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紫水晶の回帰  作者: 秋雨
紫水晶の導
28/94

作戦決行。

真面目回(キリッ

「陛下。イオリ様。食事の用意が出来ております。」


ギルベルトに声をかけられて、ハッと顔を上げる。どうやらうとうととしていた様で、30分程時間が経っている。ヴィルフリートは1時間程眠れただろうか。目を開けたヴィルフリートは随分すっきりとした顔で伊織を見上げる。


「おはよう。」


「おはよ。ちょっとは疲れ取れた?」


ヴィルフリートの髪を撫でるとヴィルフリートが伊織の頬に手を伸ばし、頬を撫でた。


「…あぁ。イオリの膝は気持ちが良いな。」


「仲が良いのは大変よろしいですが、食事をなされないと料理長が泣きますよ」


ギルベルトに苦笑い混じりに嗜められて、ヴィルフリートが身体を起こす。


「…分かっておる。」


ヴィルフリートが立ち上がったので、伊織も立ち上がろうと足に力を入れるが痺れていてよろけてしまい、ヴィルフリートに抱き留められた。


「痺れたか。」


「うん、ちょっとだけね」


恥ずかしくなって俯いていると、ヴィルフリートに抱き上げられた。移動するのも最近しょっちゅう抱き上げられる。


(このままだと本当に退化するかも…)


「ヴィルさん、歩くから降ろして。僕の筋肉が落ちちゃう。」


「元々筋肉などあまり無いだろう。」


伊織の主張を無視してヴィルフリートがさっさと歩き出してしまう。伊織は溜め息を吐いて、首にしがみ付いた。


(…筋トレしなきゃ…筋肉なくなるだけじゃなくて、太っちゃう…)


そもそもどうしてヴィルフリートは伊織を運ぶのだろう。


「ねぇ、どうして僕を抱っこするの?」


「余が歩く方が早い。それにイオリは危なっかしい。」


ヴィルフリートの言い分にぐうの音も出ない。確かに伊織はこちらの世界に来てすぐの頃はよく転んでいたし、ヴィルフリートが躓く伊織を見て抱き上げて運ぶ様になったのも事実だからだ。


「最近は全然躓いたり、転んだりしてないよ!」


「そうか。着いたぞ。」


確実に聞き流されている。伊織はヴィルフリートをジトッと睨むが、ヴィルフリートはどこ吹く風で伊織を降ろすと席に着いてしまった。伊織も仕方なく席に着くと間も無く食事が始まる。


「イオリに言っておかねばならぬ事があるのだが。」


「どうしたの?なにかあった?」


伊織がそろそろ食事を終える時になって、ヴィルフリートが防音結界を施し、珍しく言い辛そうに口を開く。伊織が首を傾げて伺うと、ヴィルフリートは考える様に腕を組む。


「…リーネル領に着く前にカルラ・ヴァイスに暗殺された事として侍女に成りすまし、囮となって欲しいのだ。」


言われた内容に驚く。囮になるとして、カルラはどうするのだろう。殺されるにしても侍女になる必要はあるのか。


「…囮ってなにするの?」


「囮などさせたくないのだが…ホラント・リーネルは少女趣味でな。最も好む年頃が13〜16。作戦自体が極秘の為、他者を入れたくは無い。イオリはホラント・リーネルの気を引くだけで良い。」


ヴィルフリートが苦々しく吐き捨てる様に言う。こんな風に言うのを初めて見て、伊織は再度驚く。


「カルラ・ヴァイスに先に行かせ、妹とやらの無事を確認させる。その際、切ったカルラ・ヴァイスの髪を黒く染めて、イオリを殺害した証拠として出させる。妹とやらは恐らく奴隷として売られる者達と共に居るだろう。…この作戦に参加する者は10名。余とイオリ。ギルベルトとバルトロメウス、イオリの侍女2名、騎士3名。そして蝶者だ。」


