犬も食わない。
イチャイチャ回(笑)
え?毎回してるって?ですよねー。
(むぅ…僕の為に休んでくれたり、城下に連れて行ってくれたり…嬉しかったのに…!)
伊織は完全に拗ねていた。だからギルベルトとアニエッタが来て、アニエッタが伊織を私室で着替えようと促し、部屋に戻る時も口を効かずに頷くだけにした。ヴィルフリートの前ではむっつりと口を噤んで、拗ねている事を隠そうとしなかった。
「イオリ様、どうなされたのですか?」
「…言いたくない。」
アニエッタに手伝ってもらい、着替え終わっても機嫌が直らない伊織にアニエッタが問い掛けてくる。
(…消毒とか言ってキスマークなんて付けなくても、同じ様に撫でればすむんじゃないの?…約束したし…それに妙に手慣れてるし…)
早い話、伊織の拗ねている理由がヴィルフリートの手際の良さにある。
(キスもそうだけど、ヴィルさん絶対経験豊富そうだよね!…僕ばっかり振り回されてさ…)
イライラとする伊織に、見兼ねたアニエッタが伊織のお気に入りの花のお茶を淹れてくれた。自然な甘味で香りのいい南の領地の特産品らしい。
「…ありがとう。」
むっつりしながらもお礼を言う伊織にアニエッタは苦笑いする。アニエッタやフランツィスカからすると伊織は分かり易すぎるきらいがある。
大方着替えの時に隠していた鬱血の事だろう、と思いながらも気付いていない振りをする。
(大体、手も早いよね。…僕まだこっちの世界に来て2ヶ月ちょっとなのに!)
ヴィルフリートが聞いたら溜め息を吐いて呆れそうな内容をつらつらと考えながら、淹れて貰ったお茶を飲んだ。
むしろ、2ヶ月間も一緒にいて何もない事の方が僥倖だろう。アーデルハイトにヘタレの烙印まで押されて、ヴィルフリートに謝るべきは伊織の方である。
(でも毎回、すぐにやめるし…やっぱり僕に魅力がないのかな…)
待てと言っておいて、ものすごく勝手な言い草なのだが、考えながら顔色を変える伊織にアニエッタが内心溜め息を吐く。おおよそ考えている事が分かり、ヴィルフリートが不憫に思った。
「イオリ様、百面相されてないで陛下と直接話されてはいかがです?陛下は本日のお休みを取る為に随分無理をなされたのですよ。イオリ様を大切に思うからこそ、休まれたのですから、小さい事は水に流されてはどうですか。」
普段は伊織の好きにさせてくれるアニエッタに諭されて、流石に我が儘だったと反省する。
「…うん。そうだよね、直接話してくる!」
伊織がソファから勢い良く立ち上がり、言い捨てる様に小走りで扉を出て行くのを頭を下げて見送りながら、アニエッタは小さく溜め息を吐く。
「…言葉が足りないのも問題ですわね。」
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伊織はヴィルフリートの部屋の前まで勢い良く来たまでは良かったものの、部屋に入る覚悟が出来ずに右往左往していた。
(…なんて言えばいいんだろ…僕が勝手に拗ねてただけだし…。)
伊織が悩みながらうろうろとしていると、控えの部屋からギルベルトが出てきた。手にはティーセットの乗ったワゴンを押している。
「イオリ様、その様に悩まれてないで入られてはいかがです?不肖ギルベルト、僭越ながらイオリ様の仲直りのお手伝いをさせて頂きたく思います。蒸らし時間はあと2分でございます。」
ギルベルトが伊織にティーセットの乗るワゴンを渡し、扉をノックする。お茶の飲み頃の時間もあり、伊織は悩む暇なく部屋に入ることになってしまった。
「入れ。」
「…ぁ、あの…お茶を持って来たんだけど。」
ギルベルトが中からは見えない位置に下がり、伊織は生唾を飲み込んでから部屋に入った。ヴィルフリートから見れば、伊織が自分でお茶を用意した様に見えるだろう。
「…其方が淹れてくれるのか?」
「う、うん。注ぐだけだけど。」
ワゴンをソファセットの横に着けた時に丁度砂時計の砂が落ちきる。伊織はマナー講座で習った通りにお茶を注いでヴィルフリートの前に置き、少し考えてから自分の分のお茶も注いだ。伊織がカップを持って向かいのソファに向かおうとしたところで、ヴィルフリートにカップを取り上げられて引き寄せられる。そのまま膝の上に座らされて、手に持ったカップも前に置かれた。
「…先程は何に拗ねておったのだ?」
いきなり核心を突かれて、目に見えて動揺する。馬鹿正直に全部言う訳にもいかないし、そもそも拗ねていた事自体が伊織の我が儘なのだ。ヴィルフリートの過去に、傍にいたであろう女性が気になるなんて。
