もどかしい。
アンケート回答ありがとうございました。
本編の中に番外として書きたいと思います(。-艸-。)
「何を今更。」
アーデルハイトが憮然とした声で自問自答する伊織を鼻で笑った。
「女は何とも思ってない男に触られてもときめかないモノなんですのよ。」
アーデルハイトに鼻で笑われて凹んでいる伊織に、思いの外優しい言葉を掛けてくれる。アーデルハイトを見ると意味深に微笑んでいる。
(…なんでだろ、悪役に見える…)
「それに、あの女狐よりは貴女の方がマシですわ。」
「…女狐?」
アーデルハイトの言った言葉が引っ掛かり、問い返す。アーデルハイトは眉を顰めて嫌そうな顔で扇子で口元を隠す。
「そう、忌々しいエディト・リーネル。娼婦の様なけばけばしい化粧と格好で陛下に纏わりついておりましたのよ。」
アーデルハイトが鼻息荒く捲し立てる。伊織は聞いたことのある姓に首を傾げた。
「リーネルって、辺境伯の?」
「そうですわ。歳は確か、私より一つ上だったかしら。顔はまぁ美人ですわね。性格の悪さが顔に滲み出ておりますけど。」
アーデルハイトは紅茶を飲んで気を落ち着かせ、焼き菓子に手を伸ばしつつ伊織をちらっと見た。
「…貴女よりは贅肉が目立つかしらね。ちゃんと食べておりますの?」
「んー、魔力量の割には少ないってヴィルさんに言われたけど、結構食べてるよ」
さり気なく逸らされた話に、伊織は苦笑いして答えた。アーデルハイトはもうこの話をする心算がないらしく、伊織と視線を合わさない。
「でもハイジ、いったいいつ婚約したの?」
「言いましたでしょう?ついこの間ですわ。以前から求婚されておりましたの。」
伊織はお茶を飲みながら仕方なく話題を変えて問い掛ける。アーデルハイトがフフッと嬉しげに笑い、左薬指に嵌る指輪を伊織に見せる。
「あ、こっちでも指輪なんだ。綺麗な青い石だね。自分の魔力の色をプレゼントするんだっけ?」
「そうですわ。私の魔力で貴方を護るって意味があるんですのよ。彼、財務部で働いておりますの。エリートですのよ」
幸せそうな顔で言うアーデルハイトを見て伊織は微笑んで頷いた。アーデルハイトはヴィルフリートを思い浮かべる時と違った顔でうっとりと頬を染めている。
「彼、公爵家の三男なのだけれど、私の為に以前貴族が粛清された時に裏帳簿を暴いて手柄を立てて、爵位を得て下さいましたのよ。私、それで彼と婚約する事にいたしましたの。」
「公爵家なんだ。でもハイジの為に爵位まで取るってすごいね。」
「そうでしょう?愛ですわよね!」
アーデルハイトはうっとりと頬を染めたまま胸の前で手を組んで目を閉じている。完全に恋する乙女の様子に伊織は驚く。
「その彼は何て名前なの?」
「あら、コルネリウス・ディーゲルマンですわよ。それがどうかしまして?」
伊織がやっぱり、とくすくす笑う。アーデルハイトはきょとんと首を傾げて瞬きしている。伊織は悪戯っぽく笑う。
「じゃあハイジは、僕の義姉になるんだね。これからもよろしくね」
「?…何を言ってますの?」
アーデルハイトが伊織の顔を見て、眉間に皺を寄せて訝しげに視線を寄越す。伊織は笑いながら焼き菓子に手を伸ばす。
「僕ね、ディーゲルマン家の養女なんだ。だからアーデルハイトは僕の義姉になるって訳。」
「…聞いてませんわよ。」
「だって僕もさっき知ったし。」
伊織がアーデルハイトをからかい、悪戯が成功したとばかりにくすくす笑った。アーデルハイトは急に立ち上がった。怒らせてしまったのかと伊織が不安に思い見上げる。
「帰りますわ。…別に怒ってませんわよ。気分はよくないけれど、私も貴女をからかいましたもの。それより私、今日は彼と出掛ける予定があるから城に迎えに来ましたの。あ、貴女とのお茶はついでで、最近会ってなかったからとかじゃなく、早く来過ぎただけですのよ!」
