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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶の導
30/94

恐怖と安堵の狭間。

残酷な描写が出てきます。注意を。


伊織が心の中で叫んで目を閉じた後、伸し掛かっていたホラントの重みがなくなる。伊織が恐る恐る目を開けると、腕に着けていた紫水晶のブレスレットが光っている。

伊織の身体の周りには障壁が張られていた。すぐに障壁は消えたが、ホラントは障壁に弾き飛ばされ、壁に激突して気を失っている様だ。

伊織は半分宙吊りになっていた状態から座り直した。直後に勢いよく扉が開かれてヴィルフリートとバルトロメウスが小屋に乗り込んで来る。

伊織の様子を見て、ヴィルフリートが気絶しているホラントの右腕を顔色一つ変えず切り落とす。ホラントが痛みに意識を取り戻して叫び声を上げ、再び気絶した。伊織は目の前で起きる事態と恐怖で動く事が出来ず、身体がガタガタと震える。


「バルトロメウス、止血して治癒を掛け腕を接着しろ。何度でも切り落としてくれる。」


ヴィルフリートが冷酷に言いながら、伊織に近付く。伊織は恐怖で泣きながら首を振って少しでも距離を取ろうと後退って壁に背中を付ける。ヴィルフリートが自分を害さないと解っていても、ホラントにされた事や、目の前で腕が切り落とされたところを目の当たりにして無意識に怯える。ヴィルフリートが剣を捨てて伊織の前に膝を付き、そっと手を伸ばした。


「イオリ、もう大丈夫だ。」


ヴィルフリートが伊織に触れる直前、伊織の身体がびくりと震える。ヴィルフリートが自分の手を強く握り込み眉間に皺を寄せ、立ち上がって伊織と距離を取った。


(…いや、ヴィルさん…行かないで…!)


「侍女を呼べ。すぐに紐を解かせろ。」


すぐにアニエッタが入って来て口のハンカチを取り、紐を切ってくれる。伊織の震えは止まらず、涙が止めどなく流れる。離れたくないはずなのにヴィルフリートが怖い。


「…ヴィ、ルさ……いかないで…」


小さい声で呼びかけると背を向けていたヴィルフリートが振り返る。ヴィルフリートが目の前に膝を付く。伊織は震えが治まる様に自分で自分の肩を抱きしめる。クラウディアが慌てて小屋に入って来て、伊織の手と顔の傷を癒してくれた。


(…震えが…止まらない…。)


「イオリ。無理せずとも良い。…其方の前でする事ではなかったな…。」


ヴィルフリートが伊織に腕を伸ばしてくる。伊織は目をギュッと閉じてヴィルフリートの腕に飛び込む。身体の震えは止まらないが、ヴィルフリートの温もりに伊織は詰めていた息を吐き出した。ヴィルフリートが伊織を横抱きに立ち上がる。


「バルトロメウス。ホラント・リーネルを連れてサロンへ。クラウディア・クロイツはカルラ・ヴァイスとリア・ブルクミュラーにもサロンに来るように伝えろ。イグナーツには証拠品を持って来させ、ギルベルトは捕らわれている者を保護する様に。」


ヴィルフリートが指示を出してから伊織を抱いたまま歩き出す。ヴィルフリートが運んでくれてよかったと思う。伊織は立てそうになかったし、あそこには居たくなかったから。

ヴィルフリートは魔法車に入ると、伊織をベッドに寝かせた。自分はベッドの端に座って伊織の髪を優しく撫でる。伊織の身体の震えはだいぶ治まったが、触られそうになると反射的にビクついてしまう。


「イオリはここで休んでいるといい。余はまだやる事があ「やだ!…行っちゃやだ。…ヴィルさんが行くなら…僕も行く!」


ヴィルフリートの言葉を遮り、伊織が身体を起こしてヴィルフリートの腕に縋る。止まった涙がまた出てきて、我慢しようとすると鼻の奥がツンと痛む。


「だが…、ホラント・リーネルの前に再び行くことになる。」


「…平気だから…だから、僕を置いて行かないで…」


腕に縋る伊織を反対側の手で抱き寄せ、そのままそっと頭を撫でる。縋った腕をぎゅうっと抱き込むと頭上から溜め息が聞こえた。


「…分かった。」


伊織の背中を緩く叩いて離す様に促す。伊織が腕を離すと、再度伊織を抱き上げて館に向かった。

近衛騎士が立っているサロンの扉を開けると、拘束されたホラント・リーネルと顔を蒼白にした夫人とエディト、3人を囲う様に騎士の4人が立ち監視している。扉脇にギルベルトと見た事のない男性が立っており、窓際にはアニエッタとフランツィスカが窓を塞ぐように立っている。


