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第九話 神殺しとオーク4

 この世界に来て一番不便な事は、ネットが無い事だと俺は思う。

 インターネット。現代文明の象徴。知恵の宝庫。何処にでも繋がる電子の糸。

 調べれば何でも載っている。

 知りたい事、判らない事、不思議な事。

 そして、誰とでも繋がっている。

 たとえば――会いたい人、連絡を取りたい人、話したい人、知らない人とも。

 だから、今はネットが欲しいなぁ、と。

 よく晴れた空を見上げながら、そんな事を思う。

 確か宗一君はどこかの学校に通ってる筈だから、時間はあるはずだ。

 ちょっと呼んで、オークを討伐してくれないかなぁ、と。

 魔物退治とか、勇者の仕事だし。


「レンジさん、この穴はどうですかっ」


 肩で息をしながら、馬鹿な事を考えている俺にフランシェスカ嬢が話しかけてくる。

 その表情は自信に満ち溢れ、満面の笑顔だ。

 汗で濡れる額に髪が貼り付き、輝くような笑顔を眩しくすら感じさせる。

 ……言っている内容はアレだが。

 年頃の娘が穴とか大声で言うとかどうだろう? 俺としては歓迎すべき素敵な事だ。

 親御さんに知られたら殺されかねないな、と。他人事のように考えながらフランシェスカ嬢が作った落とし穴に視線を向ける。


「悪くないんじゃないか?」

「よしっ」


 幅八十センチ、深さは約二.五メートル。俺がすっぽりと収まる立派な穴だ。

 オークが落ちたら這い上がれない、絶妙なサイズと言えるだろう。

 両手を握って喜びをアピールするフランシェスカ嬢。

 よほど嬉しかったのだろう、少し泣いているようにも思えた。

 まぁ、五十個近く落とし穴を作らされたら、泣きもするか。


「んじゃ、次は穴を埋めようか」

「…………」

「掘ったら埋める。街道の周りを穴だらけにしてたら、誰かに怒られるぞ?」

「……掘らせたの、レンジさんなのに」

「大丈夫。ちゃんと手伝うから」


 ちょっとブスッとしてるフランシェスカ嬢に苦笑しながら、村の人から借りたスコップを肩に担ぐ。

 そんな俺の姿を見て、溜息を吐くフランシェスカ嬢。


『あー……阿弥も落とし穴を作った後は、あんな感じだったな。初めの頃は』


 うむ。懐かしい思い出である。

 その後、教育の賜物というべきか、穴掘り系魔術師が出来上がった。

 悲惨な事件だったな、本当に。『大魔導師』の黒歴史と言えるだろう。今でも穴を掘ってそうだが。

 昔の思い出に懐かしみながら、フランシェスカ嬢の脇に山のように積まれた土をスコップで崩していく。

 そのまま、近くの穴に放り込む。


「でも、レンジさんって魔術は使えないんですよね?」

「うん?」


 穴を埋めていたら、フランシェスカ嬢が不思議そうに聞いてきた。

 ちなみに、向こうは魔術で土を浮かせて運んでいる。

 やっぱり魔術は便利だな、と再確認。


「どうして魔術に詳しいんですか?」

「別に詳しくないだろ。たぶん」

「そんな事無いですよ。少なくとも、落とし穴の魔術を思いつくなんてレンジさんくらいだと思います」


 そうだろうか?

