百面相!
3章開始!
なかなか切るところが定まらなくて、微妙に短くなってしまいました…
「イオリ、朝だ。」
ヴィルフリートに額に口付けられ、伊織は目を擦る。外はもう随分明るく、寝坊をしてしまった様だ。
「…ふにゅ…藍ちゃん、今何時…」
「…アイとは誰だ。」
耳元でヴィルフリートの低い声が聞こえ、伊織は一気に目が覚めた。目を開けた伊織の視界に飛び込んでくるヴィルフリートの微妙に不機嫌の様な顔に、伊織はスッと顔色をなくした。
(…そういえば…昨日…)
ヴィルフリートの顔を見て昨夜の事を思い出し、今度は一気に赤くなった。シーツも伊織の身体もサラリとしていて、伊織にも清潔な寝間着が着せられており、昨日の情事の気配はない。伊織の心情以外は。
ヴィルフリートの顔が見れずに横を向くと伊織の両手がベッドに押さえつけられた。
「…イオリ、アイという者は誰だと聞いている。」
「え!?あ、藍は…姉だけど…」
「嘘ではあるまいな。」
ヴィルフリートの機嫌が幾分上昇したのを感じ、慌てて頭を上下に振る。ヴィルフリートは伊織の手を離し、朝からするには些か不似合いな口付けをした。ヴィルフリートが伊織を解放した頃には、伊織はぐったりとベッドに沈んでしまった。
ヴィルフリートが何時もの様にギルベルトを呼ぶ。
「…そうだ、ヴィルさん…昨日の片付けってもしかして…」
「案ずるな、全部余がした。換えは用意させたが部屋には入れておらぬ。」
ヴィルフリートの返事を聞いて伊織は胸を撫で下ろす。どうやら醜態は晒さずにすんだようだ。
伊織は恐る恐る身体を起こす。思った様な痛みはなく、少しだるさはあるものの立ち上がるのも平気そうだ。
「辛くはないか。」
「…うん。もしかして、治癒してくれた?」
「あまり得意ではないがな。」
ヴィルフリートの優しさが嬉しく、伊織がはにかんでいるとノックの音がした。すぐにギルベルトとアニエッタ、フランツィスカが入ってくる。ギルベルトとアニエッタは無表情だが、フランツィスカは伊織が視線を向けるとニヤリと笑った。伊織の顔が瞬時に染まり、アニエッタがフランツィスカの足を踏んで嗜める。
「朝食の用意と着替えを。」
「畏まりました。」
再びヴィルフリートとふたりきりになり、伊織の視線が彷徨う。どうしても昨夜の事を思い出してしまい、ぎゅっと目を閉じる。
(…ヴィルさん、絶対満足してなかったよね…)
伊織の事を気遣って自分は二の次にしてくれたのははっきり解る。伊織がもじもじとしている間にヴィルフリートが目の前まで来ていた。水の入ったコップを差し出されて、反射的に受け取る。
「…ありがと」
「ああ。…余は隣の部屋に行く。イオリはここで着替えるが良い。」
ヴィルフリートが部屋を出るのと入れ替わりでアニエッタとフランツィスカが入って来た。手にはドレスと化粧道具を持っている。
「おめでとうございます。名実共に皇帝陛下の寵姫ですわね。」
フランツィスカが茶化す様な言葉に伊織の頬がまた赤くなる。アニエッタがすぐにフランツィスカを窘め、手に持ったドレスを広げた。ドレスは薄いオレンジ色の首を隠す、ハイネックにノースリーブの物だ。伊織の心情を鑑みてアニエッタが選んでくれたんだろう。
「フラン、イオリ様をからかうのはおやめなさい。ですが、おめでたい事ではありますわ。イオリ様が来るまで、陛下は女性を寄せ付けませんでしたから。」
「そうなんだ…」
「過去に陛下のお相手をしてたのは、商売と割り切ってる厳選された高級娼…あっ。」
フランツィスカが慌てて口を噤んで、しまったという顔をした。伊織が目に見えて落ち込むのをアニエッタが励ましながら、フランツィスカを睨んだ。
「大丈夫ですわ、イオリ様。朝まで一緒なのは後にも先にもイオリ様唯1人でしょうし、陛下のお気持ちもイオリ様にだけ傾いておりますもの!」
「そうです、イオリ様。失言申し訳ありませんわ。でも、イオリ様以外には陛下のお気持ちはありませんわ!」
励まされて顔を上げる。アニエッタとフランツィスカが必死に伊織を窺っていた。伊織は小さく頷いて立ち上がり、寝間着を脱ぎ始める。見下ろす身体には、目に見える場所にも結構な数の鬱血が残っていた。伊織は溜め息を飲み込んで、なるべくそれらを意識しない様に下着を身に付け、ドレスを着る。
「イオリ様、すみませんでした。…悪気があった訳では…」
「…解ってるよ。ごめんね、僕の勝手なワガママだから…」
再度謝ってきたフランツィスカに苦笑いする。これが自分の醜い嫉妬だと解っている。逆にヴィルフリートが経験豊富だから、伊織はあの程度の痛みで済んだのだろう事も。
伊織が着替え終わった直後にヴィルフリートが部屋に入ってくる。伊織はまともに顔を見る事が出来ずに俯いた。抱き上げられて視線を合わせられる。
「…どうかしたか。」
「…うぅん。何でもない…気にしないで。」
ヴィルフリートの視線から逃げる様に首元に顔を埋める。髪を撫でられて、ぎゅっと服を握った。扉が閉まる音がして、視線を上げると部屋にはヴィルフリートと伊織しかいない。
「イオリ、どうしたのだ。」
「…僕のワガママだから…ヴィルさんの過去の相手が気になるなんて、勝手だよね。」
ヴィルフリートが苦笑いして伊織の頬に口付ける。髪が撫でられて、感情の高ぶりで滲んだ涙をそのままにヴィルフリートを見つめる。
「言った筈だ、余の唯一はイオリだと。」
ヴィルフリートの言葉に、涙を拭って頷く。女になってから涙脆くなった気がする。瞼に口付けられ、伊織がヴィルフリートに抱き付く。甘やかされるのに慣れてはいけないと思うのに、底無しの沼に沈む様にずぶずぶと嵌ってしまって抜け出せない。
「食事にしよう。」
背中を撫でられ、促されて頷く。
居室には既に食事が用意されており、席について食べる。食事が終わってお茶を飲んでいる時にヴィルフリートが思い出した様に口を開いた。
「…イオリ、昨夜言っていた紅い石の錠の付いた箱とはなんなのだ。」
「んとね、探してって頼まれたんだよ。」
ヴィルフリートの問い掛けに首を傾げて仰ぎ見ると、ヴィルフリートは眉を顰めて考え込んでいる。
「誰に頼まれたのだ。」
「…ひみつ。でも怪しい人じゃないよ!夢で…お告げみたいな?」
ヴィルフリートの眉が余計に寄る。伊織は返答を間違えたかと、ハラハラしながら様子を窺う。
「…初代が持っていたという箱がその様な特徴だが…12代の時に盗難に遭い現在は行方が分からぬ。」
「えぇ!?じゃあお城にはないの!?」
てっきり城にあると思っていた伊織は、驚いて声を上げる。ヴィルフリートが渋い顔で頷くのを見て、がっくりと項垂れた。どう考えても伊織は城から出られそうにない。
(…ごめん、イレーネ。探せないかも…。)
箱はいずこ!




