エスコートってこんなに心臓に悪いものだったっけ?
長らくお待たせしました!
1年間更新されてません。っていうのが心苦しくて苦しくて…(´・ω・`)
あんまり更新出来ず、お待たせしている読者の方には申し訳なさが募ります_( _´ω`)_ペショ
夕食が始まる1時間前まで、おおよそ2時間のトレーニングを終え、汗を流して着替える為に部屋に戻る。
伊織のトレーニング中、ヴィルフリートは騎士の相手をしていたようだ。制服を見る限り、主に治安を担う白騎士団の騎士だったと思う。
(あの騎士の人達、見た事あるような気がするなぁ…)
歩きながら見覚えのある騎士の事を考え、首を傾げる。どこで見たのか記憶を辿っていると、ヴィルフリートが歩くのを止めた。少し後ろを歩いていた伊織は、ヴィルフリートが止まった事に気が付かずにぶつかってしまった。
「っぷゎ!」
「イオリ、移動中に考え事とは感心せぬな。」
「ん。だってね、さっきヴィルさんが修練場で相手してた騎士さんに見覚えがあって…どこで見たかなぁって…わぁっ!」
考えながら歩いている間に、伊織の部屋の前に着いていた。
伊織がヴィルフリートに向かって首を傾げると、ヴィルフリートは邪魔にならない様に編み込んでいた髪のリボンを解き、伊織の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。編み込みが解けたのを確認して、今度は手櫛で髪を整えた。
「もう!何するの!」
「イオリは、髪を下していた方が似合う。…先程の騎士は、城下で見たのだろう。」
「…誤魔化したでしょ。ん?城下?」
「マルクスの息子の店で会っただろう。」
「あ、あの騎士さん達か!」
思い出せそうで思い出せなかったつっかえが取れ、やっと思い出した伊織が手を叩いて納得する。それと同時に、ヴィルフリートが何故鬼教官の如く厳しさで、彼等に訓練を施していたのかが気になった。伊織の知らない内に彼等が何かしたのだろうか。
とりあえずは思い出せたのでそれ以上は気にする事は止めた。追究して自分にとばっちりが及ぶのは避けたい。
「…まぁ、いっか。じゃあヴィルさん、後でね。」
「ああ。後程迎えに来よう。」
ヴィルフリートに手を振って、開けられた扉の中に入る。
部屋ではアニエッタとフランツィスカが既に入浴と着替えの準備を終えて待っていたようで、急かされるまま浴室に連れて行かれた。丹念に身体や髪を洗われ、水気を拭いた後に軽くマッサージが施される。
伊織がこの世界に来てから、お風呂は一人で入るといくら言っても聞き入れて貰えてない。城を離れていた時でさえ精霊に世話を焼かれていた為、伊織ももう完全に諦め切っていた。
アニエッタに渡される衣装を手伝って貰いながら手早く身に着ける。この後の予定が食事をするだけとあって、シンプルで着替えやすいドレスが用意されていた。
「イオリ様、就寝前にもう一度念入りに身体のお手入れ致しましょうね。」
「…はーい。」
「さあ、陛下がお待ちですわ。」
フランツィスカとアニエッタが居室に続く扉を開け、エリーゼに促されるまま居室で待つヴィルフリートの傍まで歩く。ヴィルフリートは伊織の姿を確認してソファから立ち上がった。
「お待たせ。お腹空いたー!」
ギルベルトが扉を開けたのを確認して、食堂に向かって歩き出す。時間的には何時もより少し遅いかもしれない。
お腹をさすってヴィルフリートと並ぶ為に廊下に続く扉を出るタイミングで、ギルベルトがコホンと空咳をして伊織の注意を引いた。歩くのを止めてギルベルトの方を向くと、ギルベルトは伊織に向かって硬い表情を作る。
「イオリ様、本日より以前に増してマナーに力を入れて頂きます。明後日より授業の再開を致しますが、授業内容は他国の事や帝国の領主の名前と特産も覚えて頂きますので。それから…背筋が曲がっております。お腹を擦らないで下さい。言葉遣いは今は良いですが、マナーの勉強中は直して頂きます。普段から気を付けなければ、襤褸が出てはいけませんから。」
「ちょ、ちょっと待って!?えっ、何?マナーって前に合格点貰ったじゃん!」
「使わなければ、廃れてしまいますので。合格点といっても、限り限りで御座いましたでしょう。ダンスの練習もして頂きますので、マナーの教師は今までとは違い、別に就けます。」
「…まじ?」
「まじも何も御座いません。その様な言葉遣いははしたのうございますよ。」
「披露目まで日がない故、観念して大人しく学ぶが良い。出来なくとも余は気にせぬが、イオリは気になるのだろう?」
ヴィルフリートがギルベルトに今後の予定を説明されている伊織の頭に手を置いて苦笑いした。
確かに、人の目も噂も気にしないようなヴィルフリートなら、伊織が何も出来なくても気にしないだろう。むしろ何も出来ない、自分に頼るしかない伊織を好都合とばかりに甘やかしそうな気がしなくもない。
(格好良くて、頭も良くて、お金も権力も持ってる超ハイスペックなヴィルさんの相手だもんね…流石に僕が何も出来ないのは問題あるし、ヴィルさんがいいって言っても周囲が黙ってないだろうし…。)
そう考えるとギルベルトが言っている事は尤もで、理不尽でも無理な話でもなく伊織が少し頑張れば付け焼刃でも2か月後には少しマシにはなるだろう。第一、各国の王侯貴族に失礼な振る舞いをする訳にもいかない。ヴィルフリートの場合、イオリの失敗など自身の権力で握りつぶしそうではあるが。