 まぁ多分、何処かの誰かが使ってそうだが。落とし穴。


「よく言われる。変な考えをしてるって」


 俺の魔術の考え方は、エルフやピクシー……亜人の精霊魔術に似ているんだそうだ。

 直接的な攻撃魔術を得意とする人間。

 対して亜人たちは、奇襲や拘束、状態異常――間接的な魔術を得意とする。

 人間と亜人の交流は近年になってからだ。

 魔神という共通の敵が居たから交流を深めた。

 それ以前は争うとまではいかなくても、互いに不可侵を決め込む間柄だったのだとか。

 自然を切り開き、焼き払い、領土を広げる人間。

 自然と共に生き、大地に感謝する亜人。

 相容れる訳が無い、とも言えるのか。

 そういう意味では、魔神に感謝なのかもしれない。

 まぁ、そんな関係だったのだ。魔術の体系を教え合うほどお互いに親しくは無い。

 俺達のように特別でなければ知りえない情報だろう。


『一番の変わり者だからな、レンジは』


 なぜそこで嬉しそうに言うのだろう、俺の相棒は。

 繊細とはとても言えない心に僅かな傷を負いながら、溜息を吐く。


「あ、ごめんなさい……」


 そんな俺をどう思ったのか、普通に謝られてしまう。

 それはそれで傷付くからやめてほしい。

 その後も、他愛のない事を話しながら二人で穴を埋めていく。

 俺のこれまでの旅の事とか、冒険者の前は何をしていたのか、どうして冒険者になったのか。

 なんでか俺の事ばっかりだったが、お嬢様には冒険譚というのは良い娯楽なんだろう。

 不思議とオークの事が話題に上がらなかったのは、多分怖れていたからか。

 明日、戦う事になる。

 今日はこのまま休んで、万全の状態で挑む。

 口にはしなかったが、フランシェスカ嬢も気付いているのだろう。明るく笑っていても、表情が少しずつ硬くなっていた。


「大丈夫」


 穴を埋め終えて、メダル(エルメンヒルデ)を指で弾く。

 夕焼けを反射して、キラキラ輝きながらクルクル回る相棒を手で掴む。


「表だ」


 握った手を開くと、宣言通り表。


「上手く行く。俺達は無事に依頼を達成する」


 そう宣言すると、強張っていた表情がいくらか和らいだような気がした。

 まぁ、実際は掴む際に表か裏かを確認しているのだが。

 そのくらいの動体視力は持ち合わせている。異世界補正(チート)は伊達じゃない。


『相変わらず口がよく回るな、レンジは』


 その呆れ声に、苦笑を返す。大人は汚いものだ、エルメンヒルデ。

 タネも仕掛けもあるが、安心させるには丁度良い。

 もう必要無くなったスコップを肩に担ぎ笑みを浮かべると、笑みを返される。

 こうやって笑ってもらえるなら、ズルも悪くない。







 翌朝、まだ薄暗い時間帯、太陽が昇り始める前に森の入口へと俺達は来ていた。

 生きているなら睡眠が必要だし、腹が減る。

 オークだって夜は眠るし、朝食を食べる。

 寝起きか、朝食の途中を襲う作戦だ。夜襲をかけないのは俺達が夜の森に迷う可能性があるから。

 俺は森を歩き慣れているが、 奇襲の予定だから明かりも使いたくない。道に迷う可能性は十分高い。

 フランシェスカ嬢が居るなら尚更(なおさら)だ。


「大丈夫でしょうか?」

「さて。フランシェスカ嬢が上手く立ち回ってくれれば、大丈夫だろうさ」

「……もう」


 チュニックに若草色のズボン、その上に外套(マント)を羽織り、腰には小振りの鉄ナイフ。

 あとは傷薬を詰めた小さな荷袋を背負っている。

 傷薬はあまり使いどころは無いだろう。戦いが終わった後の為だ。

 ゲームの回復薬(ポーション)のように即効性が無いので、戦闘中にはとても使えない。

 ポケットには最も信頼できる相棒だ。俺のいつもの装備。準備は万全。

 フランシェスカ嬢は皮の胸当ての留め金を指で弄りながら、自身の装備を点検している。


「そんな軽装で大丈夫ですか?」

「オークの攻撃なんて、当たれば終わりだ。重鎧を装備してようが、中身がダメになる」


 それよりも、避けに徹した方がはるかに安全だ。

 魔術師であるフランシェスカ嬢なら、射程外から落とし穴で無力化すればいい。

 装備の点検が終わり、森を進む。

 場所は判っている。住処をあれから移していなければ、だが。







「レンジさんは凄いですね」


 どれくらい歩いただろうか。

 森の中を歩いていると時間の感覚が無くなる。

 フランシェスカ嬢は俺の後ろを、付かず離れずの距離を開けて追いかけてきている。

 目的の場所までおおよそ八割ほど歩いたくらいで、フランシェスカ嬢から話し掛けられた。

 森に入ってからはお互いに無言だったから、少し驚いてしまう。

 空気を読んでか、エルメンヒルデまで無言なのはどうかと思うが。

 まぁ、フランシェスカ嬢が傍に居ては返事が出来ないので、結局独り言を延々という事になるだろうが。

 ……それはそれで拷問か。

 時折落とし穴を作って罠を張り、その場所に目印を付ける。

 もしもの場合、逃走する時に使う為だ。


「何がだ?」


 造った落とし穴に、草で蓋をしながら声を返す。


「オークが十二匹も居るのに、いつも通りです」


 そうだろうか?

