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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶の記憶
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晴れ時々波乱

伊織は瞼に当たる光に、何度か瞬きをして目覚めた。


「おはようございます、イオリ様」


ちょうど天蓋から下がる布を柱に纏めていたアニエッタが伊織が起きた事に気が付き挨拶した。


「おはようございます」


同じ様に布を纏めていたフランツィスカとも挨拶をし、身体を起こして伸びをする。

一昨日から何度も長時間眠っていた所為か、昨日マッサージをしてもらったにも係わらず身体が強張っていた。

目が覚めて改めて室内を見渡す。広い寝台と窓側の脇にサイドテーブル、窓際には小さなテーブルとイスが2脚。寝台の正面からリビング(?)ルームに続き、寝室から直接廊下に出られない造りになっている。寝台の横には衣裳部屋に繋がる扉があり、更に奥には浴室とトイレがあった。

部屋を見渡しているとアニエッタが控えめに声を掛けてきた。


「イオリ様、陛下が朝食を一緒に、とのことですが。」


「あ、はい。すぐに準備するね」


慌ててベッドから降りると、アニエッタが微笑みながらガラスの器を差し出した。フランツィスカがタオルを腕に持っている事から、顔を洗う為のものだろう。


「ありがとう。」


お礼を言って顔を洗う。すかさず差し出されたタオルで顔を拭き、フランツィスカに返した。

アニエッタは器を片付けて衣裳部屋に入っていき、すぐにドレスと靴などの小物を一緒に持ってきた。ドレスは長袖の薄紫の首元が大き目に開いた胸の下にリボンの付いたAラインドレスで、丈は脹脛(ふくらはぎ)の真ん中くらいだ。元々は膝下くらいの丈だろう。

この世界の人はみんな大きく、男性は185cmオーバー、女性は170cm前後が普通らしい。伊織は相当小さい内に入る。

アニエッタが持ってきた小物とドレスをベッドの上に広げ終え、靴を床に置いてる間にフランツィスカが伊織の寝間着を脱がせに掛かる。


「ちょ、ちょっと、フラン!?」


「イオリ様、大人しく着飾られて下さいまし」


慌てて布を抑えようとしたが既に遅く、パンツ一枚に脱がされて顔を赤くしながら胸を腕で隠す。

アニエッタにブラジャーとコルセットが一体になったような下着を手渡される。ボディスーツの様に補正機能が備わっているようだ。それを大人しく身に着ける。フランツィスカが後ろに付いている多数のホックを留めてくれる。


「イオリ様、次はこれですわ」


「はいはい…」


手渡されたガーターベルトを着けて靴下を穿く。フランツィスカとアニエッタが左右の足の留め具を付ける。伊織は自分が人形になったような気分を味わいながら、疲弊して溜め息を吐いた。

ドレスを着せられ、背中のボタンを留められて胸の下のリボンを結ばれる。着替え終わって靴を履かされると抵抗する気力もなくぐったり椅子に座った。


「明日から着替えは衣裳部屋で致しましょうね。鏡とドレッサーがございますので。」


アニエッタが伊織の髪をリボンで纏めながら嬉々として話し掛けてくる。どうやらハーフアップにするようで、複雑ながらもきれいに編み込まれ、下半分の髪の毛は背中に垂らされた。


「…はい、お手柔らかにお願いします」


自分の着せ替えが大好きだった母と話しているような気分になりつつ、込み上げてくる感情を飲み込んで返事をする。アニエッタが髪を結っている間にフランツィスカに薄く化粧を施され、仕上げに大きく開いて鎖骨が見える胸元に赤い宝石の付いたネックレスを付けられた。


「とっても綺麗ですわ、イオリ様」


「傑作ですわ!」


アニエッタとフランツィスカが手を合わせてにっこりと笑うのを見て、伊織も自然と笑顔が零れた。


「やっと自然な笑顔が見えましたわ」


「張り切った甲斐がありましたわね」


フランツィスカとアニエッタが続けて言うのを聞き、伊織は頬に手を当てて顔を赤くして俯く。どうやら二人に心配を掛けていたようだ。昨日初めて会ったとはいえ、ここで暮らす間世話になる二人なので伊織は素直に心配してくれる事が嬉しくて、二人に笑い掛けた。


「ありがとう、二人とも」


「どういたしましてですわ。」


伊織のお礼に優しく笑い返してくれた。


「いけない。もうこんな時間よ!」


フランツィスカが壁に掛かった時計を見て慌てていると寝室の扉が開いてヴィルフリートとギルベルトが入ってきた。


「陛下!」


「申し訳御座いません」


アニエッタとフランツィスカが頭を下げて伊織の後ろに下がる。伊織はドキドキしながら頭を下げて謝る。


「ごめんなさい。僕がもたもたしてたから…あの、二人を怒らないで…」


「良い。怒っていない。…綺麗になったな。」


おずおずと顔を上げると優しく頬を撫でられて、伊織の頬が朱に染まる。ヴィルフリートの口角が上がっている事に気が付き、恥ずかしがっていた事も忘れてヴィルフリートの顔をじっと見つめてしまった。


「…陛下、朝食の準備が整っております。」


見詰め合う二人に、ギルベルトが促すように声を掛けた。伊織は弾かれた様に視線を外して、赤くなって熱を持った頬に手を当てる。

部屋から出ていくヴィルフリートとギルベルトの後を追いつつ、早鐘を打つ心臓を鎮める為にひっそりと深呼吸した。


(こんなにドキドキしてたら心臓がいくつあっても足りないよ~!!)


