ストラップ
優子は携帯に付けたストラップを見つめた。
誕生石の、小さなルビーが3個ついてるだけの、シンプルなストラップ。
そのとなりには、小さなくまのストラップがついている。
どこにでもありそうなそれは、しかし優子にとっては大切なものだった。
去年の誕生日に、宏成からもらったものだ。
男のくせに誕生石を知ってるなんて、とか笑いながら散々からかった記憶がある。
とはいえ、心の中では小躍りしていたのも事実で。
それを見るたび、自分は愛されていると、実感が湧く。
物だけの恋愛はダメだというが、やはり手っ取り早く愛情を伝えられて、
同時に自分にも伝わるのは、心のこもったプレゼントなのだ。
手に取れるというのが、大きいのだろう。
宏成の携帯に、どこかで見たようなストラップがついたのは、私の誕生日から三ヶ月後だった。
違うのは宝石の色だけである。これどうしたの、と聞くと、
「お揃いにしようと思って」と、はにかみながらの答えが返ってきた。
そういえば、今月は宏成の誕生日であると思い出して、私は出遅れた気分になった。
相手がしてくれたことと、同じだけのことをしてあげたい。
だから、これは私が買えば美談にまとまったのでは、と思う。
しかし、それを口には出さずに、口惜しさとは別に感じていた喜びを全面に押し出す。
そして、次の日小さな熊のストラップを買ってきた。
熊というよりは、ベアーと言った方がしっくりくる可愛らしいそれを、
誕生石のストラップと同じところにくくりつけた。
無論、宏成のにも、私のにも。
宏成は笑いながらどうしたのと聞く。答えはわかりきってる、そう言いたげに。
あえてそこは追求せずに、「誕生日プレゼント」とだけ答えた。
笑って、顔が近づいて、思わずキスをして、離れて。
笑みは絶やさないまま、そのくまのストラップを向き合わせる。
どちらともなく、このストラップと同じ行動を起こし始めて、
その内宏成の方のくまは私のくまの上に乗って、宏成も私の上に乗っていた。
ベッドには移動せず、そのまま勢いでセックスをした。
それ以来、私たちは気づいたらくまを向かい合わせるようにしている。
なんだか、そっぽを向いていると、その内私たちまでお互いを見なくなってしまいそうで。
絶対ない、と分かっていても、思っていても、ついついそのままにはできずに向かい合わせてしまう。
いわば験担ぎのようなものだ。
今日も、帰ってきて、部屋で、携帯を同じところにおいて、くまを向かい合わせている。
「ね、今度どこか行かない」
二人で作ったハンバーグを食べながら、私は提案を出す。
フォークで身を割るたび、肉汁が溢れ出す。これが手作りの利点だと、思う。
宏成は頷かない。不思議に思って首を傾ける。
「……ごめん、最近仕事が詰まってて……」
「……そう」
仕事ならば仕方ないと、諦める。
ここで少し食い下がれば、彼は了承してくれるだろう。
だが、それでは彼に無理をさせることになってしまう。
その日はそのまま、あまり言葉を交わさずに夕飯を終えた。
その日から、二人が顔を合わせることは激減した。
同じ家に住んでるにも関わらず。
宏成は出張が多くなった。
優子も、日帰りではあるものの遠出は多く、家にたどり着くのは日付が変わる頃だった。
メール一通、それすら送る暇はない。
会話も交わさず、思い出に浸ることもなく、ただただ二人は仕事に没頭した。
優子と宏成は、最寄り駅でばったりと顔を合わせた。
お互いに、驚きの顔を浮かべる。
優子は歩み寄り、やつれた顔に笑みを浮かべた。
「宏ちゃん……久しぶり」
「……久しぶり」
宏成も釣られたように笑う。
何年か前の様に、手を繋いで家までの道を歩いた。
なのに、それは数十分前のことだった筈なのに、なんで、
こんなに冷めてしまっているのだろう。
優子は、顔を暗くしていた。
宏成の鞄から出てきた一枚の写真。
知らない女の人と、仲睦まじそうにしている。
優子は声を荒げることはしなかった。
ただ、あ、と声をあげただけ。
宏成は、その写真を優子の手からひったくり、そのまま風呂に入ってしまった。
風呂場に目をやる。水が床を打つ音が、くぐもって聞こえていた。
きっと、彼が風呂から出てきたら私は、静かに別れを告げる。
いつぞやに、どこかに遊びに行こうか、と言ったときと同じような感じで。
テーブルに置いたままの携帯の、お揃いのストラップに目をやる。
これがあれば離れていても繋がってる、と思っていたのは私だけなのかもしれない。
やはり、物だけで安心してはいけないのかもしれない。
二つのくまは、背きあっていた。
fin