム大陸ではなくイムネジア出身のフェイロナが使ってもいい物か……。フェイロナは、そう聞いているようだ。


「ツェネリィア様からの御言葉だ。その弓と剣で、レンジを守ってやってくれ」


 俺が守られるのか、と。その言葉を飲み込むと、エルメンヒルデがクスクスと笑った。

 まったく。


「これでも、やる時はやる性格なんだがね」

「自分で言うような事ではないな」


 デルウィンの言葉に、この場に居た全員が口元を綻ばせる。いや、幸太郎だけはようやくスイの拘束から逃れて息を喘がせていた。……羨ましい。


「なに、レンジも抱きしめてあげましょうか?」

「遠慮しておくよ。興味深くはあるが、そんな事をしたら魔女殿から呪い殺されそうだ」

「……それ、優子さんに伝えていい?」

「やめろ」


 幸太郎の言葉に、即座に反応する。そんな事になったら、呪い殺されるどころの話では済まなくなりそうだ。

 今生の別れという訳ではないが、しかしこれから向かう場所は今までで最も危険な大陸である。その事をこの場に居る全員が理解しているはずなのに、しかし緊張感の欠片も無い馬鹿話で盛り上がる。多分、これから向かう場所の事を深く考えたくないのかもしれない。そうしていると、周囲に居た獣人や亜人の戦士達が道を開けた。

 そちらへ視線を向けると、いつもの旅装束に身を包んだ阿弥とフランシェスカ嬢――そして、見慣れた黒いドレス姿ではなく、動き易い軽装に身を包んだソルネアが現れる。

 上は白のブラウスに、下は僅かにスリットの入った膝丈のスカート。足は黒のストッキングに包まれ、革のブーツを履いている。そのブラウスの上には、こちらも黒の外套(マント)を羽織り、首から何やら高価そうなネックレスを下げている。おそらく、何かしらの魔術的な保護がされているのかもしれない。普通の装飾品と言うには、どうにも威圧感のような力を感じる。

 そして、長い黒髪はポニーテールのように纏められていた。

 これで表情に変化があれば完璧なのだが、と。そう心中で軽口を叩く。


「よし、揃ったな」


 そう声を出す。別に、容姿を褒めるのもどうかと思ったのだ。

 だが、アヤとフランシェスカ嬢は不満だったようで、そしてスイが俺の脇腹を肘で小突いた。


「ヘタレ」

「……アナスタシアもだけどさ。どこでそんな言葉を覚えているんだ、お前」

「コウから」


 その言葉に幸太郎を睨むと、睨まれた本人は下手糞な口笛を吹きながら視線を逸らしていた。


「よく似合っているよ」

「ありがとうございます」

『……それだけか?』


 感想を口にすると、エルメンヒルデから呆れられてしまった。……空気を読まないお前にだけは、言われたくないと心から思う。


「いいんだよ。ほら、行くぞ」


 俺がそう言うと、フェイロナとムルルが苦笑しながらファフニィルの背へと登っていく。あの黒いドラゴンへ対抗する為に大きくなったのは良いが、こうやって移動する際に登るのには難儀するようになってしまった。そうして、続いて阿弥が。

