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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶の鍵
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異変(ヴィルフリート視点)

ヴィルフリートさん視点!

次は伊織ちゃん視点に戻ります(`ω´)キリッ



「失礼致します!」


そろそろ昼だという頃に乱雑に扉が開けられ、侍女であるフランツィスカが執務室に飛び込んで来た。執務室を見渡し、もともと悪かった顔色が蒼白に変わる。


「何事だ。」


声を掛けた事で幾分か正気に戻ったが、依然顔色は悪い。


「イオリ様が…イオリ様が、何処にもいらっしゃらないのです!!」


「何だと!?」


途端に顔が険しくなるのが分かるが、気に掛ける余裕もなく侍女を問い質す。フランツィスカは伊織を無くすかも知れないと言う恐怖か唇がわなわなと震えていて、気が動転している様だ。


「アニエッタとリタが迎えに出たのですが、何時まで経っても戻らず不審に思っていたのです。イオリ様が散歩に行かれることも考えられますので11刻ほどまで待っていたのですが、何の連絡もなく…。探査を掛けて視たものの魔法を使用した痕跡もなく、伊織様の行方も分かりませんでした。」


「…伊織がここを出てもう2刻になる。ギルベルト、バルトロメウスを呼べ!イグナーツ、いるか!カロッサは他の護衛騎士を呼んでくるのだ!」


「畏まりました。」


「はっ、ここに。」


ギルベルトとフランツィスカが慌てて扉から出ていき、イグナーツが急に存在を現す。ヴィルフリートが苛々と机を小刻みに指で叩く。


「アニエッタ・ブルームとリタ・ブルクミュラーの居場所は突き止められそうか。」


「先程、フランツィスカが言った通り魔法の痕跡がございません。…いや、一か所…歪められている…?」


イグナーツが宙を睨み付け、痕跡を辿ろうと集中する。場所が特定できないのか、ヴィルフリートに向かって首を振った。


「…自分では場所が分かりません。親父を呼びましょう。」


「すぐに呼ぶのだ。痕跡が消える前に何としてでも手掛かりを掴め。」


イグナーツが目を閉じ、耳に手を当てて連絡しているのを横目にバルトロメウスとギルベルトが執務室に入って来た。バルトロメウスの顔色が悪い所とここに来る速度を考えると、無理に転移してきたのかもしれない。


「…嬢ちゃんがいなくなったって、どう言う事だ?」


「まだわからぬが…まず攫われたとみて間違いなかろう。魔法を使用した痕跡に細工がされている。」


「失礼致します。」


そこにフランツィスカもカルラとクラウディアを連れて戻ってくる。イグナーツが会話を終えたのか、顔色の悪いフランツィスカの頬を打った。


「…見苦しい。お前もカロッサ家の者だろう。しっかりしろ。」


「お兄様…。申し訳ありませんでした、陛下。」


フランツィスカがヴィルフリートを向き直り、頭を下げる。ヴィルフリートは冷徹に一瞥するのみで、伊織がいた時と違いその雰囲気は怜悧だった。その冷たい視線に、昔のヴィルフリートを知らないカルラとクラウディアが固まる。


「…イオリが戻らねば、どうなるか解っておるな。」


「はい、心得ております。」


フランツィスカに視線を向けることなく素っ気なく言いながら自身は上着を脱ぎ、執務机の中の魔道具を一つずつその身に着けていく。


「…陛下、親父が城内に入り、痕跡を見つけたそうです。現在こちらに向かってます。」


「思ったより早かったな。」


ヴィルフリートが最後の魔道具を二の腕に嵌め、立ち上がる。ちょうど扉が開き、コンラートが入って来た。コンラートはイグナーツとフランツィスカの父で、現在は殆どの仕事をイグナーツに任せているが、帝国の影の者だ。短い白髪混じりの焦げ茶の髪を後ろに撫で付け、紺色の目の左側には眼帯を付けている。


「コンラート・カロッサ、参上仕(さんじょうつかまつ)りました。」


「挨拶は良い。すぐに痕跡の場所に行く。案内せよ。」


コンラートの挨拶を視線で制し、扉に向かって歩き出す。コンラートが即座に踵を返して、ヴィルフリートを先導した。着いた先は、伊織の部屋とヴィルフリートの執務室の間にある大型備品の倉庫で、ソファやベッドなど普段あまり交換しない物が入っている。まず間違いなく伊織が使う予定のない物だ。

ギルベルトとバルトロメウスが危険がないか先行して扉を開ける。扉を開けると血の臭いが鼻を掠め、大きく開いて中を窺う。

備品の間に足が見えており、その付近には血も見えた。


「…俺が先に入ろう。」


「私も行きます。」


バルトロメウスとカルラが剣を片手に先に入り、足の見えた物陰に近付いた。カルラの息を呑む音が聞こえ、バルトロメウスが振り返った。


「…嬢ちゃんの侍女と護衛だ。」


カルラが膝を付き、生死を確認する。どうやら生きているようで、ヴィルフリートに向かって頷いた。クラウディアが慌てて中に入り、治癒を施す。アニエッタの意識が少しだけ戻ったようで、何かを話している。


