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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶と石榴石
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箱を開けなきゃ…。

シリアス回のはず…。シリアス回のはず…。

大事な事なので2度言いました。

あるぇ?

「…箱が本当に開くのか?話では如何なる攻撃にも傷一つ付かなかったらしいが…」


「…でも、開けないと…開けないと、ヴィルさんが…」


ベッドに眠るヴィルフリートは顔色もなく、精巧に作られた人形の様で、伊織は泣きそうになりながら手を握る。寝室の空気は重くて暗く、まるでお葬式の様な雰囲気を感じる。

そこにライヒアルトとコンラート、イグナーツが部屋に飛び込んできた。

コンラートとイグナーツは一度跪き、ニコラウスと伊織に向けて礼を取る。ライヒアルトが伊織の向かい側に来てヴィルフリートを見て顔を歪めた。


「殿下…、爺はまだ殿下のお子を見てないですぞ。約束を反故にするおつもりか?」


「ライト、ヴィル坊を危篤みたいに言うんじゃねぇ。」


ライヒアルトの発言で、伊織の目に一気に涙が溜まったのを見て、ニコラウスが慌てて止める。最近、伊織の涙腺は壊れている気がする。ここ数日で一生分の涙を流したかもしれない。


「…じゃが、心臓が動いておらんのだろう?心臓が止まれば普通死「だああああ!!空気読め!イオリが泣く!」


ニコラウスが遮った時にはもう遅く、伊織の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れている。フランツィスカがそれを冷たい濡れた布で擦らない様に拭いて行く。

コンラートが咳払いし、ライヒアルトとニコラウスがしまったと言う顔をして黙った。


「…意識がないとはいえ、陛下の御前でございます。…漫談も寸劇も陛下が起床されてからどうぞ。」


「起きてからやってもつまらん。」


「そうじゃの、確かにつまらぬかもしれないですのぅ。」


ライヒアルトとニコラウスはヴィルフリートが眠っている事を何ともない事のように軽い口調で言い交わす。仮にも一国の皇帝に対する扱いとしては酷いように思う。

伊織が鼻をすすりながら、不思議そうにライヒアルトとニコラウスを見た。


「…すん。…ヴィルさんが、このまま起きないとは…思わないんですか…?…ぐす…」


「何というか…なぁ?」


「殿下は殺しても死ななそうですからのぅ」


(…確かに前にヴィルさんが言ってた通り、すごい食わせ者かも知れない…)


あっけらかんとしているライヒアルトに伊織は驚いて絶句する。ライヒアルトは驚く伊織にふぉっふぉっ、と笑って、ニコラウスの座る椅子の向かいに腰を掛ける。

コンラートは渋い顔をして壁際に下がり、イグナーツもそれに続いた。


「イオリ、俺もライトも心配してない訳じゃないんだぞ?ただ、伊織よりも付き合いが長いから、ヴィル坊の事を良く知ってる分、ちょっと想像が付かなくってな…」


「殿下は幼少期から、暗殺者泣かせだったからのぅ。毒を盛られても平然と食べておったし…」


「…暗殺者、泣かせ…?」


ヴィルフリートならあり得そう、と思って、眠っているヴィルフリートの顔を見てから、慌てて否定する様に首を振る。ライヒアルトとニコラウスは昔話に花を咲かせていて、先程までの暗く重い空気は晴れていた。


「12歳の時じゃったかのぅ。身体強化の魔法を練習してる時、突進してきたビックボアの角を片手で掴んで止めてから、殴り飛ばしたのは…」


「15ン時には騎士団に入ったバルトを魔法も使わず、ぼこぼこに伸してたもんだが。なぁ、バルト?」


「親父、古い話蒸し返すなよ…今は魔法使われなければ、俺が勝つし…」


「3985戦1990勝1995敗ですよね。負け越してるじゃないですか」


顔をしかめたバルトロメウスにイグナーツがニヤニヤと人の悪い笑みでからかう。伊織の涙はすっかり止まって、今はきょとんとして話を聞いていた。どうやらヴィルフリートは結構な武勇伝を持っているようで、話が途切れる事はなかった。

