表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫水晶の回帰  作者: 秋雨
赤の彼方と金の此方
78/94

僕が保護したんだけど…

馬車に揺られながら今朝の事を思い出す。ヴィルフリートに食後に言われた言葉は、どういう意味だったのだろう。


(…気を強く持て、って何…?すごい不吉なんだけど…)


そんなにもディーゲルマン家は恐ろしい所なのだろうか。父や兄を見る限りは、それほど恐ろしい所だとは思わなかったのだが、実は何かあるのだろうか。

伊織は不安に駆られながらも馬車の中から城下の人達を眺める。伊織の乗る馬車は行き交う人や馬車が通り過ぎるのを待っている為、現在止まっていてじっくり周りを見る事が出来た.街は活気に満ち溢れていて、伊織の憂鬱を他所に人々の顔には笑顔が浮かんでいる。そんな中で、路地裏から汚れた服を着た幼い子供が通りの人達をじっと見ていた。


(あの子、あんな所で何してるんだろう…)


伊織は首を傾げてその幼い子供を見詰める。何となく見ていたが、その子がふらりと倒れる。伊織は慌てて馬車を飛び下り、御者に道の端に馬車を寄せるように言って子供に駆け寄った。

同じ馬車に乗っていたアニエッタとフランツィスカが慌てて後を追いかけてくる。伊織の護衛として馬に乗って後ろをついて来ていた3人もすぐに後を追って来た。


「イオリ様!」


伊織はドレスが汚れるのも構わず床に膝を付いて、子供を抱き起す。子供は4、5歳くらいの女の子で、驚くほど手足が細い。

帝国は孤児院も治療院も多く、孤児であっても最低限の生活は保障されていると伊織の家庭教師のゲルダは言っていた筈だ。それに、帝都であるヴェルクランは温暖な気候で治安もいい為、滅多な事では行き倒れる事もない。また、裏路地も日に数度騎士が巡回して、もしそういう者がいれば保護される。


「…大丈夫?どこか悪いの?痛いところはない?」


子供は意識が朦朧としている様で、伊織の問い掛けにまともに応えない。だがそれよりもわかりやすく、お腹から空腹を知らせる音が鳴った。


「…お腹が空いてるんだね」


とりあえずどこか怪我をしていたら大変と思い、伊織が子供に治癒を施す。子供は治癒されて意識がはっきりしたのか、きょとんと伊織を見ている。フランツィスカが前に進み出て、伊織の腕からそっと子供を受け取って抱き上げた。


「連れて行くから、馬車に乗せてあげて。後、何か食べさせてあげたいんだけど…」


「畏まりました。カルラ、何か適当に買って来て下さいな。」


「すぐに。」


アニエッタがカルラに頼んで、伊織を馬車に戻るように促す。周りには少しだけ人だかりが出来ていて、目を見張る。

一様に遠巻きに見ているだけで、誰一人として声を掛けてきたり手を貸してくれる者はいない様だ。この世界は、伊織がいた世界、特に日本より圧倒的に死者数が多い。その為、帝国ではまだマシだが、他の国では行き倒れも珍しくない。魔物によって死ぬ者もいれば、飢餓などで死ぬ者もいる。


「ねえ、名前はなんていうの?お父さんやお母さんは?」


「…ウラはね、パパとママを探しに来たの…。おじちゃんが、ここにいるって…」


治癒をした為か、思ったよりもはっきりとした返事が返って来た。アニエッタとフランツィスカと顔を見合わせる。ウラ、と言うのが名前だろう。親を探しに来たと言っていたが、それよりも気になる事がある。


「その、おじちゃんはどうしたんですか?」


アニエッタが優しく子供に問い掛ける。子供はきょとんとして首を振った。


「知らない。ウラを置いて、どっかいっちゃった。」


「…困りましたわねぇ。」


フランツィスカが頬に手を当てて困ったように溜め息を吐いて、子供の気を引く。アニエッタが伊織の耳元で小さな声で耳打ちをして来た。


「…捨て子かも知れませんわ。もしかすると、この子の親はもう…」


伊織は声を出しそうになるのを耐えて、子供に向き直る。その時馬車の扉がノックされ、アニエッタが扉を開ける。カルラは食べ物をアニエッタに渡すと一礼して扉を閉めた。

アニエッタはいくつかある食べ物の中から、粥かリゾットの様なモノを選んでスプーンで掬って、子供の口元に出した。


「熱いかも知れないわ。ゆっくり食べるのですよ。」


馬車がゆっくりと動き出し、僅かな振動が伝わってくる。

カルラが買って来たのは、このリゾットの様なモノの他に串焼きやクレープの様な野菜や肉を包んだモノ、コロッケの様な形の揚げ物も入っている。どうやら屋台の食べ物を片っ端から買って来たらしい。その中でリゾットの様な食べ物があって良かった。

