巡る運命
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モチベーション上がりますシャキ─(。ìдí。)─ン!
とりあえず構想がまとまって執筆が進む間はなるべくペース落とさず投稿したいと思います。
お茶を楽しみながら機嫌良くアーデルハイトを思い出していると、ヴィルフリートが部屋に入ってきて向かいのソファに座った。
「…何もされなかったか」
機嫌のいい伊織を訝しげに見ながら、ヴィルフリートが問い掛ける。伊織は首を傾げて言葉の意味を考えた。アニエッタがヴィルフリートにお茶を差し出した。
「何かって、何を?」
「先程、手を挙げられそうになっていたではないか。」
ああ、と思い出し、慌てて首を振った。
「あれは僕が悪いんだよ。だからヴィルさんは余計なことしないでね。」
「イオリが良いのならば構わぬが。」
ヴィルフリートが溜め息を吐いてお茶に口をつけた。伊織は何度か頷いて機嫌良くにこにこと笑う。
「何か良いことがあったのか?」
「ううん。でもアーデルハイトちゃん?と仲良くなりたいと思って。」
伊織がそう言った途端、ヴィルフリートのカップを持ち上げた手がピタリと止まった。
「…争っていたのではないのか?」
ヴィルフリートの反応に苦笑いして、お茶を口に運ぶ。ヴィルフリートの探る様な視線を受けながら、どう説明するか考えて口を開いた。
「彼女、裏表がなくて分かり易いし…それに昔飼ってた猫に似てて、可愛いんだよね」
語尾にハートが付きそうな勢いで告げる伊織にヴィルフリートは頭を押さえた。
「ヴィルさん、どうかしたの?」
「…いや、何もない。」
伊織はキョトンとして首を傾げてヴィルフリートを見たが、すぐににこにこと表情が弛んだ。ヴィルフリートとアーデルハイトならお似合いだな、と能天気に考えていた。
「イオリ、余は仕事に戻る。食事は共に取ろう。」
「あ、はい。態々心配してきてくれたんだよね?それとさっきも…ありがとうございます」
「良い。」
すっかり忘れていたお礼を言って頭を下げる。ヴィルフリートは一度伊織の頬を撫でて、部屋から出て行った。
(…ヴィルさんって、スキンシップ好きな人なのかな?)
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朝食とお茶の所為で(お腹がいっぱいすぎて)ずれた昼食を食べ終え、伊織はソファでだらしなく肘掛けに身体を預け、殆ど横になる様な形で微睡んでいた。
(あれ?これ、夢だよね…)
夢の中で夢だと思う事も変だと思いつつ、動かない身体に内心首を捻った。
しばらくそのままでいると、部屋の扉が開いた。よくよく見てみれば全然部屋も違い、豪華だが寒々しい部屋だった。そして部屋に入って来た男に驚く。ヴィルフリートに似ている、プラチナブロンドに紫の瞳の男だった。
「ーーーーー。」
何かを言ったが全く分からなかった。
近付いて来た男が、涙を一筋流す。
男に抱き寄せられて、自分の腕が背中に回る。ここで初めて、この身体は自分のものでなく、誰かの身体に入っているのだと気が付いた。
男が離れ、腰に下がる剣を抜いた。伊織は身体を震わしながら跪いて、手を胸の前で祈る様に組んだ。
「ーーー、ーーーーーー」
組んでいた手を解いて、男を見上げる。男の瞳は狂気と絶望と哀しみを宿していた。
「…例え貴方を忘れようと…貴方も私を忘れようと…必ず貴方に逢いに来ますわ。私の愛しいーーーーーー」
言い終わった途端、男が伊織の胸を貫く。口から、コポリと血が吐き出される間も伊織はずっと男に微笑んでいた。男は服が血で汚れるのも構わず伊織の身体を抱き寄せる。
「ーーーーー」
急速に薄れていく意識の中で、男の顔に手を伸ばす。
男の頬を撫でる腕には、紫水晶のブレスレットがついていた___
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伊織は飛び起きた。心臓が早鐘の様に脈打ち、背中に冷たい嫌な汗が流れる。
