8.国の状況
この銀色の髪の青年こそが、ヴァルテルミの王、コルネリウス。学者肌の王で、竜の研究において世界で彼の右に出るものはいない。どの国よりも竜を捕縛し手懐け、人間界を脅かす魔物との戦いを続けている。野心家の若き王である。
「ユリウス・ド・シュタルク。新種を待ちわびていたぞ」
「しばらく戦場に出ていたもので……期待に沿えず、申し訳ありません」
「新種探しの旅にはもう出ないのか?」
「私としましても再びハンターとして旅に出たいのですが、最近は魔物が増えすぎて竜を携えど秘境へ行くのが困難となっておりますゆえ」
「うーむ……悩ましいな、昨今の治安状況は」
コルネリウスは蝶の標本に蓋をしながら、首をかしげる動作をした。
「ここ百年の間に魔物の数が劇的に増えている。かつては人間より数が少なかったのに、最近は何かがおかしい。他国の国境は既に荒らされ、街がいくつか乗っ取られたと聞く」
「国境付近は竜の住処の山が多くあります。私の体感としましては、竜の数が減っていることも魔物増加の一因かと」
「なるほど。魔物がやすやすと山を越えられるようになったのか……」
コルネリウスの肩から、梟が飛び立って行く。
「私としては、もうひとつ気になる動きがある」
「何でしょうか?」
「最近、人間の言葉を操る魔物が続々と現れ、私の元へ報告がされているのだ。これがどういう現象なのかは、私には分からない。しかも先頃辺境任務に就いていたとある将官の報告によると、魔物たちは人間の真似をして、馬や竜に乗り隊列を組んで町に攻めて来たという」
「えっ……」
ユリウスは驚きに目を見開いた。
「……この何年かで、急に魔物の知能が上がったということですか?」
「どうもそういうことらしい。にわかには信じられないしどういう進化を経たのかは分からないが、魔物が随分人間に近くなって来ている」
「……」
「更なる研究が必要だ。武力で追い払うことも大事だが、予算をもう少し魔物研究に回し、彼らが一体どうして奇妙な進化を始めたのか、原因を探らなくてはならない」
その時真っ先にユリウスの頭に思い浮かんだのは、妙に人間らしいあの青い竜のことだった。
「……まさか、な」
「どうしたユリウス。何か原因に心当たりでも?」
「いえ……そんなことになっていたとは驚きです」
「君は世界中の魔物を見て来ただろう。何か奇妙な奴はいなかったか?」
ユリウスは話すべきか悩んだが、
「陛下。今日私は、新種の竜に乗って馳せ参じたのです」
と、近況を話し始めた。
「何。新種の竜だと?」
「はい。不思議なことに、人間の怪我を癒す竜で……」
「ほう?そんな竜が……?」
「私の骨折の傷を治してみせました。人間の言うことをよく聞く賢い竜です。悪い竜ではなさそうなのですが……」
「……」
「竜の新種が捕獲されたのは、二十年ぶりのことです」
コルネリウスとユリウスの視線が、互いの意図を見透かしたように絡まり合った。
「ふむ、賢い竜……一度見てみようか。何か、現状を打開するヒントが隠れているかもしれない」
「新種の竜は、動物庭園の方に繋いであります」
「念のため、衛兵を連れて行こう」
「……はい」
温室周辺に配備されていた衛兵の中から、10人ほどを選んで連れて行く。
男たちは列をなし、動物庭園へと歩き始めた。
エマが待ちぼうけを食って地面に横になっていると、にわかに周辺が騒がしくなった。
(えっ、何だろう……)
エマがゆっくり体を起こすと、遠くから見慣れた姿を発見する。
(あっ、ユリウスだ。おーい!)
グワワワ、と喉の奥から声がした。しかしユリウスの表情は、先程とは違って硬い。
彼の隣には、見知らぬ銀髪の男性がいる。
(人を連れてる……一体誰だろう)
更に奥から、大勢の衛兵がついて来る。それでエマは、こう予想した。
(護衛がいる……きっと、あの銀の髪の人はこの国の偉い人だわ)