アーデルハイトが早口で捲し立てる様に言って、着た時と同じように扉を勢いよく開いて出て行った。
(やっぱりツンデレ…)
「…いつもながら、嵐の様な方ですわねぇ。」
フランツィスカがしみじみと呟いた。伊織は苦笑いして残りのお茶を飲み干す。アーデルハイトが帰った事で気を紛らわすものがなくなり、伊織の頭に浮かぶのはヴィルフリートの事ばかりになる。伊織は知らず知らず溜め息をついて、ソファに凭れこんでクッションを抱え込む。
「…僕は、どうすればいいのかな…」
伊織の呟いた言葉はクッションに吸い込まれて、誰にも聞こえていなかった。
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「どうした、先程から溜め息ばかりではないか。食事はうまくなかったか?」
伊織は返事をせず、何度目かわからない溜め息を吐いた。ヴィルフリートは眉を寄せて伊織を窺う。伊織はヴィルフリートの視線にも気が付かずに心ここに有らずといった様子でぼーっとしている。
「イオリ…イオリ!」
ヴィルフリートの自分を呼ぶ大きな声にハッと気が付いてヴィルフリートを見た。ヴィルフリートが心なしか心配そうな視線を向けてくる。伊織は顔を赤くして視線を逸らし、また溜め息を吐く。ヴィルフリートが幾分か苛々とテーブルを指で叩いた。
「…どうした、余に何か言いたい事があるのなら、言えば良かろう」
「…そうじゃないんだ、気にしないで。」
伊織がまた出そうになった溜め息を噛み殺して、ヴィルフリートに手を振る。結局いつも楽しみにしている食事もデザートもほとんど覚えてない内に食べ終わってしまった。もちろん味も覚えてない。
ヴィルフリートが立ち上がるが、伊織はそれにも気付かずに茫然としている。ヴィルフリートは溜め息を吐き、伊織の額に手を当てた。伊織は頬を染めて慌てたようにヴィルフリートを見返す。
「…熱はない様だが。」
「ほんとに何にもないの。ごめんね。」
伊織の言う言葉を真に受けずにヴィルフリートは伊織を抱き上げ、私室に向かって歩き出す。ヴィルフリートの突然の行動に伊織は驚きの声を上げてしがみ付き、密着する身体に今度は暴れて降りようとする。
「暴れるでない。落とされたいのか?」
ヴィルフリートが脅す様に低い声を出したのを聞き、ビクリと震えておとなしくしがみ付く。
ヴィルフリートは伊織の部屋を通過して、自分の私室に入る。伊織が降ろす様に腕を叩くが、無視して奥の部屋のベッドの上に降ろした。
ヴィルフリートが伊織に乗り上がり、顔の横に手を付きそのまま顔を近づけた。
「イオリ、余は待つ事を了承しておらぬ。だが、イオリが余だけを見るなら待ってやろうとした。それがどうだ、余を目の前にしても余所事ばかりだ。」
ヴィルフリートが無表情に伊織をまっすぐ見下ろしている。伊織は胸の前でぎゅっと手を握り、視線を彷徨わせた。
「今も。如何して余を見ない!」
顔の横に付いた手を苛立たし気に振り上げて叩き下ろす。ベッドのスプリングが弾んで、伊織の身体が跳ねた。伊織は恐る恐るヴィルフリートを見詰めて首を振った。
「ち、ちが…違う。余所事じゃ無くってヴィルさんの事しか、考えてない…!」
ヴィルフリートを怒らせた恐怖と不安で涙が浮かぶ。伊織は震える声で必死に言葉を口に出した。
「…だって。意識しちゃって…ハイジは僕がヴィルさんに触れられても嫌じゃないのは、ヴィルさんの事が好きだからだって言うし。僕、自分の気持ちなのに自分でわかんなくって…」
伊織は目を固く瞑って、赤面しつつ一息に言い切る。
暫く目を閉じてじっとしていたが、いつまで経ってもヴィルフリートの反応がない。伊織はそろそろと目を開ける。が、ヴィルフリートを見る前にその本人によって視界を塞がれた。
「イオリはどういう言動が男の劣情を煽るか、わかっておるのか?」
(…れつじょう…?)