リアルな夢だった。生々しく、流れる血ですら感じ取れるのではないかというほど。
(…なに、いまの…それにあのブレスレット…)
「イオリ様、顔色が悪いですわ。」
アニエッタが心配そうに伊織を伺い、水の入ったコップを差し出してくれた。
「…ありがとう。大丈夫、ちょっと怖い夢見ただけだから。」
コップを受け取って笑顔を作る。自分はうまく笑えただろうか。水を飲んで落ち着ける様に深く息を吸い込んだ。
アニエッタとフランツィスカが気遣わし気に伊織を見ているが、伊織は敢えて無視してソファから立ち上がって伸びをした。
「夕食っていつも何時くらいなの?」
「19刻でございます。ですが、陛下は執務時は手軽に済ませてしまわれますのできちんと食事されることは殆どございません。それから、今日はイオリ様の昼食が遅かったですから、20刻にと、陛下が。」
どうやら伊織が寝ている間にヴィルフリートに報告に行ったらしい。まだお腹があまり減ってなかったからありがたいが、せっかく食事に誘ってもらったのに申し訳ない気がした。
「わざわざ僕の為に時間ずらさなくても…」
「いいえ、陛下がきちんと食事をすること自体珍しいんですよ?料理長なんて、イオリ様にとても感謝しておりましたわ。」
フランツィスカが冗談っぽく笑って和ませてくれる。伊織はフランツィスカの気遣いに感謝しながら笑い返す。
時計を見ると、どうやら2時間ほど眠っていたらしい。こちらの世界も時間の進みは同じで、時計は24の数字の時針盤と、その下に少し小さい12の数字の分針盤がある。分針盤は5分刻みになっていて、針が真上になったら時針が一つ進む。
「まだ3時間もある…」
「でしたら刺繍などいかがでしょうか?」
「刺繍…まぁ、いっか。する!」
刺繍と聞いて、昔姉に夏休みの宿題でやらされたのを思い出して悩むが、自分の好きな模様にすればいいと思い直し、頷いた。
「では道具をお持ちしますわ」
アニエッタが頭を下げて控えの部屋に入っていった。
リビング(?)は中央にソファセットが置いてあり、寝室とは反対側に侍女や侍従が生活する部屋がある。アニエッタとフランツィスカは伊織の専属侍女という扱いになっているので、伊織付になってからはそこに引っ越してきたらしい。
アニエッタが裁縫箱とハンカチを持ってきた。ハンカチは淡い色のものが何色かあり、伊織が選べるようにテーブルに広げてくれる。
「何を縫おうかな~」
「でしたら、帝国の紋章などいかがでしょう?」
見本に、と絵が描かれた紙が差し出される。絵は五角形の黒の背景に銀の剣がクロスされ、紫の瞳の白金の獅子が横たわり、白く紅い瞳の猫を腹に抱えて顔を寄せている。
「この紋章は帝国の建国に由来したもので、城に入る侍女や見習いは皆この紋章を練習するんです。」
フランツィスカが説明してくれたが、伊織はその絵から目を離すことができなかった。
「…その建国の話って、どんな話なの?」
ドキドキと速くなる心臓を無視して、フランツィスカに尋ねる。
「確か、帝国が出来る前の王国が神を怒らせて、その国の王と王妃が自害したけど、その時には既に神は我を忘れて静まらなくて、その国の最後の王女が婚約者だった初代皇帝にあとを頼んで…どうしたんですっけ?」
「王女の血で泉を作り、王女の骨を礎としてこの城を建て、王女を燃やして出来た灰を帝国中に撒いたと言われています。そして、決して融ける事のない氷で王女の心臓を封印して泉の底に沈めたと。そうして神は怒りに我を忘れた事を恥じて、死した王女の為にこの国に祝福をお与えになったのですわ。」
「そうなんだ。哀しい話だね…話してくれてありがとう。」
アニエッタがフランツィスカから話を引継ぎ、イオリの前にお茶を置きながら答えた。
伊織は平静を装い、ならべられたハンカチから薄紫のものを手にとって道具箱を開いた。
「じゃ、これ縫ってみるね。」
前世の話をちょろっと。