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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶の記憶
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不可解な心情(ヴィルフリート視点)

ヴィルフリートさんの考えと行動。

伊織ちゃんの意識がない部分の補填(?)的な感じです。

「陛下、執務中失礼致します。急ぎ報告したい事がございます。」


「入れ。」


ちょうど書類から顔を上げ、疲れた目を閉じて目頭を揉んでいると、ノックの音と神官長のライヒアルト・グリュンマーが扉の向こうから声を掛けてきた。

部屋に入ったライヒアルトは跪き、頭を伏せた。

ライヒアルトはグレイの髪に薄い茶色の瞳の熟年の男だ。50は()うに超えているはずだが、見た目は40歳前後にしか見えないほど若々しく精力的で、未だに神兵の訓練をしているようだ。


「何があった。」


「実は神殿の聖なる泉の上に突如透明な石が出現しまして…」


ライヒアルトが言い淀むのを背凭れに身を預け、足を組んで肘をつき、頭を支えながら見ていたヴィルフリートは眉を顰めた。


「其方が言い淀むなど、珍しいな。それで、石がどうしたのだ?」


「それが…、見て頂いた方がわかると思いますが、石の中に少女が入っておりまして…泉周辺に何時になく濃い魔力が充満しております。」


ライヒアルトは言い辛そうに間を空けて少し考え、口を開いた。

報告の内容に身体を起こし、鋭い視線をライヒアルトに向ける。ライヒアルトは顔を上げてヴィルフリートをしっかり見返した。


「…案内せよ。余が直接確認する。」


ギルベルトが扉を開け、ヴィルフリートがライヒアルトの脇を通り抜けながら、チラッと視線を投げ掛けた。ライヒアルトはすぐさま立ち上がり、ギルベルトの開けた扉の反対側を開ける。

執務室を出ると近衛騎士が周りを囲むが、ヴィルフリートは気にする様子もなく悠然と歩き、泉に向かった。泉周辺には神官が困惑した様子で泉の上を見上げ、ヴィルフリートの到着に気が付くと即座に跪く。

ヴィルフリートが泉の上に目を向けると、黒く長い髪に黒い瞳、15歳前後の色は白いが黄色っぽい健康的な肌色の綺麗な少女と目が合った。驚いた表情で俯いた少女から視線を逸らさず、そのまま泉に近付く。


(…精霊の(たぐい)か?…いや、石の中の女はアレの身体の様だな。)


「女。何処からここに入った。」


弾ける様に顔を上げた少女と再度目が合う。驚いた様子を見る限り、声は聞こえるようだ。


「…陛下、あの様な石の中にいるのでは娘には聞こえていないのでは…」


視線を合わせたままいるとギルベルトが話しかけてくる。どうやらギルベルトには石の手前に浮いている少女は見えていないようだ。ヴィルフリートは少し考えて、後ろの石に視線を向けた。

とりあえずアレが身体から離れているとして、アレが身体に戻れば起きるだろう。漠然と思った。


「…女、その石の中にいるのはお前だろう。お前が戻らねば石からは出られぬぞ。」.


少女が周りを見渡した。他に自分が見えているものがいない確認しているようだ。

少女が困惑した表情で何かを言ったがヴィルフリートには聞こえず、哀しげに首を振った。

おそらくどうすれば身体に戻れるのかわからないのだろう。ヴィルフリートは先程より感じる漠然と理解する内容に従う。


「…戻り方がわからぬのか?」


(…おそらくアレが石に触れば戻れるだろう。)


「石に触れて、戻りたいと願うがいい。」


頷く少女に直感的に感じた事を告げれば、後ろを振り返って恐る恐る石に指先を伸ばしたのが見えた。

少女は石に吸い込まれるように消え、触れた部分から無色透明な石が紫色に染まり、ひびが入る。


「陛下、お下がりください。」


近衛騎士が前に出るが、少女と一緒に落下する破片は空中で粉々に砕けて消え、少女は泉に落ちた。少女が落ちた直後にヴィルフリートは反射的に泉に飛び込み、少女の身体を抱き上げる。

