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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶の導
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憶い、想う。

2章も後1話予定となりました。

予定は未定。

もしかするともう1話増えるかも!?

翌朝目を覚ますと眠った時と体勢は変わっておらず、ヴィルフリートにしっかり抱き締められていた。顔だけ動かしてヴィルフリートを見る。ヴィルフリートは伊織を抱き締めたまま横になると瞼に口付けた。


「おはよう。よく眠れたか。」


「…うん。おはようございます。」


昨日泣き過ぎた所為で瞼が腫れぼったい気もするが、眠った事によって頭がすっきりしている。ヴィルフリートの事も昨日よりは怖くない。ヴィルフリートが腕の力を弛めてくれたので、身体を起こす。特に不調も痛みもないのは昨日クラウディアが治癒を掛けてくれたからだろうか。


「転移魔方陣を描く。暫く時間が掛かるだろう。…共に来るか?」


伊織の表情が僅かに曇ったのを見て、ヴィルフリートが先に言ってくれる。伊織が頷いて微笑むとヴィルフリートが眉を顰めた。起き上がって伊織を再度抱き締める。


「無理して笑うでない。イオリは放って置くと危ないな。」


ヴィルフリートが伊織を離して立ち上がり、ベッド脇にあった水差しからコップに水を注ぐと伊織に差し出した。


「声が掠れている。支度をする前に飲んでおくが良い。」


「…ありがと。」


ヴィルフリートからコップを受け取って水を口に含む。飲んでみると思ったより喉が渇いていたようで、残りの水を全部飲み干す。ヴィルフリートも水をコップに注いで飲んでいる。喉仏が上下しているのをぼーっと眺めた。


(そういえば、僕ほとんど喉仏なかったなー…声変わりも微妙だったし…)


こうしてみるとヴィルフリートが羨ましくなる。恵まれた容姿も体格も、声ですら良いだなんて天は二物を与えないのではないのか。伊織は自分の身体を見下ろす。確かに骨格は華奢だがスタイルはいいと思うし、顔も可愛らしいっていつも言われるからそうなんだろう。でも女だ。もともと生まれる性別間違ってたかなって思うほどに男らしくなかったが、それとこれとは別だと思う。もし自分がもともと女だったなら、ヴィルフリートへの想いもあっさりと認められたのだろうか。再びヴィルフリートに視線を戻して考える。


(…今はもう女なんだから…男としての考えも捨てなきゃいけないよね…それにそもそも僕、男の時も全然筋肉なかったし…。)


「…イオリ、余の顔に何か付いているのか。」


「ううん。何でもない。」


どうやら見詰めすぎたようで、ヴィルフリートの眉間に皺が寄っている。伊織もずっと上を向いていた所為で首が痛い。埋めようのない身長差が悲しい。伊織もせめて170センチあったならこちらの女性と同じくらいの身長だったのに。


(ヴィルさん、おっきいよね…僕なんて片手で抱き上げちゃうし…)


伊織もベッドから降りて立ち上がり、伸びをしているとギルベルトとアニエッタ、フランツィスカが来た。いつも通り着替えを手伝って貰う。もちろん場所は浴室と繋がっている脱衣室だ。今日は帝都に帰ると言っていた事もあり、視察中着ていたドレスよりも豪華だ。


「僕、ドレスより侍女服の方が動きやすいなー…。」


「ダメですわ。イオリ様を美しく飾るのが私の使命ですわ。」


伊織の零した愚痴にアニエッタがすかさず返事をする。フランツィスカが笑って差し出す靴を履いて鏡の前に立った。


「アニーに何言っても無駄ですよ、イオリ様。自分のお給料使ってドレスを買ってないだけ、いい方ですわ。」


「あら、だってイオリ様に、って沢山の反物が届いたんですもの。ドレスはたくさんありますわよ。」


「はい?届いたって誰から!?」


フランツィスカとアニエッタの発言は聞き捨てならない事ばかりだが、とりあえず一番気になることから聞く。アニエッタもフランツィスカも首を傾げている。


「イオリ様、知らなかったんですか?各国各領地から宝石や反物、果ては動物まで貢物が着てますわよ。まぁ、動物は城が動物だらけになると断ったそうですが。弱小領地の貴族なんかはお金も持ってないでしょうから収穫された野菜なんかが届いてますわね。」


