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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶と石榴石
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来訪。

ふおおおおおお。

間に合った!!

「イオリ、いい加減にするのじゃ。あれからもう3日も経つえ?泣き暮らすのはまぁ良い。せめてちゃんと食事を取るのじゃ。」


「…だ、だっでぇ…ヴィルざん、ぜっがぐむがえに、ぎでぐれだのに…ひっぐ…」


めそめそと枕を濡らす伊織に、アナスタシアが呆れて溜め息を吐く。わざわざ逃げなければ、今頃一緒に城に戻って仲良く食事でもしている頃だろう。


「では、何故逃げたのじゃ。その様に逃げなければ泣き暮らす事もなかろうに。…妾はイオリにちゃんと忠告したえ?愛する者のおらぬ世界は身を裂くよりも辛いと。」


「…すん。…でも…僕じゃない方が…」


うじうじとしてまた泣き出した伊織に、アナスタシアが深々と溜め息を付いた。アナスタシアは伊織が丸まっている布団を剥がし、マットレスにかかっているシーツごと伊織をベッドから落とした。


「…っ!いったぁ!」


思わぬ攻撃に伊織は脚をぶつけ、悲鳴を上げた。アナスタシアはそんな伊織を簀巻きの様に布団に包んで肩に担ぎ上げ、樹のある広場に歩を進める。

広場に着くと、布団の端を持って伊織を湖に投げた。不意打ちに湖の水を飲み、溺れ掛けながら立ち上がって咳き込む。


「…ゴホッ、ガフッ…ごほごほ…、し、シアさん、何すんの…!」


「いつまで経ってもうじうじしておるからじゃ!このまま死ぬまで一生泣き暮らすつもりかえ?その様に泣くのなら、会いに行けばよかろうに!」


アナスタシアに強い口調で批難されて、湖の中に立ち尽くして俯く。アナスタシアの言う事は尤もで、伊織に反論の余地はない。


「頭を冷やすついでに身体と顔を洗うのじゃ。目は赤い上に髪はボサボサ、肌も荒れておる。ここの水で洗えばとりあえずは治るのじゃ。…隈はなくならんがのぅ。」


「うん…ごめんなさい。」


アナスタシアの剣幕に押されて素直に頷き、服を脱ぐ。すぐに水色の人型が寄って来て、伊織の周りをくるくると踊りながら水で洗ってくれる。

伊織は湖に潜ってそのまま深い場所まで泳ぎ、息が続かなくなるまで湖の中を見ていた。

水面から顔を出して浅い所に戻る頃には全身侍女に磨かれた様に綺麗になっていて、アナスタシアは綺麗になった伊織を見て頷く。


「だいぶ綺麗になったのじゃ。…イオリ、随分痩せたのぅ…。」


アナスタシアの心配そうな顔に、伊織は申し訳なくなって俯く。視界に入った身体は、確かに少し細くなっていた。


「…乳と尻は変わらぬのぅ。…着替えと布を持ってくる故、水浴びでもして待っておるのじゃ。」


アナスタシアの発言に胸を隠してしゃがむ。隠した所で、ここにいるのはアナスタシアと伊織だけなのだが。

アナスタシアがそんな伊織を一瞥してから洞窟に入って行く。伊織は恥ずかしくなってさっさと立ち上がり、水に身を任せて仰向けに浮かぶ。


(…ヴィルさん、あれからどうしたんだろう…もう、城に帰ったのかな…?)


伊織が水に浮かびながら目を閉じて考え事をしていると、アナスタシアが戻って来た。ヴァジムも昼寝から目が覚めたのか、伊織の所まで飛んで来る。

伊織がアナスタシアの所に戻ろうとアナスタシアを見ると、アナスタシアが上を見上げていた。伊織も不思議に思い、アナスタシアの視線を追う。視線の先には漆黒の巨大な狼が崖の端に立っていて、こちらを見下ろしている。


