第十八話 魔神
レンジ、と。
緩やかな風が吹く場所で、彼女は俺を呼んだ。
揺れる黄金色の髪と、白いヴェール。その前髪に隠された表情は窺う事が出来ないが、その声音は優しく、暖かい。
機嫌が良いようで、その事に胸が軽くなる。
現金なものだと思う。どれだけ疲れても、彼女の声を聞くだけで疲れが吹き飛んでしまう。彼女が嬉しいと俺も嬉しくて、彼女が悲しいと俺も悲しい。
そんな感情を持て余しつつも、頼む余裕もある。
夕焼け色に染まる空の下、風に吹かれる草原が揺れた。そんな景色に溶け込む、一つの絵画とも思える彼女を眺めていると、不意に彼女がこちらを向いた。
「レンジ。先ほどから呼んでいるのですが?」
「あ、すまない」
ぼう、と彼女を眺めていたのを咎められたような気がして、咄嗟に謝ってしまう。いや、返事をしなかったこちらが悪いのだが。
「どうした?」
そして聞き返すと、また彼女はこちらへ背を向けて、夕焼け空へと視線を移してしまった。
怒らせてしまっただろうか。そう思い、頭を掻く。
すると彼女は、小さく肩を震わせて笑いだした。
「ん?」
「貴方の困った時の癖。相変わらずですね」
「……そうか」
彼女に笑われるのが恥ずかしいのか、癖を指摘された事が恥ずかしいのか分からなくなりながら、その一言だけを何とか返す。
続いて、はあ、と溜息。
こうやって話し掛けてくれるようになったのは嬉しいが、どうにもこの人は俺をからかう事を楽しんでいるような気がしてしまう。
それが嫌かと聞かれると、そういやでもないと思ってしまう辺り、俺もどうかしているとは思うのだが。それでも、この会話が嬉しくて、こうやって皆と離れては、この女性と二人で話す時間を作ってしまう。
いや、別に皆の前でも会話はする。でも、何となく二人で話したいと思うし、目の前の女性もそう言う時間を楽しみにしている風でもある。
なにより、俺はこの女性の『使い手』なのだ。俺が一番親しくありたいという、自己満足とも言えない……独占欲にも似た感情があった。
そう考えて、また溜息。
「ふふ」
鈴の音を思わせる笑い声が、耳に届く。
夕焼けという風景も相まって、本当に一枚の絵画のよう。この風景を美しいと、忘れたくないと――そう思ったのは、何度目だろうか。
「頑張ってください」
「ああ」
そして、それもまた何度目かの言葉。
だが、返した返事はここ一年ほどで初めての言葉なのかもしれない。
自然と出た言葉に自分で驚いていると、彼女が振り返る。こちらを向く。夕焼け空を背に、風に揺れる髪やヴェールをそのままに、スカートがはためくのも構わず――エルはまっすぐ、俺を見る。
「頑張って」
もう一度、今度はしっかりと俺の目を見て――見惚れるほどに美しい微笑みを浮かべながら、そう口にした。
・
目を開ける。
懐かしい夢を見たような気もするし、もしかしたら何も見ていなかったのかもしれない。ぼんやりと霞みの掛かった頭を煩わしく思いながら身体を起こそうとすると、全身に痛みを感じて小さく呻いてしまう。
その声に反応したのか、ベッドの脇に座っていた女性が俺の方を見た。
「レンジ、起きたのですね」
その女性――ソルネアが、横になっている俺の顔を覗き込んでくる。垂れた黒髪が頬を擽り、近付いてくる顔から離れるように動こうとすると、また全身に激痛が走る。
そこでようやく、俺が横になっている場所がベッドである事に気付く。
……本当に寝惚けているようだ。
そう思いながら、感情の波が感じられない顔で覗き込んでくるソルネアから視線を逸らし、ベッドから見える範囲で部屋の内装を確認する。
見覚えの無い部屋だ。どこかの宿屋だろうか。そう考えながら、首が動く範囲で部屋の中を観察する。木造の内装は手作り感があり、宿屋というよりも誰かの個室だと言われても納得できそうだ。設置されているであろうテーブルなど、粗削り過ぎて前衛芸術のような趣ですらあるように思える。
