第二話 凍える声
林道の真ん中に、見るからに面倒なものが転がっていた。
(……なんだよ、ふざけんな)
リセルは心の中で悪態をついた。
妙な予感がして、足が止まった。
昨日まではなかった。確かにいなかった場所に。
近づくにつれて、いよいよそれが人だと確信し、一瞬歩みを止める。
(……誰だ、こんなとこで)
倒れていたのは――少女だった。
人気のない林道に、道の真ん中に、ぽつんと。
まるで誰かに見つけられるのを待っているかのように、無防備な姿で。
この寒さに外套も革靴も身につけず、白地に金の刺繍が入った薄布を纏い、布製の靴を履いている。それも、煤けてところどころ破れている。
薄い衣服から見える腕や足は、遠目からでも赤く腫れているのが分かった。
(……死んでんのか?)
少女はうつ伏せに横たわり、ピクリとも動かない。白みがかった薄金の髪が、額にかかっていた。その色は、このあたりでは見かけない。
二年前に、”あの村”を後にしてからというもの、人には無関心に生きてきた。その代わり、自分も誰の世話にもならない。
――俺は、もう誰とも関わらない。助けないし、一人で生きる。
そう決心している自分の前に突如として現れた、この「助けて下さい」とでも言わんばかりの状況に、思わず舌打ちをしてしまったのだ。
できれば見なかったことにしたかった。
――俺には関係ない。
自分に言い聞かせるように、一度目を閉じ、肩で大きな息をつく。
少女の横を横切ろうとしたそのときだった。
「……助……けて」
リセルが身につける厚手の外套の裾がぐいっと引っ張られた。
反射的に、表情が固まる。
次に向けられるはずの懇願の目を想像し、思わず目を逸らした。
しかし、一向に少女は顔を上げない。うつ伏せのまま、震える手でリセルの裾を掴んでいた。かすかに指先が痙攣している。
(意識は、ないよな? うわごとか?)
無意識で助けを求める震える指先に、リセルの胸の奥で何かが重い石のように沈み込んだ。
まるであの日の自分を見ているようだった。
あの時、自分もこんな風に、雪の上に倒れていた。
それをあいつが助けてくれた。
でも、今は状況が違う。
(俺は、お前みたいに、人を助けられるような人間じゃない)
そう思いながらも、記憶の中の声が降ってくる。
『――大丈夫か? 生きてるか?』
『寝るなよ、死んじまうからな』
炎に揺れる茶色の目が、まっすぐにリセルをのぞき込んでいた。
そのうちに、気を失っているなら助けたって関わることにはならないのでは――と言い訳が浮かぶ。
少し考えてから、彼は少女を仕方なく抱き上げた。
――これは助けるわけじゃない。運ぶだけだ。
「……軽い」
その体の軽さに、思わず息をのんだ。その体は、華奢で骨ばってさえ感じた。
雪のついた前髪を掻き分ける。
陽に透けるような、淡いミルクティー色の髪が、指の間をすり抜けた。
少女の顔は、血色を失い、青ざめていた。苦しそうに閉じられた瞳には、長いまつげがびっしりと生えている。まるで人形のように整った顔立ちだった。
(この辺りで、こんなやつ、見たことないな)
肌は陶器のようにきめ細かく、薄く血の気を失っているのに、どこか透明感があった。その顔に、見覚えはない。なのに――なぜか、目が離せなかった。
改めて見れば、彼女は一切の防寒具を身につけていなかった。
霜焼けになりかかっているのか、服からわずかに覗いた手も脚も痛々しく赤く腫れている。
(なんでこんな格好なんだよ。死にたいのか?)
舌打ちしながらも、リセルは少女を背負った。
宿場町へ向かう道は、まだ雪解けの水をたたえ、ぬかるんでいた。
リセルは、背中の少女の軽すぎる体を支え直し、深く息をついた。
(俺は、何をやってるんだ)
気づけば売るはずだった毛皮を、少女の肩に掛けている。
肩から伝わる少女のかすかな体温を感じながら、リセルは足を進めた。
(宿まで運ぶだけだ。それ以上は関わらない)
背中に伝わる命の温もりに、触れているのが怖かった。




