王と忠臣
その頃、ラファス王城では――
薄明の空に、王城の尖塔が静かに影を落としていた。
謁見の間では、長く伸びた赤い絨毯の上を、ひとりの将校が進み、玉座の前に膝をつく。
「陛下にご報告いたします。聖堂にて昨日、火災および暴動が発生。一時混乱状態に陥り、例の聖女候補が行方不明となりました」
玉座に腰掛けていたのは、レヴィウス・ルヴェルク王だった。
白い指先でひとつ頬杖をついたまま、報告を聞いている。
金髪を後ろに撫でつけた端正な顔立ちは、一見すると優しげな青年王の印象を与える。だが、薄い緑の瞳だけは違った。
若い顔立ちに似合わず、王としての振る舞いをすでに身につけた眼だった。
視線を向ける角度も、言葉を発するまでの間も、すべてが自然に整えられている。
その所作が生む空気が、玉座のまわりに静かに張りついている。
「……続けよ」
「聖堂からの報告によれば、近隣の村で発見し“保護”を試みましたが、少年が〈黒聖〉を殴打によって気絶させ、聖女候補を連れて逃亡したとのことです」
短い沈黙が落ちる。
「少年ひとりに、か」
乾いた声だった。
感情を表には出さない静かな声音。だが、彼を知る者は、その底にある冷たい嘲笑を感じ取った。
レヴィウスは片手を宙に滑らせた。
「もうよい、下がれ。――ヴァルデン将を、ここへ」
やがて扉が開く。一瞬、革が床を踏む硬い気配がして、すぐに消えた。
黒衣の男が、影のように現れた。銀の留め具を留め、風を吸い込んだような外套。足音すら響かせぬ歩み。だが、その存在感は空気を裂くように鋭い。
「お呼びとあらば、すぐに」
歩みを止めると、男は胸に手を置いた。儀礼の言葉も、膝を折る所作もない。
簡素な敬礼だけで用は足りる――それが許される、数少ない男だった。
頭は下げない。視線だけが王へ向く。
周囲の侍従が、わずかに身を引いた。
「行ってもらおう。次期聖女を迎えに。追い詰める必要はない」
レヴィウスの指先が、肘掛けを軽く叩く。
「従わせろ、ヴァルデン。自分で戻るしかないと、そう思わせればいい」
静かながら、苛烈な命令だった。
それを受けたヴァルデンは、ほんの僅か、口元だけで笑った。目は笑っていない。
「この任、拝命いたします。選ばせてやる顔をして、選択肢を奪う……馴染み深いやり方です」
レヴィウスの視線が細くなる。
追い詰めて潰してしまえば、元も子もない。
生かしたまま従わせるほうがずっといい。その方が、扱いやすい。
そのためには――自ら檻に入ってもらうのがよい。
「どうせ行くあてなどない。しばらく彷徨えば、足が止まる。国の外へは出すな」
ヴァルデンがわずかに頷く。
「仰せのままに」
「すぐに検問を強化しろ。――南方、ヴェルナとの国境だ」
レヴィウスの声音は変わらない。だが、その奥にある意思は冷徹そのものだった。
「特徴は“白金の髪の少女”。逃亡時は、一人の少年と行動を共にしていたらしい。少年の容姿や年齢、そして二人の関係性は不明。だが、同伴者がいる。それが厄介だ」
「……同伴者の処遇は?」
ヴァルデンが問う。
レヴィウスはしばし考える素振りを見せたが、やがて静かに告げた。
「抵抗するようならば処せ。現場での判断はお前に任せる。お前は王の剣だ。お前の決定はそのまま私の決定としてよい」
ヴァルデンの唇がわずかに歪む。
「承知しました」
そして、ゆっくりと一礼し、玉座の間を後にする。
その背に向かって、レヴィウスが低く囁くように言葉を継いだ。
「……私の檻は、美しいまま閉じるのが理想だ。棘も、爪も、血も見せずに」
レヴィウスは冷笑した。
彼の“剣”はすでに動き始めていた。張りつめた氷のように、その足音は、見えないまま広がっていく――。
第一章はここで幕となります。
以降は 毎週〈火・金〉更新予定です。
リセルとエリシアの旅路の続き――どうぞ見守ってください。