 いつもはもっと喋る。馬鹿を言ったり、森を歩き慣れていないフランシェスカ嬢がはぁはぁ言っている姿を見て楽しんでいる。

 そう考えると、きっと俺も緊張しているのだろう。

 魔神を殺した。魔族と、魔王とも戦った。

 それでも俺は怖い。

 人間は簡単に死ぬ。その事を知っているから。そして、俺も人間だから。

 神殺しだ英雄だと言われても、俺達も人間なのだ。


「私は怖いです。手が、震えてます」

「そうか」


 俺もだ、とは言えなかった。

 何故なら俺は先輩で、年上で、男だから。

 いつもそうだ。

 仲間は俺より年下だった。ただ一人同い年の仲間は女性だった。

 だから俺は弱音を吐けず、怖くても挫けず、泣きそうな傷を負っても泣かなかった。

 そうしなければならなかった。

 俺は年上で、男で、大人だから。

 ……損な役回りだと思う。本当に。

 森は、暗い場所は、無言は駄目だ。悪い方向にばかり考えてしまう。

 立ち上がり、進むのを再開する。


「大丈夫だ。君は死なない」


 ただ、そう言葉にする。

 意味は無い。

 死ぬ時は死ぬし、どんな状況でも生き残るような奴は生き残る。

 だから、俺がそう言う事に意味は無いだろう。

 無言が苦しくて言葉に出した、ただそれだけの事だ。


「はい」


 だが、その一言で安心してもらえるなら、何度でも言おう。

 そう思う。態度や実力で示せるほど、俺は強くない。

 俺の『神殺しの能力』(チート)は酷く弱い。限定的な状況でしか使えない。

 だからこそ、俺は他の十二人と違い、最弱なのだ。


『なんだ?』


 無意識に、ポケットの中のエルメンヒルデを撫でていた。

 意味は無い。ただ――不安を紛らわせただけだ。


『本当は弱虫の癖に』


 そういう事は言わなくていいんだ。

 俺は男で、大人なんだから。泣きたくても、怖くても、震えていても、弱音は吐けないのだ。

 そういう役どころなのだ、俺は。


『レンジは死なない。私が居るからな』


 あーそーかい。

 苦笑して、もう一度だけポケットの中のメダルを撫でた。

 そうこうしているうちに、目的の場所に到着した。

 (くさむら)に身を潜めて、周囲を(うかが)う。

 オークの集落。

 数は……十四。


「また増えてやがるな」

「……寝てる?」


 視界の先では、木々をなぎ倒して作った開けた場所に、オークが横になって眠っていた。

 ある者は切り株を枕にして、ある者は得物を枕にして、ある者は仲間を枕にして。

 酔っぱらいの集団か。人間というかおっさん臭い仕草に、フランシェスカ嬢の緊張がいくらか和らいだような気がする。


「魔物だって眠るさ」

「そうなんですね」

「こんな事は、学院では教えてくれなかったのか?」

「……ぅ」


 どうやら教えてくれないらしい。

 事前に教えてはいたが、半信半疑だったのだろう。少し話すと、さらに緊張が和らいだ。

 魔術学院だし、魔術の勉強ばかりなんだろうな。

 魔物と戦うより学問に精通してるようなイメージだし。


「作戦の第一段階は成功か」

「そうですね」


 ここで完全にオークたちが覚醒していたら不意打ちからの潰し合いになっていた。

 これなら、まず半分以上を無力化できるだろう。

 少し安堵して、問題の黒いオークを探す。

 だが、居ない。

 場所を移動して探してみたが見つからない。この集団には居ないのだろうか?