「待たせたな。」


ホラントの姿を見て、伊織が震えてヴィルフリートの首元にしがみ付いて肩に顔を埋める。一瞬見えたホラントの腕は、ちゃんと両腕あった。ヴィルフリートがソファに座り、伊織の背中を宥める様に撫でた。

ヴィルフリートがソファに座ったのを見て、見知らぬ男性がヴィルフリートに書類やノートを渡す。


「陛下、罪状はどういたしましょう。」


「横領、人身売買、密売、密輸、暴行、監禁…罪が多すぎる。」


「まぁ、死刑には変わりませんけどね。」


見知らぬ男性は軽い調子で言って肩を竦め、エディトと夫人をちらりと見た。


「さて、夫人と娘はどうしましょうかね。」


「暴行幇助、強姦幇助、脅迫。帝都にいたならず者もお前達が雇った者だな。」


ヴィルフリートが身を寄せ合うエディトと夫人を鋭く睨み付ける。2人は喉で引き攣った声を上げて泣き出す。


「わ、わたくし…陛下のお傍に…いた、かっただけですの!雇った者がそんな事しているなんて…」


「黙れ。貴様が嘲笑し、傍観していた事も解っている。貴様も同じ目に遭いたいか。」


伊織が泣き崩れるエディトを見ると、エディトが睨み付けてくる。


「…あんたさえ現れなければ…っ!お父様に犯されて仕舞えばよかったんだわ!」


エディトの憎悪の籠った言葉と鋭い視線にビクッと身を竦ませて、ヴィルフリートにしがみ付く。ヴィルフリートがバルトロメウスに顎をしゃくって合図した。バルトロメウスが3人を連れて行く。


「明日にでも転移魔方陣を発動させて帝都に戻る。魔法陣の発動に数人いるが。…街を散策できず、悪かったな。」


ヴィルフリートが立ち上がって伊織に優しく囁く。結局伊織は着いて来ただけで邪魔になっていたかもしれない。ホラントは最後まで伊織の方を見なかったし、伊織も見れなかった。

魔法車に戻ってくると、アニエッタとフランツィスカが入浴の準備をしてくれる。早く触られたところを洗ってしまいたかった。伊織が随分落ち着いた事でヴィルフリートは事後処理があると行ってしまったが、ずっと専属騎士の3人が付いていてくれる。


「イオリ様、綺麗に致しましょう。大丈夫です、イオリ様に見えないところも全部治癒魔法で治してしまいますわ。」


クラウディアが優しく促してくれて服を脱ぐ。押し倒された時に付いた打撲や闇雲に暴れた時に付いたであろう傷も綺麗に治してもらい、アニエッタとフランツィスカが綺麗に洗ってくれた。仕上げにいつもの通りマッサージされ、清潔な寝間着に着替える。終わった頃には疲れと極度の緊張からウトウトと眠そうに目を擦った。


「イオリ様、寝台に行きましょう。」


「…まだ、ヴィルさん帰ってきてない…。」


寝ると悪夢を見そうで、ソファに座る。程なくしてヴィルフリートが先程サロンにいた見知らぬ男性とギルベルトを連れて戻ってくる。ギルベルトは入浴の準備をするのか、伊織に一度頭を下げて奥の扉に入っていった。


「イオリ、落ち着いたか。この者はイグナーツ・カロッサだ。フランツィスカ・カロッサの兄だ。…帝国の影に仕えている。」


「お初にお目に掛かります。いつもフランツィスカがお世話になっております。」


「フランのお兄さん…」


伊織がソロッとイグナーツに視線を向ける。イグナーツは跪いて挨拶すると、頭を上げてにこりと伊織に笑い掛けた。イグナーツはフランツィスカよりも薄い茶色の髪に蒼い瞳をした、見た感じは爽やかな男性だ。


「イグナーツ、下がって良い。其方等は着いて来るように。」


ヴィルフリートが伊織を抱き上げながら、イグナーツ達を下がらせた。イグナーツが頭を下げて扉を出て行くのを横目にヴィルフリートはベッドに向かって歩き出す。

伊織をベッドに降ろして後ろを振り返る。


「余は入浴する。その間、イオリの傍に仕えておれ。」


「畏まりました。」


アニエッタとフランツィスカが頭を下げるのに頷き、ヴィルフリートは伊織の頬を撫でてから浴室に入っていく。


「イオリ様。眠れる様に弱いお酒を少しだけ入れてホットミルクを持って参りましょうか?身体を温めた方がよく眠れるかと。」


アニエッタが伊織に優しく微笑みながら尋ねる。伊織はこくんと頷いたのを見て、アニエッタが頭を下げてから踵を返す。フランツィスカが伊織の隣に椅子を持って来て目線を合わせてくれる。


