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【第一幕・完】灯火の誓い〜炎を宿す少年は、名を奪われた少女と雪の大陸を逃げる〜  作者: 水瀬 理音
第四章 風を抱く郷(後編)―旅立ちの理由

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第三十話 灯火は試される

 エリシアは、そっと真似をした。

 前に力を使ったときは、考える余裕もなかった。

 ただ焦って、リセルの体に力を注ぎ込んだだけ。


 でも――それではだめだった。


 今度は、体の奥からにじむ力を、とどめる。

 出しすぎず、絶やさず。逃がさない。

 最初はうまくいかなかった。光がこぼれ、朝霧のように、室内を漂った。


 淡く広がるだけでは、届かない。

 必要なのは、「とどめる」感覚だった。

「力は、注ぎ込めば枯れてしまう。でも灯すように扱えば、長く、安定して使える。流れのままでは、ただの光だ。手の中に形を持たせれば――意志になる。癒しの力にも、そういう強さがあるんだよ」


 何度も挑戦するうちに、コツが見えてきた。

 出す力はほんのわずか。

 それを焚き火の火や小さなランプのように、手の中で形に保とうとする。

 少しずつ、光は手のひらに集まってきた。


 それでも、神経を削るような集中と微調整が必要だった。

 そして――あることに気づく。

  力をとどめようとしたとき、鎖骨の奥が、じんわりと熱を帯びた。窪みに、淡い光が浮かんでいた。

 フェルディエルを見ると、彼の鎖骨にも、同じような光が灯っていた。


「フェルドさん、これ……」

「ああ。エルナの民が力を使うときは、ここから流れてるみたいなんだ。力は体の中心から、この場所を通って、外へ出ていく。そう思うといい。焦らなくていい。身を預けるようにして、自分の中に、小さくてもいい、灯火を灯すんだ」


 エリシアは深呼吸をし、改めて手の中に光を宿そうとした。

 もう、無理に出す必要はない。

 力は注ぐものではなく、そこに「灯す」ものなのだ――。

 そう気づいた、その瞬間だった。


 ──ドン!


 戸を叩く、重く響く音が、静まり返った小屋を揺らした。

「フェルド! 起きてるか? 急患だ。……診てやってくれないか!」

  外から聞こえた声に、フェルディエルとエリシアが同時に顔を上げた。

 奥で話していたガルザが立ち上がり、素早く扉へと向かう。


「ライハンか? どうした? これは、一体……」

 扉を開けた瞬間、ガルザは言葉を失った。

 そこには、ぐったりとした少年を抱えるライハンの姿があった。

 血に濡れた布が肩と脇腹に巻かれ、血が滲んでいる。


「リセル!」

 エリシアが駆け寄り、息を呑んだ。

 顔は青ざめ、目を伏せたリセルの腕が無防備に垂れ下がっている。

「どうして……? 一体、何があったの?」

「……話はあとだ。とにかく、診てくれ。脇腹の傷が深い」


「こっちへ!」

 フェルディエルが小屋の奥を指し、大きな声で指示を飛ばした。

  ガルザがすぐに荷物をどかし、寝台を整える。

「奥の寝台に寝かせなさい。私が――」

 そう言いかけたフェルディエルは、ふと振り返って、エリシアを見た。


「いや。……君が、やってみるかい? エリシア?」

 エリシアはわずかに目を見開いた。

 それでも、はっきりと頷いた。


「やらせてください」

 彼女は膝をつき、そっとリセルの傷に手をかざす。

 その手は小刻みに震えていたが、指先には、確かな意志が宿っていた。

「大丈夫。今度は――倒れない。きっと、治してみせる」


「……やめろ、エリシア……使うなって、言っただろ……?」

 リセルのかすれた声が、苦しげな息とともに漏れた。

 それでも、エリシアは目を逸らさず、まっすぐに言葉を返す。


「こんなときに、何を言ってるの? ぼろぼろなのは、リセルじゃない!」

「でも……」

「大丈夫だよ」

 フェルディエルが柔らかく言った。


 その穏やかな灰茶の瞳が、リセルに向けられていた。

「エリシアは、もう倒れたりしない。君は心配しなくていい。もしうまくいかなかったら、私がついている」

 リセルは浅く息をついたまま、何も言い返さなかった。

 エリシアは静かに深呼吸し、もう一度、両手をリセルの体に近づけた。


(大丈夫。力は注がない。 とどめて、灯す。 形を、保つ――)

 彼女は心の中で何度も繰り返した。

 そうして集中を深めていくうちに、掌に柔らかな光が宿り始めた。

 それは、焚き火のような温かな光。

 燃え上がらず、静かに揺れている。


 光はゆっくりとリセルの傷に降りてゆき、 雲間から射す陽光のように、傷口へ沁みこむ。 脇腹の裂傷が、やがて閉じ始める。

  つづいて、肩の傷へ。

  身体に力が吸われる感覚はなかった。

  ただ、鎖骨のあたりがじんわりと熱を帯び、 掌が焚き火に照らされているかのように、じわりと温かくなる。


  やがて、リセルの顔から苦痛の色がゆっくりと薄れていった。

  彼は浅く息を吐き、ほっとしたように目を閉じた。

「……ほら、大丈夫だったでしょう?」

 エリシアが微笑んだ。指先の震えは、まだ止まっていなかった。

 額に汗がにじむ。それでも、その顔には自信が浮かんでいた。

  

「……もう、倒れないのか?」

「フェルドさんに、教えてもらったの。力の使い方を変えるだけで、こんなに違うなんて……」

 気づけば、バイラが静かに傍らに立っていた。

 そして、ライハンも、ガルザも、フェルディエルも―― 皆胸をなでおろすように、息を吐いた。


「ライハン、一体何があった? 誰が、こんな……」

 ガルザが問いかける。

「……ヴァシュだよ。あいつが、リセルを襲ったんだ」

 ライハンは苦々しく唇を噛んだ。


「……俺が寝入ったのを狙ってやりやがった。あいつ、俺が朝方に一度深く眠る癖があるって、知ってたんだ」

 掌をぎゅっと握る。微かに震えていた。

「俺が、もっと警戒していれば……っ」

 その言葉に空気が凍った。

 誰も、すぐには返す言葉を見つけられなかった。


 ちょうどそのとき、再び戸を叩く音が響く。

「ガルザ、いますか? 交代に行ったら二人がいなくて……何かあったと思って。マルヤが、あんたはここだって」

  がちゃりと戸が開く音。  


 カイネルが勢いよく中に入ってきて、目を丸くした。

「……あれ、みんな? リセル? 怪我してる?」

  バイラはゆっくりと息を吐いた。 その様子を見て、すべてを察したようだった。


「……やれやれ。この子は、悪い風じゃない。そう言ったはずだったのに」

 バイラは目を閉じ、小さく息を吐いた。

 そして、静かに続ける。

「でも、もうそれだけじゃ納得できないやつも出てくる……そう思っていたよ」

  彼女は視線をガルザへ向ける。


「この郷も、もう、これまで通りではいられない。 ――一度、話し合わねばならないね」

 ガルザも神妙に頷いた。

 カイネルは何となく察したのか、それ以上は聞かず、心配そうにリセルへ視線を送っていた。


 リセルは、ゆっくりと身を起こした。

 変わり始めた空気を、肌で感じていた。



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