「…なんで僕にそんなの届くの…」


「誰もがイオリ様が皇妃になると思ってるからですわ。今の内に覚えて貰おうと必死なんですのよ。なんといっても大陸最大の国の皇妃ですから。」


フランツィスカからアニエッタと順に聞かされた内容に眩暈を覚える。完全にもう逃げられない感じになっているのではないだろうか。伊織自身はまだヴィルフリートにちゃんと返事していないというのに。


「…今から逃げて、逃げ切れると思う?」


「無理ですわ。地の果てまで追い掛けられると思いますわよ。」


「いいじゃありませんか、イオリ様。とても陛下と仲睦ましくいらっしゃるんですもの。」


フランツィスカもアニエッタもあっさりと言うので、伊織は口を尖らせて拗ねる。そうしている内に化粧も髪のセットも終わったみたいで、フランツィスカに宥められる。


「大丈夫ですわ。イオリ様がお子様を出産なさる時は、私が乳母になって見せますもの。」


「…乳母って、出産した直後の女性じゃなかったっけ…。」


「えぇ、種は優秀な男性から適当に頂きますわ。」


フランツィスカがにっこりと笑って言った言葉に絶句する。どうしてシングルマザー前提なんだろうか。


「…結婚しないなら、子供は産まないで欲しいなぁ…」


伊織が遠い目をしながらぽつりと呟く。自分が子供を出産する事になっている内容に伊織は気付いておらず、アニエッタがくすくすと笑った。


「イオリ様も案外乗り気じゃありませんか。出産した後の話をするなんて。」


「は?…え…ぅ…、ぜ、全然考えてなかった!ちょっと今のなし!」


指摘されて真っ赤になって慌てて否定する。両手を横に振っていると扉が開き、ヴィルフリートが入って来た。ヴィルフリートの顔を見て伊織がますます真っ赤になり、俯く。


「…どうしたのだ。熱でもあるのか。」


「ひゃあ!」


熱を測る為か首に手を当てられ、驚きに声を上げてしまう。ヴィルフリートが眉を寄せている。


「…熱はなさそうだが。」


「何でもないよ。」


冷静になろうと深呼吸して返事をする。ヴィルフリートは不審気にしながら引き下がってくれた。伊織は内心ホッとする。


「朝食の用意が出来てございます。イオリ様の好きな果実もございますよ。」


「わーい。料理長が付いて来てくれてよかった!」


ギルベルトが助け舟を出してくれ、伊織がそれに乗っかる。ヴィルフリートが伊織を抱き上げようとするのを止めて、居室に行く。テーブルの上にはすでに料理が並べられており、美味しそうな匂いが漂ってきた。すぐに食事を始め、食べ終わって一息つく頃にバルトロメウスが来た。


「転移魔方陣を描くスペース確保したぞ。」


「そうか。イオリ、描き終えるのに半刻はかかるが…共に来るのか?」


ヴィルフリートが再度確認してくる。伊織は頷く前にヴィルフリートを窺う。


「邪魔にならない…?」


「邪魔にはならないだろうが…」


「暇だと思うぞ。」


ヴィルフリートの言葉を引き継いでバルトロメウスが言い切る。魔法陣を描けない伊織がいても何もする事はないだろうし、本当に見ているだけになるようだ。


「全員が帝都に戻るわけではない。此処の後処理に転移後の魔法陣の処理、ランドドラコと魔法車も帝都に戻す。近衛と従者はバルトロメウスとギルベルト以外ここに残す。転移魔方陣の大きさはこの魔法車1つほどの大きさだ。…罪人も一緒に転送せねばならないのでな。」


ヴィルフリートの説明に頷いていると、付け加える様に言われた事にぎくりとする。


「罪人は目に触れぬよう箱型の牢に入っている。…余と伊織だけなら転移で戻るのだが、余が転移魔方陣を発動させねば魔力が足りぬ。」


「ヴィルフリートがいないと全員魔力が空になる上、足りるかも分からんからなー。」


ヴィルフリートが溜め息混じりに言った言葉にバルトロメウスが苦笑いする。どれほどいるかはわからないが、とりあえず大変らしい事は伊織にも理解できた。


「僕も手伝う?魔力使わないから余ってるし…。」


「…そうだな。伊織の魔力を使えば、他の者の消費も抑えられる…か。」


「そうと決まればさっさと描いて、とっとと帰ろうぜ。早くローザと子供に会いたいしな!」


バルトロメウスが勢いよく立ち上がって、勢いよく扉から出ていったのを見てヴィルフリートが溜め息を吐く。バルトロメウスがああ(・・)なるのはいつもの事だが、それで仕事が早くなるのも事実なので誰も何も言わない。


