結局違ったの?
実は1話から、この話(73話)までの大部分の伏線回収したんですが、読者の皆様は伏線がわかりましたでしょうか?
塔の入り口には騎士が立っている。重要な所には必ず騎士を配置していると、ギルベルトが以前言っていたので、ここも重要な施設の一つである事は間違いなさそうだ。
伊織は手に持った扇を広げて口許を隠す。顔を見せない以外に動揺を隠すという意味でも、扇があってよかった。
(大丈夫…あの時死んだのは、僕だけど、僕じゃない…)
「開けろ。」
「はっ!」
一度大きく深呼吸をして、ヴィルフリートを見上げる。ヴィルフリートはそんな伊織の様子に目を細めて口角を上げ、塔の扉の前に立つ騎士に開けるように命じた。
騒ぐ心を宥め、開かれていく扉の向こうを見据える。
ウラにも伊織の不安が伝わったのか、それとも緊張しているのか、先程からずっと繋がれた手に力が入っている。
開かれた扉の先は広く、数セットの机と椅子が置かれ、円形の壁に沿うように無数の本や巻物等が保管されていた。
棚の切れ目に剥き出しの螺旋状の階段が見えている。意味があるのかどうかわからないような細くて高さが腰辺りまでしかない手すりは付いているようだが、次の層まで軽く見積もっても10mはありそうだ。勿論の事、剥き出しなので下はバッチリ見える。幅は大人2人が並ぶには少し狭そうで、すれ違うとなるとどちらかが譲らなければならないだろう。
伊織の知っている塔の内装とは様変わりしていて、顔が引き攣る。昔の階段は両側が壁になっていて剥き出しではなかったし、次の層までは今の半分の5m程だった筈だ。塔は5階建ての30m程だったが、どれほど改装されているのだろうか。
「こ…ここ上がるの…?」
「?…そうだが。」
伊織が引き攣ったままの顔でヴィルフリートに問い掛けると、ヴィルフリートは一瞬惚ける様な顔をしてから頷いた。ヴィルフリートの一瞬見せた表情が珍しく、恥ずかしくもないのにドキドキして伊織の顔に熱が篭る。
(…なに、その顔…!キョトンって!感じの!!)
思わず内心身悶えていると、伊織の斜め後ろの方から咳払いが聞こえてきた。その音に僅かに肩がビクりと跳ね、雑念を振り払う為に軽く頭を振る。
気を落ち着かせながら先に階段の前で待っている護衛の後に続く。危ないのでウラの手を離して、頭を撫でた。
「落ちそうになったら、助けるからね」
「はぁい!」
「ヴィルさんも僕が落ちそうになったら助けてね?」
「ああ。」
護衛の次にウラ、その次に伊織にヴィルフリート、と一列になって階段を上る。ハラハラしながら壁伝いに、着実に進んでいく。
2階も1階と同じようにあったはずの扉は取り払われていて、壁には様々な器具が所狭しと置かれている。大きな筒状の器具が中央に置かれていて、硝子と思われる筒の中には液体で満たされていた。
伊織が前を向くと護衛とウラは先に進んでいて、用事があるのは2階ではないようだ。背後からヴィルフリートに促されて階段に進む。2階から3階に上がる階段は剥き出しではなく、2階で取り払ったのは扉のみらしい。
階段に壁がある事にホッと胸をなで下ろして、壁がある事で少し狭く感じる階段をさらに上がる。
3階は部屋一面が使われていない器具や本などの資料、薬品が分類に分けて置かれていた。どうやら3階でもないようで、後続に迷惑にならない様に階段を上る。
4階に上がった先には頑丈そうな、豪奢な扉があった。扉の前は多少広く取られているが、それでもやはり狭い。
塔の改装は、2階の天井を抜いて1階部分を広くした以外は特になさそうに思える。他は2階と3階の扉を外したくらいだろうか。
見覚えのある豪奢な扉の前に立ち、扉の取っ手に手を掛ける。伊織が力を入れると扉は何の障害も音もなく、ゆっくりと開いた。
内部に当時の面影は全くない。伊織の記憶に引っ掛かるものは入り口の扉だけだったようで、4階の部屋の壁際には薬品や何かの生物が漬けられた瓶等、塔の外観も相まって宛ら魔女の部屋だ。
机の上や床に置かれている物に触れないように部屋の中に入る。護衛は扉の前で待機するらしく、部屋の中にはヴィルフリートとウラ、それにギルベルトと伊織だけが入った。
研究員には男性と少ないながら女性もいて、入ってきた伊織達に緊張した様子で頭を下げた。跪くスペースはないので、簡略化されている。
「御苦労。」
「態々この様な所に足をお運び下さいまして、ありがとうございます。お調べしたい方がいるとの事でしたが、こちらのお嬢様で宜しかったでしょうか?」
「ああ。この子供の血縁関係を調べるのが主な用だ。ついでに、この猫も調べろ。」
進み出てきた老齢の責任者と思わしき研究員に、ヴィルフリートが指示を出した。ギルベルトが抱いていたブランを責任者の男性の隣に立つ男性に引き渡す。ブランは最後の抵抗とばかりに暴れる。
「危ない、ブラン!大人しくしないと、ここに置いて帰るよ!」
「…にゃぁ…」
周りにある薬品に慌てて伊織がブランに注意すると、ブランはピタリと暴れるのを止めて不満気に小さく鳴いた。
「イオリ様、扇が下がっております。それと、お言葉遣いも崩れておいでですよ。」
ブランを叱った伊織に、ギルベルトが耳打ちで苦言を呈す。伊織は慌てて扇を引き上げて、背筋を伸ばした。
