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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
赤の彼方と金の此方
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内城に引き籠ってるから…

うおー!予約投稿の日付が間違ってた(ジャンピング土下座

午後から城の敷地内の工房へ行く事になった。工房は騎士団とは逆側にあり、神殿に行く途中にある。敷地自体が広大な為、歩く距離も長いので伊織は例にもれずヴィルフリートに抱き上げられて城内を移動する。

城で働く者達の視線が気になるが、こうして移動するのもいつもの事なので、伊織は気付かないふりで乗り切った。


(…見られるのが、いつもと違う人達なだけ。…いつもと違う人…いつもと……いや、すごい恥ずかしい…!)


部屋を出る時にフランツィスカに顔を隠す様にと渡された扇で顔を隠しながら、いつもは行く事のない場所を進む。伊織の行動範囲は内城と散歩に出る中庭が主なので、外城で働く者達とは全く面識がない。

こう考えてみると、実に姫様らしい生活と言えるかもしれない。

伊織が必死に羞恥に耐えている内に工房に着いたらしく、ヴィルフリートの足が止まった。伊織は少し扇を下げて周りを見渡す。目の前には大きな建物、入り口の両脇には薪が積み上げられており、少し離れた所で薪割りをしながらこちらを窺う人もいる。


「イオリは工房には来た事があるのか?」


「うぅん。いつも紙にこういうのが欲しいって書いて、届けてもらってたから…」


「ここの工房にはドワーフがいる。腕はいいが、頑固だ。」


伊織は下に降ろして貰い、ヴィルフリートが工房の扉を開ける。中は外に比べると随分暑く、熱気が籠っている。入った部屋は打合せ用の部屋らしく、さらに三方に扉があった。


「陛下!…こんな所に…」


「良い。作って貰いたいモノがあったのでな。ドワーフで工房長のゴンザレスだ。」


ヴィルフリートと伊織の存在に気付いた、筋肉隆々の背が低くて髭の生えた男が慌てて寄ってくる。ヴィルフリートは近くにあった椅子に座り、男を手で制して足を組んだ。伊織に軽く紹介して、伊織はゴンザレスに軽く会釈する。


「…作ってもらいたいものとは?」


「紙と書く物を。…イオリ、説明できるか?」


伊織は頷いて、万年筆を手に取る。紙に四角形を描き、それを線で区切る。8×8のマス目と6種類の駒を描いたところで、ゴンザレスが腕を組んで考え出した。


「…なるほど、いつも紙に変わった事を書いて、使いを寄越す姫さんか。面白いモノを考えると、工房でも評判じゃい。」


伊織は聞かない事にして、紙に文字を書き込んでいく。駒の数と駒とボードの白黒を描き込んで顔を上げた。

ヴィルフリートとゴンザレスが興味深そうに紙を覗き込んでいる。


「大きさがこのくらいで、駒もこのくらいの大きさにして…」


「成程。材質は何を使う?」


「うぅん、と…木材が一般的だった気がするけど、変わったのだと宝石や硝子で出来たものもあったよ。色も白や透明と、別の色って感じで、黒である必要もなかったし…」


伊織の言葉にゴンザレスが紙に追加でさらさらと書き加えていく。書きあがった紙を見て一つ頷き、右の扉に入っていった。すぐに戻って来たゴンザレスの手には色んな石や金属が数種類持たれている。

それをテーブルに広げ、2つに分けた。


「こちらが白に使うモノとして、こちらが別の色ですな。陛下が使うものじゃけ、多少は意匠を考えんと。」


「…何を使うかは任せる。」


「僕はこれとこれがいいな。黒曜石とムーンストーンっぽいし!」


伊織が2つの石を指差すと、ヴィルフリートとゴンザレスが難しい顔をしている。伊織は2人の難しい顔を見て首を傾げる。選んだモノが良くなかったのだろうか。


「…人魚の涙か。水精霊に頼まんと、加工が難しいが傷には強い。こっちはブラックタイガスの心臓じゃな。逆に強度に問題ありじゃい。土精霊に加工と強化を頼まんとならん。…土の祝福はワシが持ってるが…」


