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第十六話 魔法使いと元魔王

 刃を受け、逸らし、避ける。

 もう何度、この作業を繰り返しただろうか。

 気が遠くなるほどの回数をこなしたような気もするが、たったの数合だったかもしれない。時間の感覚というよりも、集中しすぎて思考が()()ぎになってしまっている。

 刹那的な思考が永遠に続くかのような錯覚に、荒い息とともに頭痛までしてきそうだという弱音も吐き出す。


「おうおう。どうした、魔法使い……もう息が上がっておるのではないか?」


 対する魔王(バケモノ)は、息一つ乱すどころか、笑顔すら崩していない有様だ。

 手に持った大鎌を面白そうに回しながら、余裕の表情でこちらの様子を観察している。

 そんな、アストラエラ様の加護を受ける僕を相手にして余裕を崩さない相手と戦いながら、魔力を使って岩のドラゴンを操らなければならない。作業というにはあまりにも過酷な状況にやっぱり弱音を吐きたくなりながら、口内に溜まった唾液を音を立てて飲み込む。

 喉が渇いた。これが終わったら、冷たい水をお腹を壊すまで飲みたい気分だ。


「まさか。この程度で息を乱すような、(やわ)な鍛え方はしていないさ」

「それは重畳(ちょうじょう)。だが、集中を切らすのはいかんぞ、うん」


 瞬間、岩のドラゴンが黒いドラゴンの尾に打たれる。巨大な一つ目鬼(サイクロプス)の攻撃すら耐えた岩の翼が、まるで硝子(がらす)細工のように砕け散った。そのまま、今度は頭上から打ち据えられ、あっさりと地に沈む。

 魔力で作ったゴーレムなので痛覚は無いが、こうもあっさりと打倒されてしまうとこちらの気力が萎えそうになってしまう。

 そんな僕の心情を察したかのように、大鎌を構えながらシェルファが一気に懐へ飛び込んできた。

 圧倒的な踏み込み――だが、本気からは程遠い。本当の動きを知っている側としては、ゆっくりとしているとすら言える動作の攻撃を、なんとか精霊銀(ミスリル)の剣で受ける。

 本当は逸らしたかったが、岩のドラゴンを維持しながらとなると目の前の脅威に集中できない。

 こういう、僕一人で複数の相手をするのは初めてではないが、相手が両方とも規格外のバケモノとなると話が違ってくる。先ほど決意した頑張ろうという気持ちも、今では自分が生き残る事を優先しそうになってしまっていた。


「くっ!?」

「ほらほらっ」


 横薙ぎの攻撃を伏せて避け、大鎌という特大の武器を振った直後の隙を狙おうとするが、続けて放たれた石突きの攻撃を身体を仰け反らせて避ける。その状態で回避行動など出来るはずも無く、思いっきり蹴り飛ばされてしまう。

 痛みは無いが、吹き飛ばされた衝撃で視界が回る。一瞬だが、シェルファを見失ってしまう。

 慌てて体勢を整えて前を見ると、シェルファの姿は無い。岩のドラゴンへ噛み付こうとしている漆黒のドラゴンを視認して――直後に後ろへ跳ぶ。

 殺気や恐怖を感じたわけではない。ただの勘だ。

 しかし、その間が功を奏した。先ほどまで僕が居た場所に、大鎌が突き立てられる。ご丁寧に、突き立てられたのは石突きだ。……どうやら僕は、楽に殺してもらえないらしい。まあ、刃の部分でなくとも、シェルファの腕力で振られた石突きなら、簡単に頭蓋骨を砕くだろうが。


「くふ」


 独特の嗤い声。

 直後、シェルファの周囲へ黒い『闇』が生まれた。数は四つ。

 その闇から、その闇よりも尚黒い刃が覗き――。


「これはどうだ?」


 軽い声と共に、刃が撃ち出される。その口調とは裏腹に、僕の動体視力ですら霞んで見えるほどの勢いだ。

 横っ飛びに二つは避け、もう二つは精霊銀(ミスリル)の剣で受ける。しかし、それが駄目だった。神剣(エルメンヒルデ)や聖剣ならともかく、ただのミスリルでシェルファの攻撃を受け続けた報いか。