少女は薄く瞳を開き、ヴィルフリードと一瞬視線を交わすもすぐに気を失ってしまった。


「陛下、ご無事ですか!?すぐに布をお持ちします。…女は私が持ちましょう。」


「よい。このまま城に戻る。…湯殿にコレの服を用意させよ。部屋は内城に。」


何故か少女に誰にも渡したくなく、ヴィルフリートは少女を抱いたまま来た道を戻る。近衛騎士とギルベルトが慌てて後を追って来た。

触れた少女の身体は氷の様に冷たく、来た時とは違い速足で湯殿に向かう。

湯殿に着くとギルベルトに靴を脱がせ、服を来たまま湯に浸かる。冷え切った身体には湯は熱かったのか、少女は腕の中で身震いした。

動いた事を無意識の内に安堵して詰めていた息が漏れた。死んだ様に眠る少女の頬は、だいぶ身体が温まってきたのか、うっすらと朱に色付いて人間である事をヴィルフリートに教える。


「…お前はどの様に話し、どの様に笑うのだろうな」


濡れてしっとりとした髪を指で梳きながら、目覚めない少女を想う。

少女の身体の指先まで温かな血が通うのを確認し、湯から上がるとあとを侍女に任せ、ヴィルフリートは手早く着替えて湯殿を後にした。


「ギルベルト。アレに侍女を付ける。」


「畏まりました。何人付けましょう。」


「信用出来る者を2人。歳の近い者を選べ。」


執務室へ戻る道すがら、ギルベルトに言い付ける。了承するギルベルトを見ると難しい顔をしている。


「…陛下が他人に興味を持たれるとは、初めてでございますね」


「…余がアレに興味を持ったと?」


ヴィルフリートは眉を顰め、ギルベルトを横目で一瞥した。ギルベルトは難しい顔をしたまま頷き、そのまま何も言わずに口を閉ざした。

ヴィルフリートは自分の行動を思い起こす。確かに常日頃の自分では考えられない行動の数々で、ギルベルトの言わんとしてる事も理解できたが、少女に対しては理屈ではない何かを感じる。そして、その感覚に逆らう気にはなれず、不可思議であっても甘んじることにする。


「…まあよい。アレが目覚めたら報せよ。」


近衛騎士が執務室の扉を開けるのを視界の端に捉えながら、ギルベルトを伺う様に目を細めて見やった。そのまま踵を返して執務室に入ると机の上の書類を片付けながら思案した。


(…余がアレに興味を持ったからと言って、何を心配することがある。そもそも、アレは前世より余のモノだ。…前世より?…何か…忘れているのか…)


額に手を当てて深く意識の内に潜る。自分は何か肝心な事を忘れているのではないのか。いくら思い出そうとしても思い出すどころか曖昧な形は霧の様に薄れてしまった。


「…いか、へいか…陛下。」


「…なんだ。」


どうやら集中し過ぎていた様だ。ギルベルトが机の正面で頭を下げていた。


「あの少女に付ける侍女を選別して、すでに部屋に待機させておりますが如何致しますか?」


時を示す魔道具を見れば、既に18刻を指していた。どうやら4刻の間机に向かっていたらしい。

長時間身体を動かしていなかったからか、首の骨が鳴った。


「アレの部屋に行く。」


開けられた執務室の扉を通り、迷いなく自身も使用している内城に向かった。

扉の前には騎士が2人控え、ヴィルフリートに敬礼して扉を開けた。ヴィルフリートが部屋に入ると侍女が2人、慌てて頭を下げた。


「アレの様子はどうだ。」


「はい。入浴後にマッサージをさせて頂き、寝衣をお召になって頂きましたが、眠りが深くて一度もお目覚めになられませんでした。」


茶金髪の侍女が淀みなく報告した内容に頷いてベッドに近付いた。ベッドで眠る少女は人形の様に見える。額に掛かる髪をそっと払い、侍女に振り返る。


「今日はもう下がって良い。」


頭を下げて隣にある控えの部屋に侍女が下がるのを横目で見ながら、そっとベッドに座った。


「…早く目覚めよ。余をその瞳に映せ…」


身の内に潜む狂気に目を瞑り、少女の瞼に口付けた。何かに執着した事も、こんなにも心を揺さぶられた事もない。恐らくギルベルトはヴィルフリートの心情の変化を危惧していたのだろう。