伊織とヴィルフリートは休憩用と思われるソファを勧められ、ウラの検査が終わるまで伊織も猫を被って大人しく待つ。
ウラの手の甲には器具が取り付けられ、ウラの前では女性の研究員が水晶のような透明な板を真剣に見ている。
「あれ…?これは…」
「何か分かったのか?」
「は、はい。それが…このお嬢様は、ベーレンドルフ侯爵家の血縁の様なのですが…」
女性研究員は言いにくい事なのか、歯切れの悪い返事を返した。ヴィルフリートは告げられた家名に聞き覚えがあったのか、思案するように腕を組んだ。
「ベーレンドルフ…確か、5年前の前皇帝暗殺未遂事件の時に近衛だった嫡男が亡くなっておりますね。現侯爵の夫人は出産後に亡くなっておりますので、嫡男も亡くなったことによって、断絶の届け出が出されていたと思います。」
「あそこは現侯爵の母が皇族だったな。」
「夫人の実家であるツヴァイク家も過去に何度か皇女が降嫁しておられますね。」
伊織の身分証はまだ保留となっているが、帝国では出生届が出されると同時に身分証が発行される。身分証には魔力と血が登録され、申請すればその血筋も過去に遡って閲覧出来るようになっている。普段はカード状だがそれ自体が魔道具でもあって、魔力さえ使えれば身につけられる形に変形させる事も出来る。その為身分証は偽装出来ないし、盗難されないように誰であっても肌身離さず、風呂等でも身に付けていた。
「して、ベーレンドルフ侯爵の子だったのか?」
「いえ、亡くなられたご子息、アルノー様のお子様の様で…」
「ベーレンドルフの唯一の後継者という訳か。」
伊織にはよく分からないが、どうやらウラは皇族の血は引いていても皇帝の子ではないようだ。皇族の血を引いているという事実が、どこかで曲解されたのかもしれない。いずれにしてもウラの母はもう亡くなっているし、皇帝の子だと言ったらしいウラの祖父も亡くなっている為、真実はもう分からない。
ヴィルフリートは目を閉じ、何事か思案した後目を開けた。
「ギルベルト、紙とペンを。それから、グスタフを登城させる様に手配を。」
帝国の紋章が入った便箋にサラサラとペンを走らせ、書き終えた後に懐から出した紋章が刻まれた指輪に魔力を流し、自分の名前を書いた上に押し付けた。ペンと一緒に便箋をギルベルトに渡し、ギルベルトは便箋を丁寧に折って封筒に入れる。封筒を手に持って小さく呟き、封がされたのを確認して扉の外にいる近衛に指示を出し、手紙を渡した。受け取った近衛はそのまま階段を降りていく。
「ウラが生まれた時に出生の申請は母親がしたのだろう。父親を申請していなかったのか。」
「…生まれた時には既に亡くなっておられたようですね。婚姻の届出もないので、父親が貴族の場合の申請を知らなかったのではないでしょうか。私もここで働き始めるまで、知りませんでした。」
ヴィルフリートの疑問に研究員が手にした板を見ながら答え、平民の認識をヴィルフリートに告げた。調べ終わったウラは別の研究員に促されて伊織の隣に座る。ブランはまだ調べている最中の様で、ウラの比ではない程様々な器具を取り付けられ、重そうに座っている。数人いる研究員の顔は誰もが嬉々として輝いており、この様子だけ見れば恐怖を覚えそうである。
「こ、これは…!」
透明な大き目の板を覗き込んで、何かあったのか声を上げた。何か判ったのか、ブランの器具は一度外され、また新しく器具が取り付けられる。ブランは諦めたのか、抵抗もせずされるがままになっていた。ししばらくして何か記録したらしく、ブランの口の中に布を入れて唾液を採取したのち、器具がすべて外される。
終わったブランが一目散に伊織の膝の上に逃げてきて、後を追うようにブランの検査をしていた研究員もソファの前に来る。
「陛下。ブラン様は聖獣、ケットシーですね。まだ子供の様ですが、間違いはなさそうです。いずれ人語を話す様にもなる筈です。」
「なるほど。聖獣なら人語を理解する上、この桁違いな魔力も説明がつく。」
「にゃ!」
ブランがヴィルフリートの言葉に胸を張ってドヤ顔した。すぐにヴィルフリートに首根を摘み上げられ、手足がぷらんと揺れる。
「ここに置いて行っても、余は構わぬのだがな。」
「…にゃ、にゃーん」
「ヴィ…陛下。私は連れて帰りたいのですが…」
「仕方ない。あまり目に余る様なら、城から追い出すとするか。」
慌てて伊織がヴィルフリートに進言し、ヴィルフリートは溜息を吐いて摘み上げたブランをギルベルトに差し出した。ヴィルフリートはソファから立ち上がり、伊織とウラにも立つように促す。
「用は済んだ。帰るぞ。」
「はい、陛下。」
「邪魔をしたな。」
ヴィルフリートが研究員に声を掛けると、全員で扉の前まで見送りに来て頭を下げる。扉の前で待機していた護衛が扉を閉め、行きと同じように縦一列になって階段を下りた。
伊織が思っていたより塔は様変わりしていて、過去を思い出す要素がなかった事に安堵して胸を撫で下ろした。
転移魔法陣の建物前には、行きは気が付かなかったがやはり騎士が2名立っていた。建物に入ると、ヴィルフリートが伊織に向かって小声で話す。
「戻ってから、調べねばならない事があるな。…おそらく、グスタフは嘘を吐いている。」
100話までに納まるのか…これ…( ´ᐞ` )