「ここは?」
考えても分からないので、素直にソルネアへ質問する。
すると、身を乗り出すようにしてこちらを覗き込んでいたソルネアは、その一言を聞いて椅子へ座り直した。
「ファーレーンの村の宿屋です」
「そうか」
聞き覚えのある名前を聞いて、体重をベッドへ預ける。ファーレーンの村。それは、獣人達が住む村だ。
この流れだと、一緒に行動していたムルルの紹介でこの村の宿屋へ運んでもらえたと考えるべきか。
「エルメンヒルデは?」
「先ほど、アヤが連れて行きました。聞きたい事があるそうです」
「聞きたい事?」
「はい。アナスタシアと何をしていたか、聞きたいそうです」
「あ、そう」
なんだかとても嫌な予感しかしないが、疚しい事など何一つとして無いので別にいいかと思う事にする。
まあ、エルメンヒルデとアナスタシアが誇張した事を言うかもしれないが……それはそれで、阿弥の反応が面白そうでもある。さて、どうなる事やら。
そう思いながら、ベッドから見える窓の方へ視線を向ける。窓から見える景色は黒。もう夜の帳が降りて、しばらくの時間が経っているのが分かってしまう。いったい俺は、どれだけの時間を眠っていたのだろうか。
身体の疲労から、そう長い時間を眠っていたようには感じない。シェルファと戦った時には太陽が中天を過ぎていた事を考えると、その後の記憶が無い事から半日といったところか。
そんな事を考えながら、視線をソルネアの方へ向ける。
「フランシェスカ嬢達は?」
「湯浴みに。先ほどまで、一緒にレンジを見ていたのですが」
「男の寝顔なんか見ても、面白くもなんともなかっただろ」
「はい」
「……即答か」
いや、実際何も面白くなかったのだろうけど。即答されるとは思っておらず、返事に窮してしまう。
結局、特に返事を返す事無く再度視線を窓の外へ。先ほどまで眠っていたというのに、暗い外を見ていると、それだけでまた眠気を感じてしまう。欠伸をしようとして、また全身に痛み。
アストラエラの力を借りると、いつもこうだ。人間の器に、女神の魔力を注ぐ。確かにそれは、他の人からすると自殺行為にも似たものなのだろう。エルメンヒルデの制約にそんなものを組み込まないでほしいものだ。
まあそれも、必要な事なのだからしょうがないのだが。
どこか諦観にも似た感情を抱きながら、溜息。そして、腕を持ち上げようとして全身に痛み。
足の先から、指の先まで。痛くないのは首から上くらいしかない。
全身の筋肉痛といえば聞こえがいいのだろうが、女神の力に耐えきれなくて全身の筋肉や骨が悲鳴を上げているのだ。ここ最近は少しばかり真面目にやっていたが、たったそれだけで一年のブランクが埋まるわけでもない。
この筋肉痛が治るには、数日の時間が必要だろう。そこから剣を握れるほどまで回復する為には、どれくらいの時間が必要になるか。
……また、足手纏いになるなあ、と。
そうしなければシェルファを退かせる事が出来なかったとはいえ、それで寝たきりになるというのも……色々と情けない。
昔なら、魔力の開放。シェルファを退け、黒いドラゴンを斬ったあの一撃を二発は撃てたというのに。これも、田舎でぐうたらしていたツケか。
それに、シェルファを退かせる事しかできなかったのも問題だ。
決着をつける事が出来なかった。
あの魔王は、その事をどう考えているだろうか。喜んでいるのか、悲しんでいるのか。……多分だが、前者だろうな。
また戦えると。そう喜んでいるような気がする。
「そういえば」
「はい」
「シェルファ……魔王が来た時、お前はどこに居たんだ?」
「レーゲンテンの祠に。その奥で、ユイさんとナイトさんが守っていてくれました」
「ふうん」