伊織は視界を塞がれたまま首を傾げる。ヴィルフリートの言葉は度々わからないことがある。
「イオリが他の男と寝台に上がる様なら、その男を目の前で斬り捨ててやろう」
ヴィルフリートが目を塞いだまま唇が触れそうな位置で囁いた。伊織の唇にヴィルフリートの吐息が掛かる。
「…僕にこんな事するの、ヴィルさんだけ「もう黙るが良い」
言葉を遮られ、そのまま口も塞がれる。伊織はヴィルフリートの服を握り、腕に力を入れて弱々しく抵抗するが、口付けは深くなるばかりで伊織の呼吸はどんどん乱れた。
伊織が酸欠になりかけた頃に唇は離れ、目を覆っていた手も離れた。そのままヴィルフリートは伊織の上から身体を起こす。伊織は荒く呼吸しながらうっすらと目を開け、潤んだ瞳でヴィルフリートを見た。
伊織は自分の唇がいつもよりも腫れぼったい気がして、唇に触れる。
「…悪かった。」
「な…なん、で謝るの…」
謝られて頭がカッとする。ヴィルフリートが伊織にキスした事を後悔したのかと、哀しくなってヴィルフリートに背を向ける様にうつ伏せになった。潰れた胸が先程まで呼吸が乱れていた事もあり、わずかに苦しい。
ヴィルフリートが手を伸ばして頭を撫でた。
「…余にはイオリの思いが分からぬのだ。イオリが元の世界に帰ると思うと気が気でない。」
「…帰り方なんて、分かんないよ…」
(それに…家族より先にヴィルさんが思い浮かぶもん…)
伊織がうつ伏せから起き上がってベッドにぺたりと座った。ヴィルフリートにはまだ背を向けたままだ。思い切って振り返り、ヴィルフリートを睨む。迫力などなく顔は真っ赤だが。
「ヴィルさん、反省してるなら僕の気持ちがはっきりするまでこう言うこと禁止!」
「…添い寝もか?」
「添い寝も!」
ヴィルフリートが溜め息を吐いて仕方ないとばかりに渋々頷いた。伊織はホッとすると同時に微かな淋しさを感じる。淋しさに目を瞑って、ベッドから降りた。
そういえば、寝室には初めて入った。伊織は気まずさを紛らわせる様にキョロキョロと見渡す。
ベッドは伊織の部屋に置いてあるものより1回りは大きく、5人は優に眠れそうだ。天蓋は付いていない。寝室も基本的な調度品は同じようだ。
「どうかしたか?」
キョロキョロしている伊織にヴィルフリートが声を掛ける。伊織は顔が赤くならない様にヴィルフリートの顔を見ないで首を振った。
「ヴィルさん、僕がヴィルさんの顔を見れないのは恥ずかしいからだから…許してね。」
伊織は言うだけ言って、逃げる様に私室に戻るために小走りで扉に向う。
「走るな。転ぶ。」
背後から声が聞こえた瞬間、体勢を崩ず。ますます恥ずかしくなって今度こそ走って逃げた。後ろからヴィルフリートの笑う声が聞こえた。
どこまで描写していいものか…一応、生々しくならない様に気をつけたつもりですが。
まだちょっと話の進みがイマイチですが、視察から帰ってくるまでを2章にしようと思っております。
明日の昼は更新できるかなぞですが、多分夜は大丈夫?