第八話 誰かと歩く道
太陽が昇り、空の青さが澄んでいく。
昨夜の焚き火は炭となり、灰が風に舞った。
リセルは、灰になった焚火の跡をしばらく見つめてから、静かに立ち上がった。
林の木々の隙間から、朝の陽光が細い線になって降り注いでいる。
身支度を終えたエリシアが、少し離れたところで外套を直していた。
まだ乾ききらない泥の匂いと、夜の冷えが肌に残っていた。
「……これ、返すね」
エリシアが外套を差し出そうとする。
外套を軽く手で押し返し、首を横に振った。
「着てろ。そのほうが楽だろ」
毛皮を肩にかけながら、そう言った。もう売るのは、とっくに諦めていた。
二人は黙ったまま林を抜けた。
淡く光る街道が、朝の風に照らされてのびていた。
その先に、ヴァルト山脈の稜線が、淡い空色に溶けている。
リセルは分けておいた荷袋を取り出すと、エリシアの方に手渡そうとして――
ふと、その手を止めた。
考えるより先に、言葉が滑り落ちていた。
「……なあ、越境しないか」
エリシアが、足を止める。
「え……?」
「ヴェルナに抜ければ、今よりは安全だろ。ラファスの黒聖を……殴っちまったからな。俺も、もうあっちには戻れない。どうせ春になったら、夏前にヴェルナに戻るつもりだった。検問が厳しくなる前に越えるなら今だ」
言いながら、どこか自分でも驚いていた。
こんなふうに、誰かと行動を共にしようなんて――思ってもいなかった。
だが、言葉はもう戻らなかった。
たぶん、もう決まっていたのだ。ずっと前から。
エリシアは一瞬、目を丸くしたが、すぐ目を伏せた。そして、ぽつりと口を開く。
「でも……私、きっとまた迷惑かける」
「……かもな」
リセルは一度だけ頷いて、それきり言葉を続けなかった。
短く吐息をついてから、ぽつりと呟く。
「それでも、ヴェルナに行くなら、一緒に向かえばいいと思ったんだ」
「……」
「違うとこに行く予定なら、ここで別れてもいい」
少しの沈黙のあと、エリシアがゆっくりと首を横に振った。
「行くところなんてない。……帰る場所が、もうないの。ただ、追われないところに行きたい」
「だったら、行き先は同じだな」
エリシアは小さく頷いて、心配そうにリセルを見上げた。
「でも、昨日みたいなことになったら……リセルは、私を助けないで逃げられる?」
苦笑混じりに、リセルは小さく息を吐いた。
「助けてって言ったやつが、今度は助けないでって……ずいぶん勝手だな」
「だって、それは――」
その続きを遮るように、リセルは荷袋をエリシアに手渡した。
「行き先が同じってだけ。それだけだ」
小さく肩をすくめてから、彼は目を細めて言う。
「――一緒に行こう、エリシア」
焚き火の熱が、まだ手の奥に残っていた。
誰かと火を囲んで笑った記憶――あれはもう戻らないと、思っていた。
でも今、目の前の少女が――
あの頃の自分を、どこかで思い出させていた。
エリシアは顔を上げ、荷袋をそっと手に取って微笑んだ。
その瞬間、リセルの中で何かが、確かに変わっていた。
(ほっとけなかった。それだけだ……)
そう思った。けれど、言葉にはならない何かが、胸の奥を吹き抜けた。
雪解けの水音が、足元でかすかに鳴った。
まだ冷たい道の上を、二つの影が、そっと並んでいた。
――この先に、どんな道が続いているのかは、まだ誰にもわからない。




