回避不可能?
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伊織がこちらの世界に来て、早いもので2ヶ月が経過した。
あの年齢騒動からヴィルフリートとの関係は特に変化がある訳でもなく。いや、変化はあったと周囲は認識している。伊織が認めたくないだけで。
「…おはよう、イオリ」
瞼への柔らかい感触と色気を多分に含まれた低く掠れた声が聞こえて、伊織の眠気は一気に醒めた。
(〜っ!毎朝毎朝心臓に悪いって!)
「おはようございます。」
伊織はヴィルフリートを見ない様に極力素っ気なく挨拶して、すぐに身体を離す。ヴィルフリートは離れた身体を追おうとはせずに、肘をついて伊織を見ている。
さっさと起き上がって、アニエッタとフランツィスカを呼んだ。
「ヴィルさん、自分の部屋で寝たら?毎日毎日女性と同衾するものじゃないと思うけど」
この2ヶ月で高位爵の後見人が2人も付いたり、教師が付いて魔法や帝国の文化や歴史を学んだり、淑女としてのマナーも覚えた。
気づいた時には遅く、引き返せないところまで外堀を埋められていた。添い寝もその一つだろう。
伊織にはもう逃げ道はないのだが、無様だと言われようと抵抗を辞めるつもりはなかった。だが相手が皇帝では圧倒的に伊織の分が悪い。
「…もう諦めぬか?」
ヴィルフリートが面白いものを見るように人の悪い笑みで伊織を窺う。伊織は後ろを向いたままふるふると頭を振った。
基本的に伊織は寝室にいる時にヴィルフリートの方を見ない。それはヴィルフリートの色気と、最たる理由は…
「陛下、またそのような格好で寝ておいでですか。」
ヴィルフリートが寝る時に下しか身につけない事にある。最近は伊織が抗議したことによって、2日に1回くらいはシャツを着てくれる様になったが。
ギルベルトがヴィルフリートを窘めてる間にアニエッタとフランツィスカによって衣裳部屋に誘導される。今日はオフホワイトの腰から下にボリュームを持たせた、レースが綺麗なドレスの様だ。
もう伊織も世話をされるのに慣れてしまった。
「今日も完璧ですわね!」
フランツィスカが満足気に頷いて、いつも通り赤い宝石の装飾品を取り付けた。
「もう良いか?」
丁度そこにヴィルフリートが入ってきた。いつも見てるんじゃないかと思う程タイミングがいい。
伊織の姿を顔から足まで眺めて頷き、結われた髪に赤い宝石が付いた飾りを挿した。
「やる。」
「…ありがとうございます」
伊織は鏡で飾りを見ながら、かすかに頬を染めて視線を逸らす。
ヴィルフリートは度々こうして伊織にモノをくれる。それはお菓子であったり、装飾品であったり、時には魔力で枯れなくした花であったり。拒否する訳もいかずついつい受け取ってしまうのだが、さすがに仕立屋を呼んで大量のドレスを作ろうとした時は断った。仕立屋をそのまま帰す訳にもいかず2着作ったが。
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「護衛騎士の試験をする。」
「…は?」
食事の最中にヴィルフリートが唐突に切り出した内容に、思わず素で声が出た。ヴィルフリートは伊織を気にすることもなく食事を続けている。伊織の視線に気付いて顔を上げるが、どうした、という視線を返してきた。
「いつ?どこで?誰の?何のために?」
「本日、騎士修練場でイオリの護衛騎士となる者の実力を見る為。」
ヴィルフリートの簡潔な返答に、伊織は頭痛がするような気がして指の腹で蟀谷を揉んだ。この男は何でも自分で決めてしまう。その内容が伊織の為にしている事だから性質が悪い。
「帝国中から腕の立つ者を募った。既に数名に絞っている。」
帝国中、と聞いて伊織は愕然とする。一体いつそんな募集をしたんだと声を大にして聞きたい。
深い溜め息を吐いて、とりあえず食事を再開した。
「それで?この後一緒に見に行けばいいの?」
「そうだ。」
ヴィルフリートがよくわかった、と満足気に頷いた。
(この2か月間、散々振り回されたし…)
伊織は遠い目をし、視線を戻して伊織の2倍の量はある食事を食べるヴィルフリートを眺める。
この2か月で魔法の習得を始め、魔力を使い始めたからか、伊織の食べる量もだいぶ増えて、今では当初の2倍はぺろりと平らげる。それでも魔力量からしたら少ないらしいが、伊織は美味しいものがたくさん食べれる事に大変喜んだ。
「来週より北部の視察に行く。」
伊織の前にデザートが運ばれ、ヴィルフリートがお茶を飲んでいる時に本日2個目の爆弾が投下される。デザートにフォークを刺して口に運ぼうとしたところで言われ、伊織は首を傾げた。
「いってらっしゃい?」
「何を言っておる。其方もだ。」
「…は?」
器から持ち上げていた果実が皿に戻るようにポロリと落ちる。