食堂に着いて、ヴィルフリートと向かい合わせに座ってもまともに視線が合わせられない。誤魔化す様に食堂を見渡す。食堂はそんなに広くはなく(とは言っても10畳ほどはありそうだが)6人ほどが座るテーブルが置いてある。


「ここは余しか使わないから狭いだろう。大食堂の方が良いか?」


「いいえ、ここで大丈夫です。あんまり広すぎると緊張しちゃうし…いただきます。」


伊織は手を横に振って、日本人の笑って誤魔化すを実践し、その後に手を合わせて頭を下げた。ヴィルフリートは鷹揚に頷いて、綺麗な所作でカトラリーを使ってオムレツのような料理を口に運ぶ。伊織はヴィルフリートの食べ方を見て、マナーに変わりがない事を確認してから料理を食べる。


「これおいしい!…摩り下ろした果物が入ってるのかな?」


サラダを口に運びながら、おいしい料理に顔が弛む。こんなにおいしいご飯が毎日食べられるなら少しはここに来たのも良かったかもしれない。お気軽だとは思いつつも衣食住が心配ないと気も抜けてくる。


「興味があるなら後で料理長に聞くが良い。」


伊織の3倍ほどあった量の食事をぺろりと平らげ、食後のお茶を楽しみながらヴィルフリートが機嫌よさそうに頷く。伊織の前にはデザートに、と切られた白いフルーツに赤いソースの掛かったものが出される。わくわくしながら食べると、白いフルーツはマンゴーの様にねっとりと甘く、上に掛かったソースはレモンの様に酸味の効いたさっぱりとしたもので、甘みと酸味のバランスが絶妙で口許が弛む。にこにこと笑顔でデザートを食べる伊織にヴィルフリートの雰囲気も自然と柔らかいものになり、和やかな空気が食堂を満たす。


「おいしかった。ごちそうさまでした」


美味しくて食べ過ぎてしまったお腹を撫でて、息を吐く。伊織にも食後のお茶が入れられ、ゆっくりと口に運んでいると食堂の入り口が騒がしくなった。


「何事だ。」


ゆっくりとした時間を楽しんでいた所に水を差され、ヴィルフリードの機嫌が急降下するのを感じ、伊織は内心ハラハラと様子を窺う。ギルベルトがヴィルフリートに耳打ちすると、話を聞いてヴィルフリートの眉間にどんどん深い皺が刻まれていく。


「…イオリ、ゆっくりしていると良い。余は所用が出来た。」


立ち上がって伊織の許に寄り、髪形を崩さないようにそっと髪を梳いた。頭をポンと一度優しく叩いてギルベルトを連れ立って出ていく。


「…何があったんだろ。」


急いで食堂を出たヴィルフリートに、伊織は不安に思いながら入れてもらったお茶を飲みほし、迎えに来てくれたフランツィスカに付いて食堂を出た。


「こんなに広くて通路多いと迷子になっちゃうな~」


部屋に向かいながら前を歩くフランツィスカに笑いながら話し掛ける。フランツィスカは笑い返しながら頷いた。


「私も登城して暫くは大変でございました。何度も迷子になって魔法で居場所を知らせて迎えに来てもらいましたもの。」


フランツィスカの話に笑いながら歩いていると、部屋の前が騒がしく、アニエッタと騎士が誰かと揉めている様だ。


(わたくし)の言う事が聞けませんの!?」


「ですから、お通しすることは出来ません。」


聞こえてきた内容に、フランツィスカが振り返って伊織に来た道を引き返すよう促す。


「イオリ様、申し訳ございませんが少しお散歩でも致しましょう。」


小声で促され、後ろを振り返って歩き出そうとした所で声を掛けられた。



「お待ちなさい!貴女が陛下に近付く不審者ですわね!」


「お客人でございます。口を慎み下さいませ。」


アニエッタがすかさず口をはさむ。伊織は無視することも出来ずに振り返り、相手に向き直った。

向き合った相手は金髪に青紫の瞳のスレンダーな同じ歳くらいの美少女だった。


「アーデルハイト・ローゼンクランツですわ。貴女に用があってまいりましたの。」


「はあ…何でしょうか…」


アーデルハイトが名乗るのを仕方なく気のない返事をして首を傾げる。するとアーデルハイトは扇子を出して口元を隠しながらも伊織を頭の先からつま先まで見て、はっきりと顔を歪めた。

嫌われるほどこの世界に来て時間の経ってない伊織はますます困惑しながら、アーデルハイトを見た。


「ローゼンクランツ家を存じませんの!?」


「…申し訳ないですが、僕はこの国のものではないので。」


高く大きな声にうんざりしながら、無視すると余計に面倒くさそうで返事を返す。

するとアーデルハイトは目尻を吊り上げて、扇子を伊織に向けた。


「…私は貴女なんて認めませんわ!私と勝負なさい!」




アーデルハイトさん登場!

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