 黒い刃の攻撃を逸らす事には成功したが、刀身が無残にも砕けてしまう。


「…………」

「ふふ。ふは――どうした? 顔が強張ってきたぞ?」


 いくら精霊銀(ミスリル)とはいえ、僕の魔力を通していたというのに……相変わらず、デタラメな女だと思う。

 魔力なら、僕や阿弥の方が高いだろう。身体能力なら、宗一君や真咲さんの方が高いだろう。だが、勝てない。

 ずっとそうだった。能力はこちらが優っているはずなのに、僕達は何時もシェルファに勝てなかった。

 今だってそうだ。腕力も、反射神経も、僕が強い。でも攻撃は避けられたり逸らされたり、そしてシェルファの攻撃は避けるので精一杯。

 何故なら、身体能力なら僕や阿弥より高い。魔力なら宗一君や真咲さんより高い。……純粋に、シェルファは僕達よりも強いのだ。

 この女は、戦い慣れているのだ。――自分よりも強い相手と。


「なんの。まだまだこれからさ」

「おう。それで()いぞ」


 かか、と(ほが)らかに笑う。

 ――同時に、僕が創り出した岩のドラゴンが、無残に噛み砕かれた。


「……だが、時間切れのようだ」


 哂い声が止む。

 刀身が半ばから砕けた精霊銀(ミスリル)の剣を右手一本で構える。

 幸いというか、魔力にはまだ余裕がある。というよりも、まだまだ余裕がある。こっちは魔法使いだ。刀身が無いなら、想像すればいい。砕けた刀身の延長を。魔力の刃を。


「…………で?」


 シェルファも、魔力の流れから僕が何かをしようとしていたのには気付いたようだ。律儀に待ってくれているのは、余裕ではなく僕がどう足掻(あが)くかを楽しむためだろう。

 しかし、肝心の魔術が――魔法が発現しない。


「…………」


 無言になりながら、内心で滝のように汗を流す。不自然なほどに鼓動が荒くなり、こちらの動揺を悟られないようにポーカーフェイスを維持する。

 魔法が発動しない。それは、誰か他の人が同じ、もしくは似た魔法……魔術を使ったという事だ。

 誰が、とは考えない。使えないなら、別の魔法を考えればいい。幸いにも、相手はシェルファだ。勝ち目の薄い相手だが、時間を稼ぐという場合にはこの上ない相手とも言える。なにせ、取り敢えずこちらが手の内を晒すまで待ってくれるのだ。

 思い浮かべるのは、異世界(ファンタジー)の定番。炎の魔剣や氷の魔剣――だが、ソレ等は全部阿弥に模倣されてしまっている。他にも、岩の剣や不可視の風の剣も。

 ……よく考えると、僕の魔法って、かなりの数が阿弥に模倣されている気がする。焦る思考とは裏腹に、なんだか悲しい気持ちになりながら精霊銀(ミスリル)の刀身に雷を纏わせる。


「ほう」


 シェルファが感心したような声を上げた。

 即席の魔法剣。もちろん雷に質量など無いので折れた刀身は伸びないが、虚仮脅(こけおど)しにはなるだろう。

 なんとも心許無い剣は、まるで僕の心情を表しているかのようだ。


「面白そうだ――が」


 しかし、そのシェルファが、数歩横へ避けた。その後ろには、大口を開けた漆黒のドラゴン。

 火袋から、その体を覆う黒い鱗よりも闇色の炎が覗く――。


「儂が見たいのはソレではない」


 瞬間、先ほど聞いた咆哮すら霞むほどの轟音。放たれた黒い炎が弾丸となって迫る。


「う―――」


 直後、僕の眼前に岩の壁がせり上がる。しかし、そんな壁などものともしない勢いで黒い炎が着弾すると、身体を引き裂かれそうな爆風に吹き飛ばされた。

 視界が霞む。全身が痛い。

 魔法で強化していたはずなのに、それすら無意味と感じられる衝撃。いや、強化していなかったら――そう考えると、ぞっと肝が冷えた。


「――」


 慌てて立ち上がろうとして、よろけて尻餅をつく。身体に力が入らない。いや……先ほどの衝撃から守る為に、無意識かどうかは分からないが、魔力を使いきったのか。

 いや、と。

 身体は動く。魔力も、ある。右手を握り締めて身体の調子を確かめるが、先ほどの爆風で眩暈を起こしただけにしては身体が重い。

 突然の不調に混乱しながら、顔を上げる。


「こっちよっ!」


 その声と同時に、シェルファへ向けて氷と炎の矢が放たれた。数十はあろうかという魔力の矢だが、しかし大鎌の一振りでシェルファへ当たる筈だったものは掻き消えてしまう。消えなかった矢は、シェルファへ当たる事無く地面へ突き刺さった。