「とりあえず、いこっか…?」


「…ああ。」


ヴィルフリートが伊織を抱き上げる。逃げようとしたが、今度は無理だった。ヴィルフリートが前にも益して過保護になったような気がする。

少し歩いた場所に広く均されたところがあり、横に大き目の建物が立っている。どうやらリーネルの私兵の訓練所のようだ。


「イオリは椅子に座って待っているが良い。大人しくな。」


誰かに運ばせたらしく、端に椅子が置いてある。座らせられて頭を撫でられる。あからさまな子供扱いにムッとしながらも頷く。


(子供扱いで過保護なのか、それとも…分かんないよ…)


言われた通りに大人しく待っていると、近衛の一人が1m角ほどの魔法車を引いてくる。箱は真っ黒で中は窺えないが、リーネル一家の入った牢型の魔法車なのだろう。伊織はその四角体から視線を逸らす。エディトに言われた言葉が伊織の頭を(よぎ)る。


(…大丈夫…僕の所為じゃない…もともとあの人が悪いんだから…)


そうは思っても、一度考えてしまった内容は忘れられない。もしこの世界に来ずにヴィルフリートと出会わなければ。もしこの世界に来た時に城でなかったら…ヴィルフリートはエディトと結婚していたのだろうか。


(ヴィルさんが…誰かと結婚する?…やだ…やだよ…。やっぱり僕…好き、なんだ…)


ヴィルフリートに嫌われたくないのも、嫌われるのが怖いと思うのも、全部ヴィルフリートが好きだからだと気付いて狼狽える。本当はずっと考えていたのに、ヴィルフリートの相手が他にできるかもしれないと考えると不安が込み上げる。


(僕…ヴィルさんに、こんなにも依存してるのに…急に元の世界に帰ったりしないのかな…)


帰る事を考えて、ぎゅっと心臓を掴まれた様に感じる。家族に会いたいとは思うのに、元の世界に帰りたいとは思わなかった。


(薄情な息子…今は娘だった。って思うかなぁ…)


伊織が腕を組んでうんうん唸っていると魔法陣を描き終えたヴィルフリートに頭を撫でられた。目を閉じていた伊織は急に撫でられて驚く。


「先程から何を考え込んでおるのだ。」


「う…ひみつだもん。」


(…今更だけど、いい歳した元男が“もん”はないかも…)


自分で言った言葉に恥ずかしくなる。違和感はないかもしれないが、自分自身の精神的には良くない。

伊織がまたも思考に落ちそうになるが、ヴィルフリートに抱き上げられて強制的に終わる。アニエッタとフランツィスカがトランクを持っている所を見ると、すぐに帝都に戻るのだろう。


「イオリ、陣に入って合図をしたら魔力を。込めるだけで良い。後は勝手に抜けていく。」


ヴィルフリートが伊織を抱き上げたまま魔法陣の上に立つ。帰る人達が次々と陣に入り、最後に例の黒い魔法車が乗った。最終的に機密保持の問題もあって、作戦に参加した人と料理長、罪人のみ転移魔法陣で帰るらしい。


「では行く。用意」


ヴィルフリートの指が鳴らされたと同時に魔力を込める。すると陣が輝き出して7色に光って世界がぐにゃりと歪み、転移に慣れない伊織はその感覚が気持ち悪く目を閉じた。


「イオリ、着いた。」


ヴィルフリートに声を掛けられ目を開けると、無数の水晶の様な結晶が泉の周りを覆う場所が目の前にあった。


「ここって…僕が初めにいた泉?」


周りの風景は変わらないのに泉周辺だけ地面にあった草はなくなり、結晶が覆い尽くしている。


「あぁ。元々限られた者だけ入れる領域…聖域なのでな。転移魔法陣に乗る者を作戦の関係者と料理長だけにしたのもその為だ。ここが最も魔力が濃い。」


「…そうなんだ…ね、ヴィルさん。ちょっと降ろして。…泉のそばに行っていい?」


ヴィルフリートが頷いて、伊織を抱き上げたまま泉に近づき、泉のすぐそばで降ろしてくれた。伊織はしゃがんで泉を覗き込み、手を伸ばして水に触れる。

その瞬間に自分のモノではない記憶が頭の中を埋め尽くす。伊織の意識が途絶え、身体がグラリと揺れた。


(…僕は、この人に会った事がある…)





__待っていて欲しい。必ず、其方を見つけ出そう。__





伊織ちゃんの意識失う率(睡眠含む)が高い気がする。


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