 新種だ、仲間から外されたとの考えも……無いか。

 アレはこの集団のリーダーだ。たぶん別の場所に居るのだろう。

 探すのもいいが、いつこの集団が起き出すか判らない。

 太陽ももうすぐ目立つ高さまで昇る。オークたちが起き出すまで、そう時間は無い。


「まずは雑魚を無力化する」

「オークが雑魚ですか……はい」


 俺としてはそう思っているのだが、やはりこの世界の住人にとって魔物は下級でも脅威なのだろう。

 それが魔術師であっても。


「おそらく、途中から黒いオークが乱入してくるはずだ」

「黒い?」

「ああ、黒い」


 それ以外に表現のしようがない。

 肌が黒い以外は、普通のオークとあまり変わらないのだし。


「そいつの相手は俺がする。フランシェスカ嬢は無理はしないで、距離を置いて普通のオークを落とし穴に落してくれ」

「黒い……こんなにオークが集まったのは、そのオークの所為ですか?」

「さてな。俺は学者でもないから判らん」


 オークが集まった理由は、頭が良い連中が考えればいい。

 俺は、俺が出来る事をやるだけだ。

 オーク討伐を。

 腰から鉄のナイフを抜く。

 心許ない刀身へ一瞬だけ視線を向け、溜息を一つ。


『危なくなったら私を使え』

「判ってる――」


 深呼吸を一つ。

 緊張しているのか、高揚しているのか。心臓の動きが早い。

 だが、ナイフを握る手に汗は掻いていない。

 フランシェスカ嬢も刃渡り七十センチほどのショートソードを抜き放つ。

 切っ先が震えていた。


「大丈夫」


 もう一度言う。


「君は死なない」


 






