素直になれない…
4章突入ですよ〜!
この章でいろいろ掘り下げたい(希望
あれから、何日経ったんだろう。指折り数えてみる。
月経はとっくに終わり、特に毎日何かある訳でもなく日々が過ぎる。
ヴィルフリートに別れを告げたのは4日ほど前の事だと言うのに、もう何年も経っている様な気がする。
あの後、山に戻った翌朝にはアナスタシアが1番近くの街に下りて、伊織の生活用品を買い揃えてくれた。伊織も一緒に行ったが、帝都や視察の時見た街とは違い随分長閑な田舎街だった。周囲も畑や田んぼに囲まれ、町の人たちも田舎特有の穏やかさがある。大量の食品や日用品を買って行くアナスタシアに、驚きつつもたくさんのおまけをしてくれた。
「イオリ、また街に行くかえ?」
「…うーん…食料、もうないんだよね…行く」
アナスタシアが樹の太い枝に座ってぼーっとしていた伊織に話し掛けて来る。アナスタシアが竜型になるのを見て、ヴァジムを呼んで枝から降ろして貰う。
街に下りるのはヴィルフリートと別れた翌日以来だ。
――イオリ、昼は町で食べるのじゃ。妾は町で散策するのはあの人が居た時以来故、あまり案内できぬが…町民に美味い店を聞くのじゃ!
上機嫌なアナスタシアに伊織は苦笑いして、背中に乗る。
街まではアナスタシアに乗って30分程で、速度に耐えれる様に精霊を纏わせる。街に出てから顔を隠す為、ヴァジムが持って来てくれたマントを被る。
マントは白色でフードもついており、袖と裾、フードの縁に赤い糸で刺繍がされている。刺繍は暇を持て余した伊織がしたもので、唐草模様にした。布は薄いが魔道具で、襟元に魔石がついている。
――行くぞえ?
伊織の準備を確認してヴァジムがきゅっ、と鳴く。アナスタシアがゆっくり羽ばたいて飛び立ち、伊織は束の間の空中散歩を楽しむ。と言っても、速度が速すぎるので近くの景色は流れる様に過ぎる。その為見るのは遠くの方だ。
――珍しいのぅ。フェンリルの亜種じゃ。
アナスタシアが不思議そうに、伊織達が来た逆側の森を見ている。伊織には見えず、目を凝らしている内にアナスタシアが減速して高度を下げた。フェンリルの亜種がいる森の街を挟んで反対側の森に降りる。
アナスタシアが人型になって、伊織の頭に手を添える。
「念の為じゃ。伊織の髪の色を変えるえ?フードも被っておけば良いのじゃ。」
「…何かあるの?」
伊織が不安な表情でアナスタシアに問うが、アナスタシアは微笑んで首を振った。伊織の髪が銀色になり、アナスタシアによってフードが被せられる。アナスタシアが飛ぶ時はいつも姿を消しているらしく、人には見つかった事はない。
「言ったじゃろう。念の為じゃ。」
アナスタシアが安心させるようにフードの上から伊織の頭を撫でる。ヴァジムが人型を取り、伊織の手を握った。そのまま手を引かれ、街に向かって歩き出す。
「さ、行くのじゃ。はぐれぬ様にするのじゃ。」
アナスタシアがヴァジムの手を取って並んで歩く。伊織は僅かな不安を無視して街に向かった。
街に着くとアナスタシアがまず食事にしようと、近くの商店の人に美味しいお店を尋ねる。
「うまい食事の店は知らんかのぅ?妾は空腹なのじゃ。できればボリュームのある所が良いのじゃ。」
「…そうだな、ニーナの宿屋はどうだ?1階が食堂兼酒場になってて、冒険者向けだからボリュームあるぜ。場所はこの通りをまっすぐ行って、広間を左に曲がったところにあるギルドの斜め向かいだ。」
「そうか、悪いな店主。これは取っておくのじゃ。」
アナスタシアが店主に銅貨1枚渡し、悠々と歩き出す。店主が渡された銅貨に口笛1つ吹いて、機嫌よく手を振って来たのに、振り返してヴァジムと一緒に歩く。
言われた通りに広間を左に曲がり、ギルドまで着いた。この辺りのギルドは魔物が多い事もあり、盛んな様で屈強な男が多い。
「おぅ、姉ちゃん。俺等と酒でも飲まねぇか?」
「悪いが妾は子供と一緒なのじゃ。」
「そりゃ残念だ!今度は子供を預けてきてくれ!」
伊織はゴロツキかとひやひや見ていたがどうやらそうではないらしく、アナスタシアが笑って断るのを豪快に笑っている。そっとアナスタシアの服を引いて促す。アナスタシアが男に手を振って、ニーナの宿屋に入った。
アナスタシアが入ったところでマントを被った青い瞳の男とぶつかり掛ける。
「すまない。」
「いいのじゃ。妾も悪かったのじゃ。」
軽く挨拶を交わし、道を譲る。伊織も端によって俯き、男が通り過ぎるのを待った。
(…どうして…!)