「…どうやら、迎えが来た様じゃな。」


「…え?」


アナスタシアが呟いた言葉が伊織には聞こえず、問い掛けようとアナスタシアを見た。アナスタシアは伊織を見てにやにやと笑っていて、余計に訳が分からず首を傾げた。


「…それより身体を隠さず、良いのかえ?」


アナスタシアが伊織に問い掛けた直後、湖に何かが落下し、水柱が上がる。

伊織が驚いて視線を向けると、そこには先ほど崖に立っていた漆黒の巨大な狼と、こちらに向かって泳ぐヴィルフリートがいた。

ヴィルフリートは足の付く所まで泳ぐと立ち上がり、艶やかな黒髪に水を滴らせながら伊織に強い視線を寄越す。

伊織とヴィルフリートの視線が交差し、お互い無言のまま見詰めあった。


「…イオリ。一度成らず二度迄も余から逃げて、覚悟は出来ておるのだろうな?」


「…ヴィ、ヴィルさん…」


ヴィルフリートの醸し出す不穏な空気に、伊織が涙目になって後退る。尚も逃げようとする伊織に、ヴィルフリートの眼光がますます鋭さを増した。


「とりあえず、服を着てはどうかのぅ。イオリ、いつまでその様な格好でおるのじゃ?」


アナスタシアの発言にハッとして自分の身体を見下ろす。一糸纏わぬ姿にくらりと眩暈がした気がした。アナスタシアが放心する伊織に布を巻いてくれる。


「…この様な姿で恐れ入る。竜王の御前に出る事をお許し願いたい。」


「良いのじゃ。(おもて)を上げよ。」


ヴィルフリートが浅い所まで進み出て跪く。伊織がヴィルフリートとアナスタシアを交互に見て首を傾げた。ヴィルフリートが跪いた所を初めて見て戸惑う。


「して、何用じゃ?」


「そこにいる娘を迎えに上がった次第。…連れて行っても?」


ヴィルフリートが立ち上がる。視線が再び伊織に向けられ、伊織の身体がビクリと跳ねた。アナスタシアが自分の身体で、ヴィルフリートから伊織を隠す。


「…娘はお主を嫌うておると思わぬかえ?それでも連れて行くと言うのか?」


「…イオリが余を嫌っていたとしても、余から離れるのは赦せぬ。」


アナスタシアとヴィルフリートが一触即発の雰囲気に包まれ、伊織は耐え切れずにヴィルフリートの前に出る。ヴィルフリートとアナスタシアの視線が伊織に集中し、その鋭さに伊織は身を竦ませた。


「…ヴィルさん、僕で…いいの…?」


伊織が恐る恐るヴィルフリートに問い掛ける。ヴィルフリートが伊織の腕を引き、きつく抱き締めた。アナスタシアが呆れ顔で深い溜め息を吐き、ヴァジムを連れて洞窟に入って行く。ヴィルフリートはアナスタシアに目礼し、見送る。


「…言い訳は城に戻ってから聞く。シリウス。」


ヴィルフリートが伊織を抱き上げ、漆黒の狼を呼ぶ。シリウスと呼ばれた狼はヴィルフリートの前で伏せ、ヴィルフリートは伊織を抱いたまま漆黒の狼に跨った。


「待って、シアさんに挨拶しなきゃ…!」


「竜王にはまた会いに来れば良い。…帰るぞ。」


ヴィルフリートは依然不機嫌な様で、有無を言わさず転移した。景色の歪みと浮遊感に耐えられず、目を閉じてやり過ごす。


「…着いたぞ。」


ヴィルフリートがシリウスから飛び降り、そのまま城に向かう。転移先はやはり泉で、前と同じく結晶に覆われていた。

早足にヴィルフリートの部屋に連れられ、ソファに降ろされる。ヴィルフリートがギルベルトを呼ぶ。


「…余は湯浴みをして着替える。イオリも着替えるが良い。」


すぐにお説教されると思っていた伊織は、ヴィルフリートの言葉に拍子抜けした。裸に布を巻いたままだった事を思い出し、羞恥に赤くなる。

ギルベルトがフランツィスカを伴い、部屋に入って来た。フランツィスカは伊織を見た途端に泣きそうに顔を歪め、ギルベルトも心なしかホッとしている様に見える。


(…こんなに心配かけて、みんな…ごめんね…)


伊織は心の中で謝り、ギルベルトとフランツィスカに促されるまま自室に戻る。フランツィスカによって着替えさせられ、やっと一息吐く。これから始まるヴィルフリートの説教にドキドキしながら、ヴィルフリートの部屋に入った。




恐怖の説教は次回。


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