 あれだけの数を向けられて、消す必要がある物だけを選定した。それだけで、僕とシェルファの間にある崖のように大きな差を痛感させられる。僕だったら、魔力に任せて全部を掻き消していただろうから。


「ふむ。次は貴様らか?」


 そう言うと同時に、森から飛び出した影がシェルファに襲い掛かる。銀の体毛に両腕と両足が包まれた、本気となったグラアニアさんだ。その動きを援護するように、スィさんが再度魔力で作られた氷の矢を放つ。

 グラアニアさんはただの一合だけ足止めし、すぐに飛び退く。氷の矢は――今度は消される事無く、最小限の動きで避けられてしまった。


「コウ、無事だな!?」

「あ、ああ。だが、身体が……」


 シェルファの傍から離れ、そのまま僕の傍に来たグラアニアさんが声を掛けてくれる。なんだか決めつけのような言葉だったけど、それだけ信頼されているのだと思っておく。

 この二人がどうして、とは思わない。さっき僕が逃がした仲間達が、シェルファが来たことを伝えてくれたのだろう。

 しかし、身体が重い。ダメージというよりも、疲労感に近いと自己分析。考えられるのは、漆黒のドラゴンからの攻撃か。

 視線をシェルファではなく、その後ろに在る漆黒のドラゴンへ向ける。

 魔族側が用意した魔神(ネイフェル)の器。ネイフェルは暴力に特化した攻撃力と、異常なまでの再生能力を持っていた。

 あのドラゴンは、それに加えて別の能力があるのだろうか。

 そう考えながら、何とか立ち上がろうとするが、無様に地面へ手を付いたまま動けない。やはり、眩暈(めまい)が酷い。

 同時に、腰を低くしたグラアニアさんが正面からシェルファへと突撃。鋼すら易々と斬り裂く爪が、大鎌の柄で難なく防がれる。


「くふ――」

「しばらく付き合ってもらうぞ、魔王(バケモノ)っ」


 その勢いのままシェルファへ組み付こうとし、しかし勢いを逸らされてあらぬ方向へと転がった。

 グラアニアさんの動きが単調なのではなく、獣人の膂力、その勢いを簡単にいなされたのだ。先ほどの、僕の時もああやって簡単に攻撃をいなされた事を思い出す。ある程度の制限が解放された蓮司さんもやっていたが、戦い慣れた連中というのは何処まで出鱈目なのか。

 そうやってグラアニアさんがシェルファの意識を逸らした隙に、スィさんが手に持った魔術長杖(ロッド)へ魔力を込める。

 おそらく、その魔力の量から強力な大魔術――だが、それに反応したのか漆黒のドラゴンがスィさんの方を向く。


「避けてっ。当たったら駄目だっ!」


 叫ぶ。しかし、スィさんが反応するよりも早く、殆ど溜め無しで放たれた黒い炎弾がスィさんへ向けて放たれた。僕の時より威力は低いはずだが、僕を守ってくれたように作られた土の壁では防ぐことが出来ずにスィさんが吹き飛ばされる。

 その無事を確認するよりも、僕に向けられた殺気に身が竦んだ。

 慌ててその殺気を向けてきた相手――シェルファへ視線を向ける。


「駄目だなあ。邪魔は駄目だ」


 先ほどの爆発で抉れた大地を踏みしめながら、魔王が歩み寄ってくる。

 その表情は笑顔だというのに、なぜこうも恐ろしいのか。

 そして、ああ、と。この美女は魔王で、笑いながら人を殺すのだと――どうしてか忘れていた恐怖が、蘇った。


「ぅ、ぁ……」


 恐怖に震える身体に鞭打って、何とか立ち上がろうと力を込める。

 しかし、身体に力が入らない。漆黒のドラゴンからの攻撃というのもあるが……身体中の血管が鉛になってしまったかのように、(すく)んで動かないのだ。


「シェル――」


 その背後から、グラアニアさんが襲い掛かる。 

 しかし、言葉を最後まで口にする事も敵わず鋭利な爪ではなく手首を掴まれた。後ろに目が付いているのかという反応に僕もグラアニアさんも驚き、次の瞬間には力任せに投げ捨てた。

