追いかけます
なんとなく書いた短編。
終わり方が不完全燃焼な感じです。
初めてもった弟子はとても優秀だった。
数字の扱いも、国の歴史も、文字の書き取りも、少し習えば全て習得した。師匠として教えた剣も魔法も武術も全て。
それに加え弟子はとても美しかった。
唇はふっくらとしており、白い肌が透ける様に儚さを思わせる。真っ黒な髪は艶やかで軽く解けばさらりと風に舞う。長い睫毛は髪と同じく真っ黒な瞳を際立たせ、吸い込まれそうになるほどに魅力的だ。いつもは無表情な弟子だが、ひとたび微笑めば誰もが見惚れ言葉を無くす。兼ね添えているのは優しさ。転けた子どもの涙は拭いてやるし、お年寄りの荷物持ちを手伝い、最後には優しく微笑んで立ち去る。
今までに弟子に心を奪われた者はどれだけいるのか。尊敬やら親愛の思いを向ける者達は多い。
そんな弟子に嫉妬といった感情を向ける者はいない。
全てにおいて完璧な弟子に嫉妬を向けるなど、考える者は誰1人としていない。
なぜなら弟子は全てに愛されているのだから。
1歩を踏みしめる度に風が喜ぶ様に舞い、花達は歓迎して満開に咲き乱れ、仲間達は率先して守る様に立ちたがる。
人に、動物に、世界に。弟子の存在は無くてはならない世界の欠片の1つのようになっている。
元は薄汚いだけの、愚かで、愚図で、食べ物を求めて底辺を這いずり回っていたただの家畜だったというのに。
身に纏う物などただの汚れた布切れで、今では真っ白の肌は泥で汚れていた。美しい瞳は濁ったただの黒いものでしかなく、髪なんて見れたものですらなかった。子どもにしては肉が足りなさ過ぎる足には、不格好な鉄の鎖が巻き付けられており、その醜い身分の低さが窺える。1歩踏みしめる度に蔑みの目で見られ、花達は汚れを嫌がる様に閉じて行き、仲間は同じ薄汚れた格好のお互いを囮にする子ども達。全てに見捨てられ、生きる意味さえなかった子。
思い出すだけでも笑いが込み上げる。
あの無様な、主にさえ捨てられた奴隷が今では世界になくてはいけないピースの1つだと?
笑わせる。
今のあの子も、あの子の過去も知らずあの子の上辺面に騙されている者達、全員が愚かだ。
そして。
そんなあの子を弟子にし、昔のあの子を嘲笑いながら今のあの子に嫉妬する私は、1番、愚かだ。
あの子が私に偽りのない笑みを向ければ向けるほど、私はその身を嫉妬で焦がす。嫉妬だけでなく、恥ずかしさも込み上げる。師匠でありながら弟子に嫉妬している自分に。
だから、もう笑いかけないでくれ。
別に弟子の幸せを願わない訳じゃない。ただ、これ以上私を傷つけないで欲しい。
その笑みが私を傷付ける。
その言葉がとても怒りを沸騰させる。
もうお前に教える事はないだろう。
なら、私が消えよう。その笑顔から逃れる為に。
だが、まぁ、今まで師匠らしい事をしてやれなかった。だから師匠らしい事は最後ぐらいしておこう。
最後に教えるのは についてだ。
これはわざわざ言う意味もないだろうが、師匠としてはこれがいいだろう。
そして本当の意味に気付くのはまだまだ先だろう。
さて。これで本当に教える事はなくなったな。
では、もう会う事のない事を祈って。
さようならといこうか弟子よ。
お前の幸せを祈っている。
今更かも知れないが、この思いは本当だ。
手紙も残してやれないが、この言葉だけは残しておこう。
お前ならきっと気付く筈だ。
私の部屋の天井裏の小箱。
気付いて欲しくは無いが、可能性のある所に置いておくことにしよう。
ではな。
ぽたり。
綺麗とは言い難い小さな文字でかかれた1文の上に雫が落ちる。手入れをすれば綺麗だろうがさがさの細い指でその言葉の紙を強く握った事で、ぐしゃりと細長い紙が歪む。
ランプの光だけがちかちかと光を放ち、天井裏を明るく照らす。
「……『さようならといこうか弟子よ。お前の幸せを願っている』」
紙に書かれた言葉を何度も読み返す。その声はからからに乾いており、既に言葉にはなっていない。
涙も枯れ果て、少女は血走った目で天井を見つめる。
「…何も言わずにいなくっておきながら、やっと見つけた置き手紙が、これ、ですか」
わなわなと震える少女の表情は長い前髪に隠れて見えない。
「…貴方は私の幸せを祈ると言いつつ、私を不幸せにしたいんですね。私、はっ…私は…貴方と共にある事が出来さえすれば、それで、それでっよかった、のにっ!」
涙がまるで濁流のように流れ、少女は堰を切ったかのように嗚咽も漏らす。
親を失い、餌を求める小鳥の如く。少女はどこかへと消えた師匠を想って泣いた。
そして、少女は…
笑った。
「絶対に見つけます。師匠の望む、私の幸せの為にっ…あは、あははは!きゃふ、きゃははははははっ!くはははは!あっははははっははは、はははは!!」
狂っているようで至って冷静な心で少女は考える。
師匠はいつも無気力だ。それは自分が先に敵を察知したり倒してしまう事からなのだが…少女は気付かない。
だが、やる気を出した師匠は強い。それはもう、才能の塊といわれ、遠回りに人外決定されている少女を赤子の様に扱うくらいには。
そんな師匠が本気で隠れたとなれば…見つけるのは難しい。近づけばなんとなく気配で分かるかも知れないが、本気の師匠が先に自分を察知して遠ざかる可能性の方が高い。ならどうするか。
——……私も気配を隠して、後は出来るだけ近づくのを待ちましょうか。
つまり、運任せ。
自分の気配を隠せば師匠が気付くのが遅れ、通常よりも接近出来ると考えたのだ。
(でも、気配を隠すというのは難しい…。この村で居なくなった事がバレたら師匠が警戒して動きにくくなってしまいます。それだけは避けなければ)
少女は優秀な頭を真剣に動かして笑うのを止める。
真剣味を帯びた瞳には強い信念が見えた。そして、熱い、想いも。
「師匠様。私の粘着的な性格をお忘れなのですか?」
少女は師匠との出会いと、それからの旅を思い出し、苦笑する。今とは全くの別人となった昔の自分に対する苦い思いだ。
「さぁ、師匠様——ノア様。追いかけっこの始まりです」
——一方的な、ですけどね。
少女は清々しくも暗い何かを思わせる笑みを浮かべる。
人間離れした全てにおいて天才の弟子。
そんな弟子が心より尊敬し、慕い、弟子にとっては化け物以上の存在の師匠。
そんな彼らのすれ違いな追いかけっこが始まった。
はい、続きそうで続かない短編でした。
結局何が言いたかったんでしょう。
こんな行き当たりばったりなものを読んで下さってありがとうございました。。。