ナイトの方は、ソルネアを守ったというよりも結衣ちゃんが居たから一緒に居たという感じなのかもしれないが。
そう考えながら、まあソルネアが無事だったからいいかと思う事にする。
結局、シェルファは世界樹へ辿り着く事が出来なかった。……というよりも、辿り着くつもりが無かったのだろう。
世界樹の元へ行くだけなら、あの黒いドラゴンに乗って飛んでいけばいい。いくら阿弥と孝太郎といえど、あそこまで魔神の力に染まったドラゴンを足止めするのは難しいはずだ。なにせ、ファフニィルですら力勝負で勝てない相手なのだから。……本人というか、本竜は声を大にして否定するだろうが。
ファフニィルの事はさて置き。それをしなかったという事は、結局は戦いを楽しみに来たのだろう。
海で俺と会っていたから、俺を誘い出す――俺の制約を解放し、戦うためにエルフレイム大陸へ魔物や魔獣を率いてやってきた。そんな所か。
……なんともはた迷惑なヤツである。
俺の所為だと思いたくないが、あの女の行動原理……その中心が俺なのだとすると、どうしても責任を感じてしまう。
俺とファフニィルがもっと早く辿り着いていればとか、海上で戦った時にもっとどうにか出来なかったのか、とか。
過ぎてしまった事を考えてもどうしようもないとは分かっているが、それでも内心でグルグルと考えてしまう。また溜息を洩らそうとして、それは何とか堪えた。
ここで腐っても、どうしようもない。俺は、これからできる事をやっていかなければならないのだから。死んだ人に謝って、怪我をした人に謝って……もう誰も怪我をしないでいいように、戦いを終わらせる。
これで戦いが終わるのかは分からないが、きっと抑止力くらいにはなるかもしれない。あのドラゴンではなく、ソルネアを魔神の座へ連れていく事で。
「いきなり居なくなって、すまなかったな」
だから、出来る事から。そう考えて、ソルネアの方へ向き直ってそう告げる。
「いえ」
すると、そこには驚くほどに自然な仕草で笑顔を浮かべているソルネアの姿。
今までが今までなので、逆に驚いてその笑顔を見つめてしまう。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……」
しかし、その笑顔もすぐに引っ込んでしまう。後に残ったのは、いつものように感情が感じられない無表情にすら近いソルネアの顔。
むしろ、その表情を見慣れているからか、先ほどの笑顔が幻だったのではないかとすら思えてしまいそうになる。腕どころか全身が痛くて頬を抓る事を出来ないのが悔やまれる。
口籠った俺に対して、無表情で首を傾げるという仕草をするソルネア。ああ、うん。やっぱりいつも通りのソルネアだ。
その仕草に癒されそうになっている辺り、俺もソルネアという女性の相手が慣れたという事だろうか。
「まあ、なんだ。お前が無事でよかったよ」
「そうですか」
たかだか笑顔一つで動揺するのもどうかしている。会話を斬って、深呼吸を一回。枕に頭を預け、視線を窓の外へ。
それだけで、落ち着く事が出来る。
「レンジ」
「ん?」
「私は、レンジが望む神となる事が出来るでしょうか?」
「…………」
声はいつもと同じ平坦。だが、どこか切望にも似た……自分を追いつめるような声音で聞こえた気がした。
顔を向けると、その黒曜石を思わせる、深い黒色の瞳が俺をまっすぐ見詰めている。
「お前はどう思う?」
「……わかりません」
いつもならここで、間髪入れずに分からないと答えただろう。
だが今は、僅かに間があった。それは、このソルネアという女性の中に葛藤のような物が生まれたからだろうか。……何と比べて葛藤したのかは分からないが。
「神になりたいのか、なりたくないのか。どうすればいいのか。……何の為に生きるのか」
やはり声は平坦だ。感情の起伏が感じられない。
