挿話 少し大きな服
水の冷たい感覚が、まだ肌に残っている。
泉の水で体を洗うと、気分がすっきりした。
矢傷のあたりは痛むが、濡れた髪から落ちた水が首筋を伝い、風に触れてひやりとする感覚は嫌いじゃなかった。
吐いた息が白くほどけていく。
カイネルは気を使ってか、大木に背を預けたまま振り返らない。
借りた布で体を拭き、マルヤが貸してくれた服に袖を通す。
手を止める。
(……でかい)
マルヤは、息子のだから少し大きいと言っていたが。
(ちょっとじゃないだろ、これ)
指先が袖に隠れる。
ひとつ折るが、まだ長い。布が重く、手首にかかる。
「……まぁ、いいか」
裏地に縫い付けられた毛皮が肌に触れる。ざらついた生地だったが、冷えた体にじわりと熱が戻る。
(あったかけりゃ、いいんだ)
リセルは袖をもう一つ折り、襟を引き寄せた。
毛皮が喉元に触れ、風が入り込むのを防いだ。
*
作業小屋の前で、エリシアが誰かと話していた。
小柄な老人だった。背筋は伸びていて、灰茶の瞳がこちらを見て、すぐに外れる。
何かを重ねるような、遠いものを見る目だった。
「あの人は?」
「フェルディエルさん。癒し手をしてるんだって」
去っていく背を、リセルは少しだけ目で追った。
足取りは静かで、土を踏む音もほとんど残らない。
ふと、エリシアがこちらを見る。大きな瞳がわずかに揺れて、好奇心の色を宿した。
じっと見られていると、落ち着かない。
「……何だよ」
リセルは目を逸らし、手の甲で口元を隠した。
エリシアはその顔を覗き込むように近づく。
ふわりと甘い香りがして、顔が少し熱くなる。
「その服……」
少し間を置いてから、言う。
「服に、着られてるみたい」
吹き出す。
「笑うな」
肩が小刻みに揺れている。
声を押し殺しているのに、抑えきれていない。
「ごめん……でも」
こらえきれず、息が漏れる。
「かわいい」
「かわいくない」
後ろで気配が動く。
カイネルとナイラが、顔を見合わせたらしい。押し殺した笑いが、かすかに混じる。
「だよな。俺も、それ思った」
カイネルがこともなげに言った。
ナイラは無表情のままだが、口元をきゅっと引き結んでいる。それが返って不自然で、笑っているのは一目でわかる。
リセルは吐き捨てるように、
「……もういい。マルヤの息子ってやつがでかすぎるんだ」
と、小さく息を吐いた。
横目でちらりと見る。
エリシアが、いたずらっぽく微笑んでいた。
*
その夜、戦士小屋へ向かう途中で視線を感じた。
「なんだよ。もう見慣れたろ」
「うん、あったかそう」
エリシアは袖に触れ、指先で生地をなぞる。粗い布の感触を確かめるように、ゆっくりと。
まだ隠れている指先に目を止め、微笑む。
「……まあな」
「明日はマルヤさんが採寸してくれるって」
「別に」
これは、これで悪くない。
エリシアの目が、さっきと同じだったからだ。
そう思ってしまったことに気づき、リセルは目を逸らした。
襟元を少しだけ引き寄せる。
その先で、ナイラが手で合図している。早く、とでもいうように。
けれどその目元は、少しだけ緩んでいた。




