6.お前は竜じゃない
竜たちが何か騒ぎながらエマの周囲を飛び交い始める。ユリウスは叫んだ。
「何事だ!?」
竜騎士たちが叫ぶ。
「何だかこいつら、今朝から落ち着かなくって……!」
「急遽、檻から出して気を紛らわせることにしたんですが……!」
エマは同時に、竜たちの叫び声も聞いていた。
『竜じゃない!』
『竜ならざるもの……』
『お前は竜じゃない!』
エマは言葉で次々に刺されるような衝撃を味わった。
(私が、竜じゃない……?)
竜の方は、エマが元々人間であると知ってるということだろうか。
『ねえ、教えて!』
エマは竜の言葉で叫んだ。
『私は何者なの?竜じゃなかったら、何なの!?』
竜は言葉が通じたことに多少何か考えているようだったが、
『〝変身〟している』
『または……お前は何者かから〝変身〟させられている』
『純粋な竜ではない』
『まがいものの竜だ!』
と叫び続けた。エマは考えをめぐらせる。
(そうなの?だとしたら私は、もしかしたらこの世界で初めから竜ではなく、別の生き物だったってこと?)
この世界に転生してから、実は何かあって記憶を失っているのだろうか。
ユリウスが言う。
「さては、種族の違う竜が来たから縄張り争いのスイッチが入ってしまったのか?」
他の竜騎士たちが口々に叫んだ。
「やっぱりその新入りの竜を警戒している!」
「一旦引き上げろ!」
ユリウスは叫んだ。
「了解!ファームへ引き返す!」
ユリウスは手綱を引くと、エマを牧場の方向へ誘導した。エマの心臓は、まだバクバクと波打っている。
「うーむ。どうしたものか……仕方ない、しばらくうちで飼うとするか」
ユリウスはなだめるように、エマの頭をごしごしと撫でた。
「大丈夫、心配するな。お前は変わった竜だからな。あとのことは、飼い主に任せろ」
(飼い主……)
どうやら引き続き、ユリウスが飼ってくれることになったようだ。
(ユリウスがずっと飼い主になってくれるなら、嬉しいな。さっきの〝竜獄〟は、何だか怖い場所だったもの……)
エマはこの世界の全体像を把握し始めていた。
(この世界は、地球より未知の生物や魔法で溢れてる。そして私はその〝未知〟の生物なんだわ)
それにしても、エマと竜は言葉が通じ合っていた。
一体、この世界のエマは何者なのだろう?
二人はファームへと引き返した。
トマスが心配そうにこちらを見上げている。
エマが地面に降り立つと、トマスが目をすがめて言った。
「ほうら、言わんこっちゃない。竜が一斉にこいつを取り囲んで……思いっきり警戒されてたじゃないですか」
ユリウスは後頭部をボリボリと掻いた。
「そうなのかな……まあとりあえずあっちが無理みたいなんで、こいつはしばらくうちで飼うことにしたよ」
「はあ~。もういっそ加工用の竜にしちまった方がいいんじゃないですかねぇ?何かあったら面倒ですし」
「でも……新種だから、もうちょっと研究……」
「そんなことばかりやってるから、嫁も来ないんですよユリウス様。屋敷の中だって、新種の爬虫類だらけなんですから」
エマも、その情報にはちょっと引いた。
(屋敷の中が爬虫類だらけ……?)
ユリウスは弱々しく反論した。
「陛下が新種の研究を奨励しているので……」
「片付かないんで、全部王宮に送っちまいましょうよ」
「女性は爬虫類の何が嫌なんだろう?あんなに可愛いのに」
どうやらユリウスは無類の爬虫類好きらしい。トマスは顔を歪めてため息を吐いた。
「せっかくエリート竜騎士で男前なのに……そこだけが、玉に瑕ですぜ」
「そうかな?動物好きって長所になり得るはず──」
「話をすり替えるのはよくない傾向です。それこそ欠点から目をそらす時の詭弁というやつですよ。女性どころか私だって、爬虫類は結構苦手ですし」
「……」
ユリウスは項垂れてしまった。ユリウスはこういった使用人とも、ざっくばらんに話す性格のようだ。
ユリウスはエマを檻に入れると、その頭を丁寧に撫でた。
「我が一族は、竜を育ててここまでの家になった。この稼業を手放すわけにはいかんのだ」
「まあそれは私どもも重々承知しております。しかし夢中になり過ぎると、他のことがおろそかになりますゆえ」
「おろそかにはしないよ。な、101号」
エマは人間っぽく何度か頷いた。トマスがどことなく疑いの視線を向けてくる。
「やっぱ変ですって、この竜……」
「変な方が研究のしがいがある。そうだ、こいつは生肉を食べないから焼いて与えてやってくれ」
「やっぱ変……」
エマ自身にも分からないところはあるが、彼女はこうしてひとまず竜の牧場で暮らすことになったのだった。