 不意打ちは成功だった。

 八匹のオークを落とし穴に落し、その驚いた声に他のオークたちが起き出す。

 それでも連中は一様に混乱していて、マトモな行動をとる事は無い。

 獲物を探したり、落ちた仲間を見て慌てたりしていた。

 (くさむら)から飛び出し、一番近くに居たオークに肉薄。

 驚きながらも突然の乱入者に向かって拳を振り上げるが、それが振り下ろされるよりも早く鉄のナイフでその脇を斬る。

 浅いどころか、刃が通らない。


「ちっ」

『ナマクラだな』


 まったくだ。

 予想はしていたが、実際に通らないと舌打ちもしたくなる。

 しかし、俺という乱入者に気を取られたオークの一匹が、フランシェスカ嬢が作った落とし穴に落ちていく。

 いきなり足元に落とし穴が出現しては、鈍重なオークでは対応のしようがない。

 残り五匹。

 落ちた仲間を気にせず、二匹のオークが俺の正面で得物を振り上げる。


「ふん」


 その二匹の間に来るような位置に移動し、一匹のオークの膝を横から蹴る。

 オークの足は短い。それは肥大した上半身を支えるのに、人間のような細長い脚では無理だからだ。

 細長い脚は体重を支える事が出来ずに小回りを苦手とする。

 オークに挟まれるような形になったが、二匹ともまだ俺の方を向いてすらいない。

 もう一度蹴る。今度はもっと力を込めて。

 今度は鈍い音を立ててオークの膝があり得ない方向に折れた。

 異世界補正(チート)で強化された脚力だ。本気で蹴れば大男だって吹き飛ばせる。

 その脚力でオークの片膝を蹴り砕く。

 自分に何が起きたのか理解できないのか、オークの動きが止まる。

 俺を挟んで反対側のオークはやっと俺の方を向き、得物を振り上げるところだ。


「レンジさんっ」


 フランシェスカ嬢の声を無視。

 振り下ろされる一撃を紙一重で避け、膝を砕かれて動かないオークの頭が仲間の一撃で潰される。

 鉄のナイフで無理なら、もっと強力な一撃で仕留めればいいだけだ。

 鈍いオークは格好の的である。

 残り四匹。さらに、俺の正面に居たオークが重力に引かれて落ちていく。

 すぐ足元には、穴から這い上がろうと天に向けて両手を伸ばす豚。

 だが、穴の淵に指は届くが、自分の体重を持ち上げれるほどの腕力は無いようだ。


「あと三匹」


 その三匹が、向こうから走ってくる。

 その迫力に後退り、そのまま落とし穴を避けて走り出す。

 逃げる訳ではない。


「落とし穴っ!」


 俺の進路上に落とし穴が作られる。それを飛び越え、後ろでうめき声。

 振り返ると俺を追いかけるオークは二匹に減っていた。

 このままいけるか、とわずかな期待が胸に湧く。

 だが、俺よりフランシェスカ嬢を脅威と判断した二匹が、俺とは逆の方向へ走り出す。

 慌てて止まり、俺を無視して走り出したオークを追いかける。

 脚が遅いのですぐに追いつき、その背中を全力で蹴りつけてやる。

 そのまま一匹を落とし穴に落す。


『ひどい戦い方だ……死んでるの、一匹だけじゃないか』

「安全に戦えるならいいだろ」


 もう一匹――を目で追うと同時に、視界に黒いオークが映る。

 水が滴っていることから、もしかしたら寝起きに水浴びでもしていたのかもしれない。

 贅沢な奴だ。だが、知性もそれなりにあると確信した。水浴びするオークなんて、変だが。

 慌てて戻ってきたのか、もうすでに息が上がっている。


「フランシェスカ嬢っ」

「はいっ」


 その足元に落とし穴が生成される。

 だが、一瞬早く後ろに飛び退いて避けられた。

 ――頭が良い上に、機敏なのか。

 そして、残り一体になったオークが迷わずフランシェスカ嬢へと向かう。


「逃げろっ! 落ち着いて――」

『避けろ、レンジっ!』


 フランシェスカ嬢へ言葉を掛けようとして、ぎょっとした。

 黒いオークの頭上に、岩の塊が浮いていたからだ。

 知っている、ソレは。


「オークが魔術!?」


 慌てて飛び退くと同時に、一瞬前まで俺が居た場所に人間大の岩が叩き付けられる。

 地面が抉れ、土が飛び散る。その威力にも驚いたが、そのまま落とし穴に落ちそうになり、慌てて体勢を整える。

 オークが魔術を使うだなんて、初めてだ。

 いくら頭が良いからって、魔力まで持つかよ。反則にも程がある。

 突然の事に思考が混乱し、黒いオークを見失ってしまう。


『怪我は?』

「無い」


 簡潔に応え、鉄のナイフを右手に構える。

 腰を低くして周囲を見渡す。穴、穴、穴。黒いオークは……。


「レンジさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ! それより、そ――」


 そっちは、と聞くよりも早く、黒いオークがフランシェスカ嬢を捉える。

 今度は大気が歪む。黒いオークの姿が陽炎のように揺らぐ。


「岩だけじゃないのか!?」


 駆け出す。それと同時に、黒いオークの足元に穴が作られた。

 今度はその穴に落ち……浅かったのか、膝のあたりで落下が止まる。

 だが、魔術の発動は止められたようだ。

 上手い使い方だ。あの子には、落とし穴系魔導師の才能があるかもしれない。

 そんな馬鹿な事を考えながら、その隙にフランシェスカ嬢を背にかばうような位置に移動し、黒いオークへ向かって一直線に駆ける。

 ブモ、と黒いオークが鳴く。

 その腹に向け、ナイフを構える。切れないなら、突き破ればいい。

 このオークはここで仕留める。魔術を使うオークだなんて確実に危険だ。

 ただのオークだと油断して、どれだけの被害が出るか――。


「きゃぁっ!?」

「!?」


 突然の悲鳴に足を留めずに視線をフランシェスカ嬢に向ける。

 そこには、オークに羽交い絞めにされた同行者の姿があった。

 黒いオークに注意が向いて、最後の一匹を見逃していた事に、そこで気付く。

 そして――。


「ああっ、そうだろうなっ」


 黒いオークが俺に向けて、腕を伸ばす。背後には、オークに拘束されたフランシェスカ嬢。放たれる魔術を避けられない。

 手の先にあるのは、人間大の炎の球。黒く暗い、見覚えのある炎。

 黒いオークと視線が重なる。ニヤリ、と笑った気がした。

 黒いオークへ向かっていた足を止め、鉄のナイフを握る手に力を込める。

 炎を受ける? 無理だ、あの炎は今着ているチュニックじゃ防ぎきれない。

 よければフランシェスカ嬢が死ぬ――。


『まったくっ』


 珍しい、エルメンヒルデの焦った声。

 その声が、俺に落ち着きを与えてくれる。

 黒い炎が巨大化する。人間大の大きさだったソレが、さらに二回り大きくなる。

 俺やフランシェスカ嬢どころか、仲間のオークまで飲み込みそうな勢いだ。

 それもそうだろう。その炎は、そういうものだ。

 知っている。その炎が、どれだけの敵と、仲間を飲み込んだのかを。


「エルメンヒルデ、力を貸せッ!」

『――了解だ』


 (山田蓮司)『神殺しの力』(チート)は酷く弱い。限定的な状況でしか使えない。

 だからこそ、俺は他の十二人と違い、最弱なのだ。

 だが、とある状況なら。

 いくつもの条件を満たした状況なら。

 俺は確かに、『神殺し』の一人なのだ。




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― 新着の感想 ―
穴が50個あり、少なくともその一つは幅80cm深さ2.5mあるのに掻き出した土を手作業で戻すのか…。読んでて思ったけど現実でのあれやこれやにあまり関心がないのかな?貨幣の話は現実でお金とはなんぞやって…
2024/12/16 11:29 通りすがり
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