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灯火の誓い〜もう奪われたくない。ひとりで生きることを選んだ少年は、 雪解けの道で、行き倒れた少女に出会う  作者: 水瀬 理音
第二章 追跡の影

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第十話 検問

 歩き出してしばらくすると、森の木々がまばらになり、視界の奥に、ぽつんと人の気配が現れた。遠くに、低い塀と見張り台のような影がある。


 それが国境を示すものだと、リセルはすぐにわかった。

 越境の通路。――検問所。

 エリシアはまだ何も言わない。

 けれど、その呼吸は少し速くなっていて、緊張が伝わってくる。

 リセル自身も、拳を軽く握っていた。


「……平気だ。ここは、通れる」

 自分に言い聞かせるように、リセルは小さくつぶやいた。

 その言葉に、エリシアはうなずくでもなく、ただ一歩、足を前に出した。

 冬の名残をとどめた風が、二人の間をすり抜けていく。


 リセルとエリシアは、検問所のすぐ手前まで来ていた。時刻は昼前。まばらに人々が行き交う。見張り台の上には兵士の姿。かがり火の煙がゆっくりと立ち上る。

「お前もこれで髪を隠せ。……念のためな」

 リセルは、さっき取り出していた大判の布を手に取った。エリシアが目を瞬かせる。

「え、でもこれ、どうやるの?」

 とりあえずかぶってみるが、その後が分からない。リセルはわずかに息を吐いた。

「じっとしてろ」

 ぎこちない手つきで、布の中に彼女の髪を押し込む。巻く動作は慣れない。何度かやり直した。

「……今、ちょっと旅人っぽく見える?」

「何を今更」

 ほんのり頬を染めながら、布を触るエリシアに、リセルは目をそらした。顔が近かったせいで、少し落ち着かない。

「……よし、行くぞ」

 そっぽを向いて検問所に向き直った。段取りはさっき決めておいた通りだ。


「通行許可証を見せろ」

 前の商人が通行許可証を差し出し、兵士がじっくりと確認している。

「問題ない。通れ」

 馬車の車輪が軋む音が、静寂を切り裂く。次は、リセルたちの番だった。


「そこの二人、顔を見せろ」

 リセルは視線を動かさずに、かすかに気配だけを探った。彼女は、顔を伏せて少し後ろに隠れるようにしている。

「なんだ、ずいぶん若いな。何をしに行く?」

 兵士の声に、エリシアの肩が震えた。

「俺はヴェルナで背運びをしてた。冬のあいだ山を越えて物資を運んでたんだ。仕事が終わって、ラファスの親戚のとこに寄ってた。こいつは俺の妹だ」

 兵士が無言で通行許可証を見つめる。沈黙がやけに長い。冷や汗が背中を伝う。

「通っていい。ただし、雪解けで道が悪い。転ぶなよ」


 リセルは小さく頷き、エリシアの手を引いた。

 二人は、顔を見合わせて微かに笑った。

「言ったろ? この時期は、狙い目なんだ。抜けてしまえば、問題ない」

「よかった……」


 一瞬だけ、風が止まったようだった。


 その刹那、後ろから馬の蹄音が聞こえた。馬から降りた兵士が、検問所の兵士に何かを言っている。

 リセルは息を詰めた。

「おい! さっきの二人! 戻れ!」

 後ろからの怒声に、リセルの胸が強く跳ねる。

「そこの女! 髪を見せろ!」

 一瞬、空気が凍りついた。


 ――見られたら終わる。


「走るぞ!」

 リセルはエリシアの手を強く引いた。同時に、後ろで兵士が走り出す音が聞こえた。その瞬間、突風が吹き抜けた。

「――っ!」

 布がはらりとめくれ、エリシアの髪が風にさらわれる。光を帯びた白金の髪が、陽の光を受けて輝いた。兵士の動きが、一瞬止まる。


「……待て、それは――」

 兵士が息をのむ。目が見開かれた。次の瞬間、叫び声が上がる。

「捕えろ!」

 リセルは考えるより先に動いた。近くに積まれていた荷物の山を、迷いなく蹴りつけた。


 ――バンッ!


 木箱が崩れ、中身の粉袋が破れた。

 白い粉塵が、地面から煙のように舞い上がる。

 視界が白く曇り、喉が焼けるように痛んだ。

「なんだ!?」

「視界が……くそ、むせる!」

 兵士たちが咳き込み、混乱する隙をついて、リセルはエリシアの手を強く引いた。


「行くぞ!」

 エリシアの手を引き、リセルは山へ向かう交易路へと飛び込んだ。

 兵士たちの怒声が響く。

「くそっ、粉が……!」

「荷が崩れた!」


 粉塵の向こうで兵士たちが混乱しているのが分かる。

 リセルは迷わず、裏手の小道へと駆けた。


(――あの道、まだ残ってるはずだ)


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