「…わ…くし、…ちの、姿に変……ており、ま……。」


クラウディアが耳を寄せて聞き取る。その後アニエッタはすぐに意識を失い、クラウディアが治療を施しながら声を出した。


「侵入者はアニエッタとリタに変化している様です。…2人とも傷が酷く、私の治癒では治せません。」


大きな傷を塞ぐだけに止め、クラウディアが立ち上がった。顔には悔しさが滲んでいる。


「…咄嗟に障壁を張ったか。魔力の残滓の割には傷が浅い。傷が深い事には変わらんが致命傷は防いだ、か…」


コンラートが傷の具合を見て呟く。後ろを振り返って廊下に出、床と壁を見渡した。扉の向かいの壁へ歩いて行き、指でなぞる。


「どうやら、その部屋から突然魔法を放ったのだな。壁に僅かな傷が付いている。その後部屋に連れ込み、血は目立たなくした…と。」


「成り済ましたと言う訳か。…その後の痕跡は解らぬか。侍女と護衛を神殿に連れて行け。聖水の使用も許可すると伝えよ。」


ギルベルトに呼ばれたであろう近衛が数人向かってくるのが見え、部屋を示して命令する。コンラートは目を閉じて何かを探っている。

怪我をした2人が倉庫から運び出され、その様子を横目で見ながらコンラートの返事を待つ。コンラートが首を振った。


「…ここで魔力を使ったのが最後ですな。魔力も特定できぬよう歪められております。」


「…手掛かりを失ったという事か。」


「…左様でございます。相手もかなりのヤリ手でしょう。まず表の者ではございますまい。」


ヴィルフリートが拳を壁に叩き付ける。壁からパラパラと石片が零れ、少し砕けていた。力を加えた事により、自動的に発動した魔道具の作用で瞳が紅く輝く。


「…仕方あるまい。確実ではないが伊織の匂いを追わせろ。…いや、精霊に頼むか…。」


「…彼等が教えてくれるとは思いませんが…」


「…風精霊(シルフ)を具現させましょうか?」


ギルベルトが腕を組んで唸る。カルラが躊躇しながらに前に出て、ヴィルフリートに尋ねた。ヴィルフリートが頷く。


「イオリは精霊に好かれている。…ここより泉の方が良かろう。」


ヴィルフリートが踵を返し、歩き出す。泉の周囲はいつもと変わらない様子だが、神官が何名か困惑気に立っている。


「どうした。」


「へ、陛下!…それが…妖精が騒いでおりまして…」


「具現させるか相談していたのです。」


「今から私が風精霊(シルフ)を具現させる。」


カルラが宙に魔力で文字を書く。それが緑に輝き、風が渦巻いた。


『風よ。我が呼びかけに応え、その身を現せ。』


文字が風に吸い込まれて消え、薄緑の小さな人型が複数現れる。


――大変大変!あの子が連れて行かれちゃった!


――馬車に乗って行っちゃった!


――報せなきゃ!報せなきゃだよね?


――寝てたよね?


――違うよ!気絶してたんだよ!


――もう帝都を出ちゃったよ!


――どこにいったの?


――きっときっと知ってるよ。動物達が知ってるよ。


――皆が助けてくれるかな?


――くれるくれる!だってあの子は特別だから!


小さな風妖精(シルフ)が宙をくるくると回りながら口々に話す。カルラの周りを踊る様に跳ねて、一体が頭の上に乗った。


――あの子はあっち。あっちの森に向かったよ。


頭の上に乗った風妖精(シルフ)が指差して方向を示す。ヴィルフリートがその方向を向くと、向いた方向から一陣の風が吹き抜けた。風と共に風妖精(シルフ)は再び不可視に戻る。


「…イオリ、すぐに迎えに行く。」


ヴィルフリートは遠い空を見上げて一言呟き、厩舎に向けて身を翻した。


補足:精霊は普段は特定の人にしか見えません。エルフやドワーフには見えますが、人間で見える人は少数です。

カルラは見えませんが、火と風の精霊の適性があるので具現化させることはできます。

因みに対応した属性の精霊しか具現化できないので、ヴィルフリートさんは火と水と闇、伊織ちゃんは特殊なので全属性対応です。

本編には書かれておりませんが、伊織ちゃんには見えてます。でも前に本編で書いた通り、小さい頃から人には見えないモノが見えていたので人前には出しません。


機会があったら精霊との戯れ話書こうかな(笑)


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