 フランシェスカ嬢が登る段になって、その背中に声を掛けた。


「良かったのか?」

「私は――私が行ける所まで、レンジ様と旅をしたいです」


 それは、昨晩彼女から聞いた決意と、同じ言葉。

 アーベンエルム大陸へ渡るのでお別れだ、と。そう伝えた時に、フランシェスカ嬢が言った言葉だった。

 魔術都市(オーファン)で分かれる時に、旅が好きだと言っていた。商業都市(メルディオレ)でこれからどうするのかと聞いた時に、一緒に旅をしたいと言っていた。

 そして――行ける所まで、付いていきたいと。一緒に旅をしたいではなく、行ける所まで行きたいと。そう口にした。

 その言葉を尊重した俺を、フランシェスカ嬢のご両親はどう思うだろうか。

 あの人達は、フランシェスカ嬢のやりたいようにやらせたいと言っていた。けど本心は、安全な場所で学者や商人のように生きてほしかったのではないだろうか。

 ……そう思うと、フランシェスカ嬢が満面の笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。


「私の意思です」

「ああ」


 その一言に、他に返す言葉が見つからない。

 フランシェスカ嬢が腹を括ったのだから、俺がとやかく言う事ではない。

 ――だから。


「無理をするなよ」

「はい」

『無理をすると、レンジまで無理をしなければならないからな』


 俺の言葉を補足するように、エルメンヒルデが言う。

 その声を聞いたデルウィン達が、小さく肩を震わせた。


「では」


 フランシェスカ嬢も肩を震わせながら、ファフニィルの背へ登っていく。先に登っていたフェイロナが手を貸す形で登るその背中から視線を逸らし、最後の旅仲間……この旅の目的であるソルネアが傍に来た。


「行くぞ」

「はい」


 結局、あれから数日が経つがソルネアに目立った変化はない。

 あの蒼い光は何だったのか――黒いドラゴンに会えば、分かるのだろうか。ソルネアと同じ、魔族側が用意した『魔神の器』に。


「そういう服装も似合うな」

「――ありがとうございます」


 その返事を口にするまでに、一瞬の間があったような気がした。

 だがやはり、その表情に変化はない。きっと、俺の気の所為だろう。

 そして最後に、俺がファフニィルの元へ向かう。


「レンジ」


 デルウィンが、俺の名前を呼んだ。

 振り返る。


「また酒を飲もう」

「おう」


 そのデルウィンの隣で、幸太郎が俺に視線を向けてきた。


「蓮司さん」


 いつもの、強気を装った声ではない。井上幸太郎という、青年の声。人に接するのが苦手で、でも変わらなければと思っている――初めて会った時ではなく、こちらへ心を開いてくれた時に向けてくれた声だ。


「四十二日後に」

「ああ、四十二日後だ」


 それは、幸太郎の魔眼――『未来視』が見た未来。

 俺達は四十二日後に、この旅を終わらせる戦いを始めるそうだ。それは、魔族との戦い――シェルファとの決着を意味するのかもしれない。

 その言葉に返事を返して、ファフニィルの背へ登る。


「行くぞ」


 そう首筋を軽く叩くと、眠るように身体を横たえていた竜の王が鎌首を(もた)げた。


「もう、よいのか?」

「ああ」


 巨大な翼がはばたく。突風が起き、土埃が舞い、地面に立っていたデルウィン達が離れるのが見える。

 高い位置からその様子を見降ろし、空へ視線を向ける。

 青い空と、白い雲。輝く太陽。

 ドラゴンの巨体が宙へ浮くと、遥か遠くに灰色の雲が見えた。まだ小さい――遠い場所。俺達が目指すべき場所……ソルネアが行かなければならない場所。決戦の地。

 アーベンエルム大陸。

 視線を下へ向けると、すでにデルウィン達はとても小さくなっていた。遠くに、世界樹も見える。

 ――目を凝らす。

 そこに、人影が見えた。白と黒。結衣ちゃんとナイトだ。手を振っているようにも見えるが、遠すぎて詳細は分からない。何となく、あの二人だと感じただけだ。


「あまり怒ってやるなよ」

「怒らないさ」


 ファフニィルが、珍しく口を開く。

 誰の事を言っているのか、分かっているつもりだ。


「アレは、寂しがり屋だ」

「知っているよ」


 だから、笑う。かかと笑って、肯定する。


「会えば、お前に行くなと言ってしまうからな」

「しょうがない」


 だって。


「俺は弱いからな」

「そうだな」


 だが、いつかのように――ファフニィルは俺の言葉に呆れることなく、同意してくれた。

 それに、どうせ四十二日後に会えるさ。

 さよならなんて似合わない。またな、なんて気障な言葉も似合わない。なら、何も言わずに旅に出るのが丁度良い。

 そういうものだ。俺とアナスタシアの関係は。



連続投稿八日目。

何時から連続更新が七回だと錯覚していた……?

いや、私が日数を間違えただけですけどね。

実は最初から八回更新の予定だったんですよ。

だって、今回で七章は完結ですもん。キリが良いですもん……


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