「私達がイオリ様に気付いていれば…申し訳ございません。」


フランツィスカが消沈した様子で目を伏せる。伊織は首を振って苦笑いする。


「フランの所為でもアニーの所為でもないよ。…僕がもっと気を付ければ良かった…昔の感覚じゃダメだったの忘れてたから…。」


また涙が出そうになるのを唇を噛んで堪える。アニエッタがカップを手に戻って来て、伊織に手渡した。カップを受け取って両手で抱え、ちびちびと飲む。ミルクは苺に似た果実の匂いと仄かな蜂蜜の味がする。きっと苺に似た匂いがお酒なのだろう。


「…ありがとう。2人が居て良かった。」


2人のさりげない気遣いが嬉しくて泣きたくなった。


「…少しは気を紛らわす事が出来たでしょうか?私共がいながら、イオリ様に疵を付けるなど一生の不覚にございます。」


「…傷は治して貰ったよ?」


伊織が首を傾げると、アニエッタは沈痛な面持ちで首を振る。


「疵が付くのは身体だけではございませんわ。」


アニエッタが伊織のカップを持っている両手に自分の手を重ねる。伊織は俯いて、重ねられた手を眺めた。


「…怖くって…声も出ないし、抵抗しても…全然、敵わなくて…手も顔も痛くて…。自分の力じゃ、誰にも通用しないって…思ったら、みんな怖くて…」


ポツポツと小さな声で、なるべく冷静に話す。途中でアニエッタの手がぎゅっと慰める様に握られる。


「…本当はヴィルさんも怖い…あんな…僕もあんな目で見られたらって…嫌われたらって、思うと…身体の震えが、止まらなくなって…」


フランツィスカが背中を撫でてくれ、目を閉じて思い浮かぶ光景を振り払う。アニエッタの手が離され、アニエッタが伊織の前に膝を付いた。


「イオリ様、大丈夫でございますわ。陛下がイオリ様を嫌うなどある筈がございません。私が保証しますわ。」


「アニーに保障されても。それなら、私も保証しますわよ。」


フランツィスカがアニエッタを茶化して雰囲気を和らげてくれる。伊織はいつも2人のこういうやり取りに元気をもらっている気がする。残ったミルクを飲み干して、2人に微笑む。アニエッタとフランツィスカのお蔭で随分気が紛れた。


「もうそろそろ、陛下が戻って来ますわ。私達は何があってもイオリ様の味方ですわよ。」


「そうですわ。いざとなれば、私の実家でイオリ様を養うくらいは出来ますわよ。」


アニエッタとフランツィスカがグッと拳を握って力説する。ちょうどそこにヴィルフリートが戻ってきた。アニエッタが伊織からカップを受け取って頭を下げる。


「御苦労。下がるが良い。」


フランツィスカがこっそり応援する様に拳を作って振り、椅子を元の位置に戻してアニエッタと一緒に下がって行った。


「…余が怖いか。」


ヴィルフリートの言葉にハッとして顔を見る。ヴィルフリートは真剣に、伊織を真っ直ぐ見詰めてくる。伊織は戸惑いながらも小さく頷く。


「…傍に居らぬ方が良いなら余は「やだ!…やだ…ここに、居て…」


動転して勢い良く立ち上がり、勢いをなくして再びベッドに座る。ヴィルフリートの大きな手がそっと目元を撫でた。


「だが、余も男だ。イオリを組み敷くのが余になるだけの事。」


ヴィルフリートの言葉に、俯く。頬を包む様に手が添えられて、吐息が零れた。ヴィルフリートがじっと待ってくれ、伊織は添えられた手に顔を擦り付ける。


「………怖いけど、ヴィルさんなら大丈夫…ヴィルさんじゃないと、ダメだもん…」


言った後に怖くなって、ヴィルフリートの顔を上目遣いに窺う。ヴィルフリートは苦笑いして伊織から手を離し、ベッドに乗り上がるとシーツを捲り上げた。


「疲れただろう。何もしない。おいで。」


手を差し出されておずおずと手を重ねると、そのまま手を引かれヴィルフリートに抱き留められた。何をしないと言われても、無意識に身体が硬くなる。ヴィルフリートが横になり、身体の上に乗る形で伊織も一緒に転がる。背中を撫でられ、ヴィルフリートが好んで使用しているホワイトムスクのような香りに力が抜けて瞼が重くなる。


(…ヴィルさんが、おいでっていうの…なんだか新鮮…)


眠りに落ちる中でそんな風に思いながら、下にある温もりに頬擦りする。ヴィルフリートの鼓動と息遣いを感じながら伊織は眠りに落ちていく。


「…余以外の者に触られたのなら、余で塗り替えてくれよう。」


ヴィルフリートの声を聴きながら、内容は理解しないまま伊織の意識は途切れた。



伊織ちゃんのトラウマ回。あっさり書きましたけど、生々しいよりいいですよね?ね??

強○未遂描写とか残酷描写はあんまり具体的にかくとダメな気がしました(´・ω・`)

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