だが、その瞳はしっかりと俺を見て、僅かに揺れている。感情の揺らぎ。そこに沈んでいるのは自分の意思が無い事への悲しみだろうか、それとも神に至るという恐怖だろうか。
俺には分からない。
俺にも分からない。
それは、ソルネアが決断する事だ。
俺はソルネアを魔神の座――あの、決戦の場へ連れていく。
それまではソルネアに人を好きになってもらえるように、空っぽともいえる肉の器に僅かでも感情を宿せるように……神の座へ辿り着いた時、この旅が楽しかったと思えるように。
そう思う事は、残酷な事なのだろう。
アストラエラは、ソルネアが魔神の眷属……その残滓から生まれたと言っていた。だから俺も、そう考えていた。
空っぽだから、何も無い。感情も、意思も――目標も、目的も。
魔神となる為に生まれた。ただそれだけの存在。
「なあ、ソルネア」
「なんでしょうか?」
「今更だけど……どうしてお前は、俺と一緒に行動しているんだ?」
それは、初めて会った時から疑問に思っていた事。水晶の中で眠って、目を覚まして……それからずっと、ソルネアは俺と一緒に行動している。
魔神の眷属……『玄武』の残滓から生まれたのであれば、俺を憎んでいても不思議ではないはずだ。何故なら、山のように大きな『玄武』の内部へ侵入して心臓を破壊したのは俺だ。ソルネアの前世を殺したのは俺だ。
その記憶が無くても、残滓から生まれたソルネアなら何か感じる事があってもおかしくはない。
だというのに、そのソルネアは俺と一緒に行動している。その原理。原因。心理が分からない。
だから聞くと、ソルネアはまた――どうしてか、自然な仕草で笑顔を浮かべた。
「貴方が私の声に応えたからです」
「…………」
意味が理解できず、固まってしまう。
声に応えた……と言われても、自分自身で何かをした覚えが無いのだ。そんな俺の内心を感じ取ったのかは分からないが、ソルネアがしっかりと俺の目を見る。
「あそこは冷たい場所でした」
それは、初めて会ったあの洞窟……ソルネアが眠っていた、水晶の中の事だろうか。
「だから、人に会いたかった」
何も無いはずの場所から、魔力を感じた。気配のような物もだ。
だけど、エルメンヒルデもフェイロナも、魔力や気配を感じなかった。
「そして貴方が来た」
俺にしか届かなかった。
そう自惚れるつもりは無いが――ソルネアが人を望んだ時に俺が居た。そう考えるべきなのか。
それとも……眷属の残滓が自分を殺した男を呼んだのか。
「そうか」
「はい」
結局、俺の質問への答えにはなっていないような気がする。ソルネアの声が聞こえたなら、誰でもいいと言っているような物だ。
だが、思い出す。
ソルネアと会話をしている時、こいつは昔の俺を知っているような言葉をしていたような気がする。
俺の思い違いかもしれないが、これでも記憶力は良い方だ。
それに、どのような関係があるのかは分からないが。そして、答えを持っているであろうソルネアは、きっとこの質問には「わからない」と返すだろう。
けどそれは隠し事や嫌がらせという訳ではなく、本当に分からない――その答えが、まだソルネアという人格の中で形になっていないのだ。
「…………」
深く、息を吐く。
似ている、と思ってしまった。エルと。
武器である事を望み、戦う事を望んでいた。それ以外の意味が自分の中に無くて、戦えない俺を叱咤していた。
けど、人の輪の中に入って、人を知って、生活を知って、痛いとか、悲しいとか……死を知って。世界を見て、少しずつ変わっていった。
そう思った。そう感じた。
最初の頃。武器である事だけしか望めなかったエル――エルメンヒルデに、どこか似ている。
容姿ではない。思考ではない。口調でも、声でもない。ただ、その在り方が。
「なあ、ソルネア」
「…………」