 その際に、意図してだろう、右肘が有り得ない角度で曲がったように見えた。そして、投げられたグラアニアさんは遠くにあった大木へ背中を強かに打ち付けて沈黙してしまう。

 肩が上下しているので、生きているはずだ。けど……。


「……バケモノ」

「くふ。そう言ってくれるな」


 僕がそう言うと、本当に、心底から……シェルファは、嬉しそうに笑う。


「それに、儂がバケモノなら、ヤマダレンジもバケモノになってしまうぞ?」

「そんなこと……」

「無いと言いきれるか?」


 艶やかな朱色の唇が、まるで口裂け女のように三日月に裂けた……ような気がした。

 その表情を、冷めた視線で見る。

 ズン、と地面が揺れる。その振動が、何度か続いた。

 シェルファから視線を逸らせないまま、多分漆黒のドラゴンがこちらに歩いてきているのだと感じる。そう考えながら、尻餅をつくように座って空を見上げる。

 黒い。黒い穴が開いている。


「あの人は人間さ」

「ほう?」

「アンタみたいに笑って人殺しをしないし……それに、仲間が死んだら泣ける人だ」


 僕がそう言うと、シェルファはポカン、と。間抜けな顔をした。

 最後にそういう表情を浮かべさせられただけで、満足という気持ちが胸に湧く。


「知っているさ。アレは、泣き虫らしいからな」

「ああ。そうらしいね」


 らしい。それは、僕も、そしてシェルファもあの人の泣き顔を見た事が無いという事だ。

 それならいいか、と。

 どうしてかそう思い――シェルファが大鎌を振り上げる。


「……くふ。貴様が死んだら、ヤマダレンジは怒るだろうなあ」

「――――」


 シェルファが僕を殺す理由。それは、蓮司さんを怒らせるため。

 ああ、なんてつまらない人生だ。大切な仲間の足を引っ張る為に死ぬだなんて……我慢できるはずがない。

 しかし。現状、この窮地から逃げ出せる方法も無い。理由は分からないが身体に力が入らず、駆け付けてくれた仲間は気絶中。

 絶体絶命、切り札も残っていないし、これから運良く阿弥ちゃんかナイトが助けに来てくれるとも思えない。阿弥ちゃんは自分の事で精一杯だろうし、ナイトは僕よりも結衣ちゃんを優先するだろう。

 でも――。


「くふ……」


 その直後、空に浮かぶ黒い穴の(ふち)が爆発した。轟音が空に響き、黒い穴が歪む。


「ふは――」


 シェルファの声が、喜悦に染まる。

 満面の笑みで空を見上げ、その姿を目で追う。僕も釣られて、その視線が向く方を見てしまう。

 いつの間に来たのか。

 蒼穹の空に、艶やかな紅。遠目だというのに、そのドラゴンの前面に、こちらも同じ紅の魔術陣が組まれるのが分かった。そして、その出鱈目な魔力も。

 僕が知っているファフニィルの魔力とは、根本が違う。

 以前でさえ空一面を焼き尽くすほどの業火を放った大魔術。今、あのファフニィルに集まる魔力は、あの時以上ではないか――。


「来たか――っ」


 その笑い声と、再度の轟音は同時。

 今度は、エルフレイム大陸の一部を覆うほどに巨大な黒い穴を、真紅の炎が吹き飛ばす。揺らいだかと思うと跡形も無く『穴』が消え、それだけには留まらなかった炎が、一瞬とはいえエルフレイム大陸の空を染め上げる。

 直後、先ほどの轟音にも劣らない咆哮が空に響く。

 それはまるで、鬨の声のよう。ドラゴンの王が、自身の存在を示すように咆哮する。先ほど僕がしたのとは全く違う、力強さと雄々しさと、格好良さと。全部が感じられる、王者の声だ。