「…頑張る…ますわ。」
「…頑張って下さいませ。」
よく考えたら、どのみちヴィルフリートと結婚するという事は皇后になるという事でもある。皇后がもの知らず常識知らずだと、まずいことこの上ないだろう。
眉間に皺を寄せる伊織の目の前にヴィルフリートの手が差し出され、首を傾げてヴィルフリートを見るとヴィルフリートが目を細めて微笑む。
「お手をどうぞ、イオリ嬢?」
「…はい、ヴィルフリート様」
顔を赤くしながら差し出された手に自分の手を重ね、恥ずかしさを押し殺して微笑み返す。重ねた手を引き寄せられ、ヴィルフリートの左手は伊織の後ろに回り腰を支えられた。ヴィルフリートにこういった扱いをされたことがない為か、なかなか顔の赤みは引かない。伊織に合わせてゆっくり歩きだすヴィルフリートの方が見れずに視線をうろうろと彷徨わせていると、こちらを見てにやにやとしているフランツィスカと目が合った。
「イオリ様、淑女はそのような表情をしてはいけません。カロッサ嬢、貴女もですよ。それに、侍女の恥は主人の恥です。貴女が淑女らしからぬ行動をすればそれはイオリ様の恥になるのです。言わなくてもわかっているとは思いますが。」
伊織が唇を尖らせてフランツィスカを睨んでいるとギルベルトに窘められ、続けて注意されたフランツィスカに留飲を下げた。
食堂までの長くも短くもない距離をヴィルフリートにエスコートされ、エスコートついでとばかりに皇帝陛下直々に椅子まで引かれて椅子に座る。ヴィルフリートが向かいの席につくと程なくして料理が運ばれてきた。出された食事をデザートまで美味しく頂き、食後のお茶を飲んでいるとギルベルトが伊織の傍に寄ってきた。
「今の食事の作法で、70点程でございましょうか。背凭れに凭れ掛かってはいけません。疲れるのは理解しておりますが、背筋は伸ばして下さい。それ以外の作法は概ね合格でしょう。少なくとも90点程の完成度を目指しましょう。」
「今後の鍛錬で筋肉が付けば、今よりは姿勢も正せるようになるだろう。」
「うーん、90点かぁ…やっぱり、今までマナーなんてやってきてないから難しいなぁ…。」
「これまで皇家に嫁いだ中には下級貴族や平民も多くいます。代々、嫁いできた方には一通り学んで頂いております。…平民や下級貴族が皇室入りしているのには、ヴェルディルード皇家の家訓に関わりがあります。例えば『成人を迎えた者は数年間世界を巡り、世を知るべし』や『伴侶は貴賤に拘らず自ら選ぶべし』でしょうか。尤も、その時の情勢などもありますので絶対では御座いませんが。…ですので、イオリ様、普段より言葉遣いに気を付ける様お願い申し上げます。そうですね…内城から出た時は、で構いません。」
「そう面白い物ではないが家訓が気になる様なら、後程見るがいい。」
ヴィルフリートの言葉に頷いて、残ったお茶を飲み干す。一足先に食後のお茶を飲み終わっていたヴィルフリートが伊織の後ろに回り立ち上がるのに合わせて椅子を引いてくれ、再び手を差し出された。どうやらまたエスコートをしてくれるらしい。来るときと同じように重ねた手が引かれ、ヴィルフリートの左側に誘導される。先程と違って腰に腕は回されず、今度はヴィルフリートの直角に曲げられた左腕に伊織の右手が導かれた。
「エスコートにもいくつかやり方がある。覚えておいて損はないだろう。…さて、イオリ嬢。部屋まで送りましょう。」
「あ、ああありがとうございます、ヴィルフリート様。っひゃぁ!」
不意打ちのような微笑に伊織は顔を赤く染めて、俯き加減でドモりながら返事を返す。ヴィルフリートが動いた際に慌てて歩き出した所為で足が縺れ、躓いた伊織をヴィルフリートが危なげなく抱き留めたことで伊織の顔は耳まで真っ赤になった。
「…お気を付けて。急がなくても構いませんよ。顔はもう少し上げた方が良いでしょう。」
「はははは、はいぃぃ!!」
抱き留めた体勢のままヴィルフリートの手が伊織の顎に掛かり、優しい手付きで顔を上げされられる。顔を真っ赤にしたまま、ますますドモる伊織にヴィルフリートが苦笑いして躓く前の体勢まで戻り、再度伊織の右手を自身の左腕に組ませた。
「では、イオリ嬢。今度こそ部屋までお送りします。」
「…はぃ…。」
慣れないヴィルフリートの態度と言葉遣いに翻弄されたまま、顔が下がらないように気を付けながらゆっくりと歩く。
柔和な態度も言葉遣いも表情も、その美貌からまるで絵本に出てくる騎士や王子様の様で、伊織の顔色は元に戻らない。
半歩前を歩くヴィルフリートはさり気なく伊織の歩くスピードに合わせてくれている様で、引っ張られるようなこともなく、ヴィルフリートをちらちらと見ながらもいつもの伊織のペースで部屋に着いた。ヴィルフリートの歩くペースからすれば2倍の時間は掛かっているだろう。
ヴィルフリートがエスコートする貴婦人はそうそういないだろうが、他国の王后など高位の貴婦人をこういう風にエスコートするのかと思えば、伊織としては面白くないと思う。ギルベルトとフランツィスカが扉を開けたのを見て、部屋の前でヴィルフリートが止まった。
「では、良い夜を。」
「…ぇ?…あの…寄って行かれ、ないんですか…?」
「こんな時間に、淑女の部屋に入るのは良くないでしょう。」
「…うっ…。そう、ですよね…。」
「…それとも、私を誘っておいでですか?」
明日も更新予約しています。