ウラが一口食べて目を輝かせ、もっともっととアニエッタに催促している。よっぽどお腹が空いていたらしい。

ゆっくりとリゾットを食べさせている内に邸に着いたのか、馬車が止まる。

ウラはリゾットを食べ終え、串焼きを頬張っている。馬車の扉が外から開けられ、ニコラウスが顔を出す。


「イオリ!待っていたぞ!」


「…パパ、ちょっと静かにして。ウラが怖がる!」


ウラは串焼きを頬張ったまま、ニコラウスを見て固まっている。伊織がニコラウスを窘め、ウラに一度串焼きを食べるのを止めさせた。ウラはすぐに食べるのを止め、フランツィスカの服を握って恐る恐るニコラウスを見ている。


「イオリ、その子はどうしたんだ?」


「来る途中で倒れてたから連れてきたの。ウラ、挨拶できる?このおじちゃんは怖くないよ。」


「…うん。…ウラでしゅ。4歳です。」


ウラがフランツィスカの服を握ったまま、ぺこりと頭を下げてすぐにフランツィスカの影に引っ込んだ。

ニコラウスが相好を崩して、ポケットから飴を出してウラに差し出す。ウラがそうっと出て来て、差し出された飴を受け取った。


「ありがとうごじゃいます。」


「構わん!さあ、じいちゃんが可愛い服用意してやろうな~」


ニコラウスがフランツィスカの後ろから出てきたウラを抱き上げて早々に邸に入っていく。置いて行かれた伊織はアニエッタとフランツィスカに苦笑いして馬車を降り、ニコラウスの後を追って邸に入った。

邸のホールには使用人がずらりと並んでいて、伊織が入った途端に一斉に頭を下げる。伊織はその様子に顔を引き攣らせて後退る。

使用人の真ん中には綺麗な壮年の女性とウラを抱き上げたニコラウス、それに若い男性が一緒に立っている。女性は艶やかな茶髪で瞳は鳶色、男性は茶髪に菫色の瞳をしている。女性が母で、男性は一番下の兄のコルネリウスだろう。


「お帰りなさい、イオリさん。」


女性がふふっと笑いながら伊織のところに歩いてくる。何となく感じる圧力に押されながら、伊織は慌ててドレスの摘まんで足を折り、頭を下げた。


「お、お母様?ご機嫌麗しゅう。伊織です。」


「あら、堅苦しいのはいいのよ?私の名前はレティツィアだけれど、ママと呼んで頂戴な。」


「は、はい。」


何となくだが、この女性には逆らってはいけない気がしてならない。

男性も伊織のところに来て、伊織に微笑みかける。何処となくだが顔立ちはヴィルフリートに似ているかもしれない。ヴィルフリートはこんな風に微笑む事など滅多にないが。


「3男のコルネリウスだ。好きに呼んでいいよ?」


「伊織です。」


伊織が頭を下げようとドレスを摘まんだところで止められる。レティツィアもコルネリウスも苦笑いして後ろを振り向く。そこにはニコラウスがデレデレした顔で飴を頬張るウラの頭を撫でていた。


「あなた?その子の名前、私もまだ聞いてないんですけれど?」


「レ、レティ…。この子の名前はウラと言うらしい。可愛らしい名前じゃないか?」


「可愛いかどうかは別として、その子を早く洗って綺麗なお召し物を着せてあげては如何かしら。」


「あ、あぁ…。」


タジタジのニコラウスの横からメイドが慣れた様子でウラを優しく促して連れて行く。この屋敷ではレティツィアが一番偉いようだ。

伊織がへましない様に、と気を引き締めていると、レティツィアが伊織に向き直ってにっこりと笑った。


「もう少ししたら、仕立屋が来るんですのよ。イオリさん、付き合ってくださいますわよね?」





ウラちゃんはニコラウスパパに奪われてしまいました。

ママは強い(確信)


26.8.25 ラウラ→レティツィアに名前変更。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
☆★やる気スイッチ★☆

★☆ポチッとな☆★

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