ヴィルフリートがそのまま淡々と作戦の概要を説明してくれる。どうやら効率重視の作戦らしく、実際関わる人数は少ない様だ。


「…僕に手伝えるなら、頑張る!」


「くれぐれも触れられそうになったら逃げるのだ。触れさせぬようにな。」


ヴィルフリートが繰り返し念を押すのを苦笑いで頷く。ヴィルフリートは溜め息を吐いて防音結界を解いた。もう殆ど終わっていた食事を再開する。

食べ終わった後はいつも通りに過ごす。明日も特に早く起きる事もないので、部屋に戻った後はヴィルフリートの膝の上に乗せられて晩酌に付き合っていた。ヴィルフリートに何を言っても膝からは降ろしてもらえないので、伊織はもう諦め気味になっている。晩酌も伊織は下戸だと判明したので、飲むのはジュースだ。


「…イオリ、本当に囮をするのか。断っても良いのだぞ?」


「でも僕が囮をした方が効率的で手っ取り早いんでしょ?」


ヴィルフリートが尚も渋るのを伊織は宥める。どうやらリーネル伯が伊織に近寄るのが嫌らしく、この問答もこれで3回目で、伊織はちょっと辟易する。


「もう!お酒もこの話もおしまい!今日はもう寝よう?僕、入浴する。」


「共に入るか?」


「入るかっ!」


ヴィルフリートの膝から降りようとしたところ後ろから悪戯っぽく囁かれ、伊織は顔を赤くして膝から慌てて逃げ、大きな声で拒否する。

自分の部屋に向かう伊織の後ろからはヴィルフリートの喉で笑う音が聞こえた。



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朝はいつもより少し早く目が覚めた。ヴィルフリートも既に起きていて、伊織に水の入ったコップを手渡してくれる。伊織は挨拶とお礼を言って受け取った。

ギルベルトが入って来たので、伊織は私室に戻って着替える。ヴィルフリートが迎えに来て朝食も終え、作戦の最終確認も済ませると予定通り出発となった。

内壁のすぐ外にある転移門までは馬車で行き、転移してからは魔法車と言う浮力を持った箱車をランドドラコと言うバジリスクの様な二足歩行する竜に引かせる。振動もなく、引く生物は重量を感じないので負担も少なく、速度も出すことが出来て、快適な旅は保証されている。箱車には拡張魔法が施されているらしく、ヴィルフリートの部屋ほどの広さがある。中にはソファセットにミニキッチン、浴室にお手洗い、衝立の奥にはベッドまである。後ろには同じサイズの箱車が連結されていて、行き来が出来る様になっている。そちらは従者や護衛の箱車らしい。


「…流石、ファンタジー。」


伊織が走る箱車の外を見てぽつりと呟く。体感速度で100kmくらいは出てそうだ。

今日は街を3つ通過して、4つ目の街に宿泊するらしい。

行程は3日で、3日目の昼頃にリーネル伯爵の館に着く予定なので、伊織が殺害されたと偽装するのは2日目の夜だ。


行程は滞りなく進んで、予定通り宿に入った。伊織はここで殺害されると言う偽装がされ、カルラが一人馬でリーネルの館に行く。伊織の殺害が気付かれるのが朝という予定なので、伊織は特に何もしないが。ついでにいつも通りヴィルフリートと一緒に寝ている。

朝起きて死んだとして秘密裏に処理されたという筋書きの元、侍女服に着替えて髪と瞳に魔法が掛けられる。髪は亜麻色で瞳は緑だ。

カルラからは連絡が着て、どうやら妹と会えたらしいが、カルラも捕らえられたらしい。ここまでは予想通りだとヴィルフリートが言うので、カルラは伊織の暗殺が成功しても元々殺される予定だったのかもしれない。


ついにリーネル伯爵館に着いた。予定より少し遅くなり、今は14時過ぎだ。伊織は気合いを入れて、ヴィルフリートから離れた。ヴィルフリートが目配せして、伊織が頷く。

ヴィルフリートはイライラとした様に演技している。


(よーし、がんばるぞー!)





0(:3 )~ =͟͟͞͞('、3)_ヽ)_

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