『私の声が聞こえるなら、空を見るがいい』


 聞き慣れた声が、頭に響く。


『私は神殺しの剣、エルメンヒルデ。そして、貴様らの神を殺した人間、ヤマダレンジだ』


 それはまるで、ドラゴンを駆る竜騎士のよう。


『神殺しからの言葉を伝えよう。……死にたい奴から前に出ろ。ぶった切ってやる。以上』


 ああ、絶対にあの二人、ファフニィルの背中で喧嘩をしているんだろうなあ、と。

 まだ遠い。でも、その言葉だけで、絶望が消える。希望が湧く。


「はは……」

「そうかそうか」


 それに応えるように、まずは漆黒のドラゴンがファフニィルへ向けて咆哮を上げた。

 ここに居ると、来いと伝えるかのように。

 同時に翼をはためかせて飛び上がろうとして――完全に飛び上がる前に、今までではありえない加速を以て肉薄したファフニィルが、背に乗る人の事など一顧だにしない勢いで体当たりをした。


「うわっ!?」

「ぐっ!?」


 漆黒のドラゴンを地面に押し付け、それでも勢いを殺せず引き摺る様にしてようやく止まる。百メートル以上は地面を抉っている。グラアニアさんは大丈夫だろうか。

 そう思う間もなく、地面と自分の巨体で押さえつけられた漆黒のドラゴンへ向け、ファフニィルは何の躊躇も無くブレスを吐く。

 閃光のように輝く真紅の炎が牙の隙間から覗く。

 しかし、漆黒のドラゴンもただでやられるわけではない。無理矢理体を起こして暴れ、ファフニィルの照準を逸らす。結果、放たれたブレスは明後日の方へ飛び――森の一角を吹き飛ばした。

 なんて火力だ、と。

 放たれた箇所は黒い穴があった丁度真下辺りだと思うので、犠牲は……どうだろうか、分からない。

 今までのファフニィルとは桁違いの火力に、シェルファの嗤い声すら聞こえない。

 そのファフニィルは……僕の知っている姿とは、大きく異なっている。まず、巨大だ。記憶の中の彼よりも、二回りは大きい。漆黒のドラゴンと同じくらい大きいのではないだろうか。翼も大きく、身体つきも全体的にシャープというか、尖っているというか。攻撃的に変化していた。


「は、はは――」


 そしてシェルファが、心底から楽しそうに声を上げ……。


「先ほどの物言い。向かってこいと言った割に、自分から向かってくるかっ」


 その視線はファフニィルに向き――しかし、その背に人の姿は無い。すぐにシェルファもその事に気付き、大鎌を頭上に構える。

 瞬間、耳を(つんざ)く金属音。叩き付けられたのは、濃い翡翠色の刀身を持つ神剣(エルメンヒルデ)

 その勢いを完全に受ける事が出来ず、シェルファの両足が僅かに地面へ沈む。その均衡は一瞬で、すぐさまシェルファは僕の事など眼中に無いように後ろへ跳んで蓮司さんの攻撃から逃げる。

 いや、実際もう僕など視界どころか思考の隅にも入っていないだろう。彼女の意思も、本能も、心さえも、蓮司さんにしか向いていないのだ。


「ちっ」


 そして、そんな魔王(シェルファ)の全部を向けられた神殺しの英雄(山田さん)は、心底から面倒臭そうに舌打ちをした。

 右手に持った翡翠色の剣……その色は深く、黄金の飾りは優美。その柄尻に嵌められた、こちらも翡翠の宝石の中で輝く光は――五つ。

 その肩には、人形のように可憐な妖精がしがみついている。多分、アナスタシアに浮かせてもらって、時間差で攻撃したのだろう。


「アナスタシア、幸太郎と……あれはスィか? あっちも頼む」

「え、私が居なくて大丈夫?」

『居ない方が良い。重いからな』

「……後で覚えておきなさいよ、メダル女」

『ほら、急いで離れていろ。戦いの邪魔だ』


 相変わらず仲が良いね、君ら。そう口を挟むのも野暮だろう。

 そう思いながら、全身から力を抜く。


「幸太郎」

「ん?」


 気を失いそうになりながら、蓮司さんからの声に耳を傾ける。


「よくやった」

「……どういたしまして」


 その一言に救われた気持ちになりながら、目を閉じた。

 ああ疲れた。




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