珍しく――いや、初めてではないだろうか。俺の呼びかけに返事が無いのは。
「夢はあるか?」
「……」
「やりたい事とか」
意図して、軽い口調で言う。ソルネアの返事は無く、だが無視しているという訳でもない。
俺の言葉を待っている。そう感じた。
「それが見つかるまで、傍に居るからな」
「はい」
「約束だ……って、寝たきりの男が言っても、格好つかないか」
最後はおどけて言うが、ソルネアの表情に変化はない。
さっきは笑顔を見せてくれたというのに……笑う基準がよく分からないのは相変わらずか。
そう内心でボヤくと同時に、部屋のドアが数回ノックされる。誰だろうかと思う間もなく、こちらの返事を待たずにドアが開いた。
「蓮司さん、起きていますか?」
それは聞き慣れた声だった。聞き慣れたというか、阿弥の声なのだが。
どうしてだろう。声を聞くだけで全身が震えたのは。そして、その震えで全身が痛む。ああ、筋肉痛はやはり嫌いだ。
「話し声は聞こえていましたので、寝たふりは駄目ですよ?」
そして、まず第一声で逃げ道を塞がれてしまう。
視線をドアの方へ向けると、阿弥と、その肩に座るアナスタシア。後ろにはフランシェスカ嬢とフェイロナだろうか、金髪の頭が二つ。獣人の長やエルフの王の背中に隠れてしまっている。扉の影に隠れてしまっているが、スィやドワーフ連中も集まっているようだ。
この面子なら、ムルルも居るのかもしれない。そう考えながら、ベッドの上で溜息。見世物ではないし、俺は怪我人なのだが。
後ろの連中は、きっと面白がっているのだろう。なにせ、笑顔を隠しきれていない。むしろ、隠すつもりが無いような気すらしてしまう。
「聞きましたよ。私達が必死に頑張っている間、アナスタシアと南の島でバカンスをしていたとか」
「……誤解だ」
半魚人を殺したり、捌いたり、自給自足したりするのはバカンスとは言わない。俺の知っているバカンスとは、雲泥の差がある。
きっと面白可笑しく伝えたであろうアナスタシアは、阿弥の肩に座りながら頬を赤く染めていた。
「あと、着替えも覗かれてしまったわ」
「誰がお前の寸胴を覗くか、バカタレ」
「…………」
俺がそう言うと、堪えきれなかったデルウィンが吹き出し――すぐさま、青い顔をして咳払いをする。
ちなみに、デルウィンが噴き出した直後にアナスタシアは後ろを向いた。どんな顔をしていたのかは、想像もしたくない。ただ思うのは、女王様にあるまじき顔だったのだろうという事だ。
むしろ、女王様だからいいのか。
「で。誰が寸胴ですって?」
「誰がお前の着替えなんか覗くか。頼まれたって断るわ……幸太郎じゃあるまいし」
「え、ぼく!?」
なにやらデルウィンたちの周りが騒がしいが、無視する。幸太郎が白い目で見られようが、知った事ではない。
むしろ、そうやって構ってもらえる事で悦んでいるはずだ。
シェルファ相手に頑張ってくれた事は感謝するが、それ以上にアイツは口が軽過ぎる。エルに変な事を教えた事を、俺は忘れない。人をロリコンだの、貧乳好きだの。他にも、変な言葉を沢山教えている事を俺は知っているのだ。
「後で、優子さんにも手紙で教えますから」
「…………おう」
間を開けて、返事をする。
その時は、また田舎にでも引き籠るかねえ。
『なんだ、その情けない返事は。……嘆かわしい』
いつもの口調で相棒に溜息を吐かれながら、俺も溜息を吐く。
「これでも頑張っているんだがなあ」
まあ、でも。
昔の雰囲気に戻ってこれた……と言っていいのだろうか。昔の仲間と、一緒に戦った戦友と、馬鹿をやって笑う。阿弥やアナスタシアを怒らせて、俺や幸太郎、他の皆が怒られて。それを笑って、酒の肴にして。
きっと今の俺をエルが見たら、笑ってくれるだろうか。声に出して、楽しんでくれるだろうか。……やっぱり、溜息を吐かれそうな気がした。