そうしている内にギルベルトが箱を持って戻ってくる。

室内の様子にギルベルトが蟀谷(こめかみ)を揉む。どう見ても命の危機に瀕した者の寝室ではない。それどころか、皇帝の寝室の様子でもない。


「…お話が盛り上がっているところ、大変心苦しいのですが。箱を持ってまいりました。…この事はしっかり、後程奥方様方にお伝えしておきますので。」


ギルベルトが青筋を浮かべて、にっこりと笑う。その迫力に一様に黙り、奥方様方、のところで蒼褪めた。平然としているのは話に加わってなかったコンラートくらいのものだ。


「…そ、そんな事より箱だ!開ければ起きるんだろ?」


ニコラウスが空咳をして立ち上がり、ギルベルトから箱を取って伊織のところに持ってくる。伊織は箱を両手で受け取り、紅い錠を撫でた。ブレスレットの鍵と箱の錠がきらりと輝いた気がした。


「この錠…鍵穴がない…」


紅い錠は裏返して見ても鍵穴らしきものはなく、さらに普通は開くはずの錠の上の部分は継ぎ目もなくぴったりとくっついている。

箱も裏返したり逆さまにしてみたり、いろんな角度から見てみるが、これと言って他に開けられるところもなさそうだ。

伊織の目に再びジワリと涙が滲む。


「…開け方、わかんないよ…」


(これじゃ…ヴィルさんが…)


最悪な事態を思い浮かべて、溜まった涙が零れた。その涙が頬を伝って箱に落ち、流れる事無く吸い込まれる。伊織は泣いているため気が付かなかったが、落ちた涙はどんどん箱に吸い込まれ、次第に淡く輝き始めた。


「イオリ様…箱が…」


フランツィスカに箱を示され、伊織が視線を落とす。伊織の手の上には先程まで茶色かった箱が金色に輝き、鍵穴が現れている。


「…鍵穴が…ある…これで、助かる?」


伊織は震える手でブレスレットを外し、鍵穴にブレスレットの鍵を差し込む。ゆっくり力を入れて鍵を回すが、鍵は回らない。どうやら鍵が合わないようで、伊織は愕然とした。


「…どうして…!?どうして、この鍵じゃないの!?」


「イオリ様、落ち着いて下さい。他に遭う鍵がないか探してみましょう?」


フランツィスカに宥められ、伊織は頷いて箱をヴィルフリートの横に置く。嘆いてる暇なんてない。


「…合いそうな鍵、何でもいいから持ってきてください。片っ端から合わせてみるしかない…盗まれたのは、箱だけなんですよね?」


「はい。史実では、盗まれたのは箱しか書かれておりません…が、鍵があったとは初めから書かれていません。」


「何でもいいから探せばいいんだろ。おい、宝物庫見に行くぞ。」


ニコラウスがバルトロメウスとコンラートを連れて部屋を出ていく。


「では、私は皇帝の私物置場ですかのぅ。」


ライヒアルトがギルベルトとイグナーツを連れて出ていき、部屋にはフランツィスカと伊織、眠ったままのヴィルフリートだけになった。


「…フラン、少し…部屋を出ててくれる?」


「…はい。畏まりました。」


消沈した伊織に、フランツィスカは躊躇したが、渋々部屋から出ていく。

眠ったヴィルフリートと伊織の2人きりになった。伊織はヴィルフリートの頬を撫で、瞳を閉じてそっと唇を寄せる。

すぐに顔を離して瞳を開け、一縷(いちる)の希望を込めて至近距離からヴィルフリートをじっと見つめる。


(…これが童話の世界なら、これで目が覚めて…ハッピーエンドなんだけどな…男女逆だけど…)


当然の事ながら、ヴィルフリートは起きる気配すらない。伊織はくだらない自分の考えに、クスリと自嘲の笑みが零れた。こんなことでヴィルフリートが目覚めるはずがないと解っていても、試してしまう自分を滑稽に思う。

伊織は再び瞳を閉じて、ヴィルフリートに口付ける。その直後に激しい眠気に襲われ、ふら付いてベッドに手を突く。そのまま崩れ落ちる様にヴィルフリートの胸元を枕に、意識を失った。




すぐに開けちゃうのもね←

ヴィルフリートさんにはもう少し眠っててもらおう(; ・`д・´)


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