ヴィルフリートとて、自分にこんな激情を持ち合わせているとは思いもしなかった。

少女の髪を一度さらりと撫で、振り返る事なく自室に戻った。



----------------------------------------------------------------


「…陛下、失礼致します。」


何時も通り執務室で書類を片付けていると、ギルベルトが入ってきた。執務中に声を掛けるという事は何かあったらしい。


「アレが目覚めたか。」


「はい。今し方侍女より連絡がありました。」


見ていた書類を机に置いて立ち上がる。


「今より半刻休憩する。」


ヴィルフリートは有無を言わさない口調で言い切り、そのまま執務室を出た。

内城に向う足取りも自然と早足になり、常に無い自分の余裕のなさに内心苦笑した。


(…余をこの様に振り回すのは、アレだけだな。)


部屋の前には騎士2人と茶金髪の侍女がヴィルフリートの姿に頭を下げて待っていた。

そっと扉が開けられ、音を立てない様に部屋に入る。


(…泣いておるのか…)


部屋に入ると、ベッドから嗚咽が聞こえる。少女はヴィルフリートが部屋に入った事に気が付いて無い様で、 俯いてシーツを握り締めている。


「何故泣いている。」


声を掛ければビクリとして顔を上げ、泣き顔そのままにヴィルフリートの姿を瞳に映す。少女が自分を認識した事に愉悦を覚え、更に声が聴きたくなる。どんな声で自分を呼ぶのか。


「如何して泣いているのだ。」


少し上擦った声が出たが、少女は気がつかなかった様だ。


「…ぐすっ…色々、許容…範囲の限界、で…わ、けわかん…なくて…。ふ…ぅ…」


ベッドに腰を掛けて、少女の擦る手を掴む。赤くなった目に、唇を寄せたいと言う欲求を抑えながら目元を撫でる。


「擦るな。赤くなる。」


欲求を抑えた声が思いの外低く響く。差し出した手を握られて、柄にもなく心臓が脈打つ。顔に出さない様に表情を引き締めた。


「女、お前の名は。」


「…いおり。…し、のはら、いおり…」


詰まらせながらも何とか声を出す伊織を愛らしく感じ、表情に出さない様にすると眉間に皺が寄ってしまった。


「イオリが名か?」


「…すん。伊織が名前で、篠原が家族名…。」


恥じらう様に握られていた手が放され、微かな喪失感を感じる。


「余はヴィルフリート・リーツ・ヴェルディルード。好きに呼ぶが良い。」


「…び、ヴぃる…ヴぃるふりーと…さん」


舌っ足らずな口調と上目遣いに伺う伊織に、思わず口許を覆いそうになるのを耐え、誤魔化す様に溜め息を吐いた。


「ヴィルで良い。それより、なぜ泉で石に閉じ込められていた。」


「…わかりません。そもそも何故自分がここにいるのかも分からないのに、閉じ込められて、いたことなんか分かんない…!」


涙を流さない様に堪える姿がいじらしく、髪に指を通して梳く。涙目でヴィルフリートを見る伊織の視界を奪う様に前髪をかき混ぜた。


「泣くな。どこから来たか始めから話してみろ。」


くしゃくしゃになった前髪を整えて目元を撫でれば、顔を赤くした伊織が慌てて口を開く。


「…っ、日本って国から来て…家族で出掛ける予定で、着替えて鏡の前に立ったら…母さんがブレスレットを渡してきて「幸せになりなさい」って、母さんに後ろから鏡に向かって突き飛ばされて…。気が付いたらあの泉の上で浮いてた。…混乱してる内にヴィルさんが…。」


聞いたことのない国の名前に頭の中で大陸の地図を思い浮かべながら、腕を組んだ。


「…ニホンという国はこの大陸にはない。持っていた装飾品は魔道具か?」


そもそも、大陸の1/3は我が帝国だ。ともすれば、転移の魔道具だ。だが転移の魔道具は数が極端に少なく、作れる者も世界に3人しかいない為非常に高価だ。そもそも、転移の魔道具を初めに作った者は愛弟子3人にのみ作製方法を教えて突如消息不明になったはず。