あれは、間違いなくヴィルフリートだった。色褪せて見えた世界の中に、男だけが鮮明な色を持って見える。ばれてはいないだろうか。ただそれだけが不安で、伊織は生きた心地がしない。
「宿泊かい?それとも食事?」
「食事じゃ。20人前頼むのじゃ!」
アナスタシアが豪快な注文をして、食堂に入っていく。伊織も慌てて後に続いた。
アナスタシアはすでに飲み物を頼んでおり、伊織にもジョッキを差し出す。中身は酒ではないようで、安心して受け取る。
「お客さん20人前なんてよく食べるねぇ。…そういえばさっきのお客さんも1人で7人前食べてたっけね。今日はいい日だねぇ!」
恰幅のいい女性が料理をテーブルに置きながら笑う。
伊織はその言葉にドキリとした。行儀は悪いが、フードは取れそうにない。
「実にうまいのじゃ!…イオリ、どうしたかえ?」
あまり食が進んでない伊織に、アナスタシアが不思議そうに聞く。伊織は首を振って笑って誤魔化し、目の前に置かれた骨付きの肉に齧り付いた。
(…きっと他人の空似だよね…?…こんな所にいる訳ない…)
伊織は笑いながら食事をするが、正直味なんてほとんどわからなかった。アナスタシアとヴァジムが料理の大半をぺろりと平らげる。おかみが感心したように、おまけにとデザートを出してくれた。
「いい食べっぷりだねぇ。これ、おまけ…カルシュの実だよ。」
「おかみ、すまんな。」
「…あの、さっきの男の人ってここに泊っているんですか?」
アナスタシアとヴァジムがデザートを食べているのを横目に、伊織がおかみに質問する。おかみは一瞬首を傾げ掛けたが、誰か思い当った様ににやりと笑う。
「あぁ、さっきの色男だね。お嬢ちゃんも年頃なんだねぇ…。あの色男は食事に来ただけみたいだよ。」
「そうですか…すみません、変な事聞いて」
食事と聞いて、戻って来ない事に安心と落胆を感じる。そんな伊織をアナスタシアが見ていた事に気付かず、果実にフォークを刺した。
食事が終わり、暫く食堂でお茶を飲んでお腹を落ち着かせてからニーナの宿屋を出る。買い物をする為に市場に向かう。今日の買物は主に伊織の食料で、アナスタシアとヴァジムは普段あまり食事は取らない上、山で狩りをして魔物の肉を食べている。
市場について店を見ている時に、細い通路に引きずり込まれた。手で口を押えられ、声が出せない。
アナスタシアはヴァジムを肩車して、店に夢中の様で伊織がいなくなった事に気付いていない様だった。
「…イオリ、余だ。如何して逃げた。」
必死に暴れていると背後から耳元で囁かれ、伊織の動きがぴたりと止まる。口元の手が外され、恐る恐る振り返る。やはり、先程ニーナの宿屋ですれ違ったのはヴィルフリートだった。
伊織のフードが脱がされ、銀に見える髪がさらりとヴィルフリートの指を滑る。
「…イオリ、余から逃げられると思うたか?」
「…ヴィルさん…だって、だってヴィルさんにはもっといいお嫁さんが…」
伊織の言い訳にヴィルフリートの眼光が鋭くなり、伊織はそれ以上言い訳を続ける事ができずに黙る。
「…その様なくだらぬ事で、余から離れたと。」
「くだらなくなんかな「くだらぬ!」
ヴィルフリートの言葉にカッとなり、睨んで言った言葉を更に強い口調で遮られた。伊織がビクリとして後退る。背中が壁に付き、ヴィルフリートが伊織に覆い被さる様に壁に手を付く。
「ヴィ、ヴィルさん…」
「…余は、イオリの他は娶らぬ。イオリが余以外を選ぶなら、其奴は屠ってくれるわ。」
ヴィルフリートの烈しい感情に、恐れと歓喜を感じて目を閉じた。顎を掴まれ、ヴィルフリートの唇が伊織の唇に触れる。伊織は咄嗟にヴィルフリートを突き飛ばし、路地から抜けるとアナスタシアの所に走った。
「イオリ?どうしたのじゃ。」
「…いいから、早く…早く帰ろう!」
アナスタシアは困惑しながら伊織に腕を引かれるまま走り出し、市場を後にする。街から出てすぐに竜に戻ったアナスタシアに乗って山に戻る。
(…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…僕じゃ、ダメなんだ…)
壁ドン(笑)
逃げる伊織ちゃんの運命はいかに!?
活動報告にもたまに小話を書いております。
宜しければそちらもどうぞ(*ÒωÓ)