「…何でもない。ただ、ヴィルさんはいつも余裕があるなって。僕ばっかり余裕なくて、ズルい…」
「何でもないと言う割には随分悩んでいる様だが。それに、余に余裕があるなど戯言を。余は常にイオリの言動に一喜一憂しておると言うのに。」
ヴィルフリートに緩やかに背を撫でられて、伊織の溜飲が下がる。
伊織はヴィルフリートの首元に顔を埋める。こうやってヴィルフリートが伊織を甘やかすから、伊織はどんどん我が儘になるのだと思う。
「イオリに目を向けるものにも、イオリが目を向けるものにも、全てに悋気するのだ。いっそ誰の眼にも触れぬ様に閉じ込めて、余なしでは生きられぬ様に成ればと思う。」
ヴィルフリートの激し過ぎる本音を吐露されて戸惑う。伊織の為に我慢してくれている事は、声音から十分伝わった。怖いくらいの真剣な声に、瞳は見れそうにない。
伊織はぎゅっとしがみ付いて、小さく首を振る。
「…僕、ヴィルさん以外に触られるのやだ…。今日もすごくイヤだったんだ。ヴィルさんに触られるのはイヤじゃないのに。…約束もさっきまで忘れてて…」
話すうちに羞恥でどんどん顔が熱くなって、声もだんだんと小さくなる。恥ずかしくてヴィルフリートの顔が見れない。これでは好きだと言っているのも同然なのに、伊織は未だに気付いていないらしい。
「もう良い。…余の忍耐を試しておるのか。」
「…そんなつもりない…」
伊織がヴィルフリートの首元で再度頭を振ると深く溜め息を吐かれた。
「生殺しだな…こうして腕の中にいるのに手を出せないとは…」
ヴィルフリートが口の中で呟く。首元に顔があった伊織にはばっちり聞こえ、赤い顔のまま勢い良く顔を上げる。ヴィルフリートの口角が上がっている。
「先に言うが、冗談ではないぞ。」
先手を打たれて、伊織は口をぱくぱくと開閉させる。伊織に出来ることは限られているし、伊織の出来る事ではヴィルフリートには物足りないだろうことは想像に容易い。
(キスくらいなら…もうしたし、いいかな…?)
「…まだ、キスだけじゃ…ダメ?」
「…イオリは分かっておらぬな。」
それだけ言うとヴィルフリートが伊織の唇に噛み付く様に自分の唇を合わせる。深く長い口付けに、伊織の顎に飲み込めなかったどちらのものとも言えない唾液が伝う。伊織の身体から力が抜け、手は服を弱く握るだけになっている。顎に伝う唾液を舐め上げられて、伊織が身体を震わせた。
「…ん…ふ…ぅ…」
息苦しさと身体を走る感覚に涙が浮かぶ。伊織はヴィルフリートにふにゃりと凭れ掛かり、肩で呼吸する。
凭れたヴィルフリートの胸からは早くなった鼓動が聴こえる。
「…やはり、生殺しだな。」
ぽつりと呟かれた言葉に目を開けて顔を仰ぎ見れば、苦笑いされた。
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その後何事もなく、冷え切ったお茶を伊織が淹れ直して喋りながらだらだらと過ごした。話の内容は地球の技術などの話で、伊織がほとんど喋って、ヴィルフリートが話に相槌を打ち、たまに質問してくる。
伊織は先程までの淫靡な空気が払拭されてホッとする。ヴィルフリートが伊織に合わせてくれる優しさだろう。
(…本当にこのままでいいのかな…)
伊織はこっちの世界に来てからずっとヴィルフリートにべったりと依存している。それこそ、ヴィルフリートが居なければ生きていけないほどに。そんな不安を抱えながらヴィルフリートを見上げると、伊織を見ていたヴィルフリートに、目元に口付けられた。
「…イオリにこれを返しておこう。」
伊織の手に母から渡された紫水晶のブレスレットが置かれる。伊織が驚いて凝視していると、ヴィルフリートが伊織を緩く抱き締めた。
「…この魔道具はイオリの魔力でしか作動しない。転移と防護結界、形状変化の能力が備わっている。他の能力は未確認だが、イオリに害がある物ではないだろう。」
ヴィルフリートが調べた内容を説明してくれる。だが、ヴィルフリートの声は何処と無く切羽詰まった様に感じられた。
「…ありがとう。一応形見だから、嬉しい。」
イオリがヴィルフリートを見てお礼を告げる。ヴィルフリートの顔は無表情で、少しだけ腕に力が入った。
「大丈夫。僕はちゃんとヴィルさんの傍にいるから。」
ヴィルフリートの身体に甘える様に擦り寄る。少なくとも依存しているのは伊織だけでは無い様で安堵する。
(もう…離れられない…)
伊織は瞳を閉じて、身の内に巣食う理解できない感情を無視した。
そろそろ内容がやばい気がして来ました。
なろう撤退してムーンに上げ直すか悩み中です。