「聞いてない!」
「今言ったではないか。」
ヴィルフリートに事無げに返されて、返答に困る。ヴィルフリートの傍若無人さに苛々する。そもそも伊織の行く意味がわからない。
「僕が行っても邪魔になるだけじゃないの?」
伊織は不機嫌さを隠す様子もなくなげやりに尋ねる。ヴィルフリートは伊織の様子に眉を顰める。
「…城の外に出てみたいと言っていたではないか」
伊織はヴィルフリートの言葉にハッとなって、慌てて頭を下げる。
「…ごめんなさい。僕が自分で言ったこと忘れてた…でも、視察とかじゃなくて城下に遊びに行きたいって意味で言ったんだけど…」
「良い。だが、もとより余の居ない城に伊織を置いて行く心算はなかったが。…城下は考えておく。」
しょんぼりしながら言い訳の様に言うと、ヴィルフリートは頷いて言葉を重ねる。伊織はその言葉にまたもムッと眉を寄せた。
「留守番はだめなの?」
「余の居ない城に伊織を残すなど、虎の檻に兎を入れる様なものだ。…残りたいのか?」
ヴィルフリートの鋭い視線と例え話を聞いて伊織はぶんぶんと首を横に振る。自分が一部の貴族によく思われていない事を思い出して僅かに顔色を変えた。ひと月ほど前にヴィルフリートが1日だけ留守にした時は毎日伊織が散歩している中庭に動物の死骸があったし、風の魔法によって手紙が無数に届いた。結局誰がやったのか判らず、犯人は捕まらなかった。動物と手紙は両方、フランツィスカが黒い笑顔で処理していた。
「視察の時に街で遊ぶのは…ダメ?」
伊織は上目遣いに小首を傾げてヴィルフリートを見詰める。あざといがこうすればヴィルフリートが滅多にだめだと言わないことを知っていた。
ヴィルフリートは溜め息を吐き、仕方ないといった風情で頷く。
「ただし、余から離れる事は許さぬ。」
「えーっ!それじゃ遊べないじゃん…」
伊織が不貞腐れて口を尖らすのを見て、ヴィルフリートは再度溜め息を吐いた。
「…忍んで民衆と同じような格好で出掛ければよい。」
「…ヴィルさん目立つ…」
伊織の呟きがヴィルフリートの耳に入り、ヴィルフリートの眉がピクリと動いた。
「…余は出なくても構わぬが。」
(やばっ…。)
「ごめんなさい。」
どうやら気分を害したらしく、ヴィルフリートはそのまま口を閉ざしてしまった。伊織は焦って謝罪するが、視線を合わせてくれない。伊織は仕方なく残ったデザートを食べ終えて、お茶を飲んだ。デザートもお茶も、ぎすぎすした空気の中では全く味がわからなかった。
食堂を出るヴィルフリートについて、騎士修練場に向かう。その間も伊織を見てくれないヴィルフリートに、伊織は泣きそうになって少し先を歩くヴィルフリートの手をギュッと握る。
「…反省したか?」
「うん…ごめんなさい」
ようやく伊織を見たヴィルフリートに安堵して手を握ったまま腕に擦り寄った。なんだかんだでヴィルフリートは伊織に甘い。だから伊織はヴィルフリートの勝手を許すのだが。
「おうおう、仲が良くて結構なこった。」
どうやら修練場に着いたらしい。入口で熊のように大きい男がニヤニヤと笑いながら見ていた。
近衛騎士団長のバルトロメウス・ディーゲルマンだ。
バルトロメウスはブルネットの髪に鳶色の瞳の熊のような体格の男でヴィルフリートの幼馴染らしい。歳はヴィルフリートより5歳年上で、伊織と会うといつも嫁と子供の自慢をしてくるが、誰に対してもしているようだ。
「バルトさん、おはようございます。」
伊織は握っていたヴィルフリートの手を顔を赤くしてパッと離し、男に挨拶した。バルトロメウスが挨拶しながら修練所の扉を開けて中に促した。
中に入ると修練場の真ん中あたりに女性が6名立っていて、胸に手を当てて跪いている。修練場の壁周りには非番らしい騎士が頭を下げて並んでいた。正面に椅子が2脚、台を置いて1段高くした状態で並んでいる。まぁ、それはヴィルフリートがいるから仕方がない。それよりも。
「騎士って女性なの?!」
「言ったであろう、帝国中から募ったと。」
ヴィルフリートの言葉に絶句していると、バルトロメウスが豪快に笑いながら伊織の背中を叩いた。直後にヴィルフリートに捻り上げられている。
「いててててて」
「イオリに触れるな、痴れ者が」
周囲をそっちのけで盛り上がる2人を無視して、伊織は跪く女性達に近付いた。もう少しで女性達にたどり着くというところで、伊織の周囲が焔に囲まれた。
「え…!?」
女性の一人が取り囲む焔の中に入って来て、伊織に剣を向ける。
「我が妹の為、貴女には恨みはないが死んで頂く。」
どうなる伊織ちゃん!?
次回。ヴィルフリートの怒り、伊織のドン引き
待て次回!
というのは冗談です、気にしないでください(笑)
念の為言っておきますが、伊織ちゃんとヴィルフリートさんは一緒に眠っているだけで何もありません(・´з`・)