伊織が首を振り、シーツを握り締めた。


「…僕のいた世界には魔道具なんてなかった…。」


「魔法や魔道具がないならどうやって生活しているんだ。」


驚く事に伊織が居た所には魔道具はないらしい。


「…んーと…、電気っていう動力を使ったいろんな道具とガスっていう気体に火をつける道具があって…ぬー。とにかく魔法に代わるものがあるです。」


伊織が一生懸命に説明するのを聞きながら、後で伊織に記憶を視せて貰う事として、今は話を進める。もうそろそろギルベルトが迎えに来るはずだ。


「なるほど。とりあえずはイオリが持っていた装飾品を魔法研究所で調べているから、結果が出るまで待つんだな。」


「でもその間どうすれば…。」


言い淀む伊織に、自分の元から離れる危惧に眉間に皺が寄る。


「何を言っている。お前は牢に入れられないだけで監察対象だ。城下に行く事を許可することも出来ない」


「…え、じゃあここで働けばいいの?」


首を傾げて、働く、と言う伊織に益々眉間の皺が寄る。ヴィルフリートの機嫌が急降下するのを感じたのか、伊織が戸惑いながらヴィルフリートを見つめてくる。


「…そうではない。とりあえずしばらくはこの部屋で生活してもらう。扉の前に騎士が立っているから、逃げようなどとは考えぬ事だな。何かあれば侍女に言うがいい。」


伊織を牽制する様に低い声で告げる。伊織が頷くのを見て、とりあえずは逃げないだろうと頷き返す。

時間になったのか、ギルベルトがノックして入ってきた。


「陛下、そろそろお時間でございます。」


堅苦しい程の礼を取りながらギルベルトが口を開いた。


「…へいか…?」


「ヴェルディルード帝国、ヴィルフリート・リーツ・ヴェルディルード皇帝陛下でいらっしゃいます。」


小さい声で伊織が呟くのが聞こえ、伊織の方を向けば、ギルベルトが淡々と告げる。

ヴィルフリートとギルベルトを戸惑った様に見る伊織に溜め息が漏れた。


「イオリはヴィルと呼ぶが良い。ギルベルト、余計な事を教えるな。…この男は侍従長のギルベルトだ。」


「ギルベルト・アウラーでございます。」


ギルベルトの伊織に向けた慇懃無礼な態度に内心溜め息を吐く。この侍従は伊織を認めていない様だ。


「篠原伊織です。伊織が個人名で篠原が家族名です。」


伊織はギルベルトの慇懃無礼な態度に気が付いていない様で、ベッドの上で深々と頭を下げている。

ギルベルトの態度に冷ややかな笑みが漏れ、それを隠して伊織の頭を挙げさせた。


「侍従や侍女に頭を下げるで無い。お前は監察対象だが、立場上は客人にしているからな。さて、余はまだ執務があるから戻るが、イオリはもう休むが良い。」


「それでは失礼をいたします。何かございましたら侍女に申し付け下さい。」


いつもの様な冷酷な自身を抑えながら、部屋から出る。入れ違いに侍女が部屋に入って行くのを横目で見ながらギルベルトに向う。


「ギルベルト、如何いうつもりだ。」


冷笑が漏れた。

ギルベルトが深々と頭下げるのを冷淡に見て、執務室に向かって踵を返した。


----------------------------------------------------------------


(前皇帝が病に臥した際に私腹を肥やした貴族への粛清からまだ日が浅い。…ギルベルトの杞憂も尤もか…)


私室で酒の入ったグラスを片手に今日の事を思い浮かべる。


(だが、伊織は刺客ではない…。説明出来ぬが、この感情には逆らえぬ。)


ヴィルフリートは持っていたグラスの中身を一気に飲み下し、窓の外に目を向ける。

そこには、伊織と同じ色の夜の闇が紅い月に照らされ広がっていた。


ヴィルフリートさんは変態チックですね…。

すごく書き辛くて難産…orz

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