「精霊が加工するの?」


「イオリが選んだ素材は両方特殊な素材だからな。精霊と親和性が高い。無意識にそれを感じたのだろうが…。」


ゴンザレスが伊織の選んだ以外の素材を持って扉の奥に入っていき、戻って来る時に選んだ素材と意匠に使うであろう、水晶の様な素材を持ってきた。そのまま左側の扉を覗き、中の者に声を掛ける。数名が中から出て来て、今度は伊織とヴィルフリートに外に出る様に促す。


「すぐ出来るんで。準備は?」


外に出て素材を真ん中に、その周りを職人達が囲む。合図と共に一斉に精霊魔法の詠唱をし始めた。

伊織の目には茶色い人型と水色の人型が素材の周りを踊っている様に見えるが、素材はどんどん形を変えて、あっという間に伊織がよく知るチェス盤と駒に出来上がった。ご丁寧に駒まで並べてある。


「ヴィルさん、これ素材だけもらえばよかったんじゃない…?」


伊織がこっそりヴィルフリートに問い掛ける。ヴィルフリートが肩を竦めて伊織をちらりと見た。伊織の意識が反映されているのは、チェスの駒の形状や駒の並べ方からして確実だろう。

ゴンザレスが訝し気にチェス盤に近付いて、出来上がったものを持ち上げる。ゴンザレスがそれを伊織とヴィルフリートのところに持ってきた。ヴィルフリートが駒を一つ持ち上げて、じっくりと見る。ご丁寧にも駒の裏にフェルトに似た布まで貼られていた。


「…ご苦労。強度も申し分なさそうだな。」


「はぁ…ワシはこんな事初めてじゃい…」


ゴンザレスは驚きからか、敬語が抜けて素になってしまっている。元々敬語が苦手なのか、あまり変わってないが。伊織は墓穴を掘らない様に口を噤んだ。工房員の一人が小さい箱を2つ持ってきたので、駒を白と黒に分けて中に入れる。チェス盤自体、継ぎ目のない美しい造りだ。水晶の様な宝石が台に使われていて、綺麗な彫刻での模様が入っている。


「これで用は済んだ。余は戻る。これの代金は後でギルベルトに持って来させる。」


言うだけ言って、ヴィルフリートは伊織を抱き上げて踵を返す。伊織は慌てて扇で顔を隠し、ヴィルフリートの肩にしがみ付いた。扇を少し下げて工房を見ると、ゴンザレスや工房の人達が伊織とヴィルフリートを唖然と見ている。伊織は来た時と同じようにすぐに顔を隠して、込み上げる羞恥に堪えた。


「チェス盤なんて作って、どうするの?」


「アロイジウスと勝負する。頭脳戦であれば、アロイジウスも文句は言わんだろうからな。部屋に戻ったら、ルールの説明を。」


「はぁい。…言っておくけど、僕は戦略とか定跡はあんまり詳しくないし、下手だよ?」


内城に入って、伊織が口を開く。外城では一言も発する事なく、ただ運ばれていただけだったが、内城に入ってホッと肩の力が抜けた。


「ルールさえ解れば後は考える。」


「じゃぁ、お茶しながら一局やってみよ。」


部屋について、下に降ろされる。伊織は扉を開けて中に入り、ソファに座った。控えの部屋からギルベルトとフランツィスカが出て来て、テーブルに置かれたチェス盤を見て微笑む。


「お帰りなさいませ。美しい意匠ですが、もう出来たのですね。」


「精霊との親和性の高い素材をイオリが選んだ。ゴンザレスが随分驚いていたが。…工房に代金を持って行く様に。」


「代金って…そういえば僕、今まで作って貰ったモノのお金払ってない…」


ふと思い当り、伊織の顔が蒼褪める。ヴィルフリートが伊織の頭を軽くポンポンと叩き、伊織はヴィルフリートを見上げた。


「イオリの作ったモノはすべて支払済みだ。大した金額でもない。」


(ヴィルさんの大した金額じゃない、って…信用ならないよ…)


街での払いの良さを見る限り、多分伊織の想像する額自体が違うんだろう。何といっても皇帝陛下だ。どう考えても安くはないんだろう、と伊織は遠い目をした。






一体、伊織ちゃんにいくら使ったんだろうねぇ(ニヤニヤ

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