44.聖母計画
エマは元気に言った。
「はい!私は外傷専門の病院を開きたいのです!」
ユリウスが天を仰ぐ。
「そっか。そういえば、前にもそんな話をしていたな」
エマは続ける。
「病院を開設し、私の癒しの力で人々を助ければ、こんな不思議な生物の私でもみなさんから無害……または有益な人物であると思っていただけます。その地ならしをしつつ、この世界で第二の人生を始めたいのです。そして皆様から認められた暁には、ユリウスと一緒になって」
ユリウスが慌てて咳払いをする。コルネリウスは笑った。
「ははは。なるほど、つまりその病院は二人の幸せな結婚への足掛かりというわけか」
「はい!ありていにいえばその通りです!」
「おいっ、エマ……!」
「いいんだよ、ユリウス。彼女は私が出来ないことをやってくれた。こちらもそれぐらいのことなら出来るし、やってあげないとな」
エマは天にも昇る気持ちになった。
心の底で願い続けていたことが、別の世界で叶う。
見た目に絶望した日もあったが、今となってはこの体も愛おしい。
「大儀であった。それから、ユリウスも」
「……はっ」
「いつでも私が力になろう。また、頼る日が来るかもしれんからな」
ユリウスの腕の中で、赤子が少しだけ笑う。
エマが覗き込んで言った。
「前の聖女様が追いかけていたこの子にも、王都でお友達を作ってあげないとね」
「……そうだな。都会の方が、刺激になるかもしれない」
「もちろん、ファームにも連れて帰るわ。動物も好きになってくれるといいわね」
「いきなり教育熱心だなエマ。聖女の次は聖母になる気か?」
二人は竜に乗り込む。
「では陛下、また王宮へうかがいます」
「待っている。この次は事業計画を立てようじゃないか」
「はい!」
竜はふわりと浮き上がった。
シュタルク家に入ると、揃っていた使用人がやにわに騒いだ。
「!エマ様、その子は……!?」
「ごめんなさい。この子は、魔王の生まれ変わった姿よ。可愛いから連れて帰って来てしまったの。でも、私がついているから大丈夫。いつでも封印出来るわ」
それを聞いてメイが卒倒した。コック長のダニエルがいつものように助け起こす。
トマスが呆れ顔で近づいてきた。
「まーた、おかしな生物を拾って来ちゃったんですか?」
「すまない。でも、現場では誰もこの子を殺せなくて」
トマスは赤子の顔を覗き込んだ。
「確かに、こんなに可愛かったら殺せませんね。でももし、これが魔王の生存戦略だったらどうするおつもりなんですか?」
「そんな時は、エマがいるから大丈夫だよ。彼女ならまた魔王を封印できる」
「そうでしょうけど、聖女も何歳まで生きるか分からないんですよ?」
エマは言った。
「可能な限り、この子を調べてみたいの。また次にこの世界で何か危機が起きた時のために」
トマスが反論する。
「そうは言っても、巻き込まれる方はたまったもんじゃありませんぜ」
「ならまた、使用人に是非を問いましょう。賛成か反対か……」
そうエマが言うより早く、使用人たちが赤子に群がって来た。
「かわいい~!」
「新生児期は貴重よ。抱っこさせて!」
「次は私よ!」
「いい匂い!」
魔王は次々に女たちに手渡されて行く。そのリレーを眺めつつ、トマスは深く息を吐いた。
「だめだ……全員危機管理がなってねえ」
ユリウスのもとへ、執事のジャンが近づいて来る。
「失礼いたします。急なことで対応出来ず申し訳ありません。乳母の手配はいかがいたしましょう?」
「まず、赤子がかつて魔王であったことを話してから連れて来てくれ。嫌がるようなら無理強いはしない。乳母がつかまらないとしたら、それも魔王の運命だ。その代わり、乳母の給与は弾むと伝えろ」
「かしこまりました」
魔王の今後は、前途多難ではあるけれど。
「ふう……」
エマはようやくひと仕事終えたように、息を吐いた。
その様子を気にしてユリウスが尋ねる。
「疲れた?少し休もうか」
「うん……何か、今日も色々ありすぎたわね」
使用人たちの腕の中で、しばらくは魔王も休息を得られるだろう。
エマは自室に戻ると、うとうととまどろんだ。
自分の体に、新生児の甘い香りがまとわりついている。
(かわいそうな前の聖女様。心痛はいかばかりか……)
エマは目を閉じる。
その目蓋の裏で、かの聖女はにっこりと微笑んでいた。
エマもつられて、ちょっと微笑む。
(そっか。私、助けられたんだ……聖女と、その子を)
ユリウスが魔王を抱いて入って来た。
「エマ……ちょっといい?」
「うーん、何?」
エマが目をこすって起き上がると、ユリウスは微笑んで言った。
「さっき、使用人から尋ねられたんだ。この子の名前はなんですか?って」
エマも、何だか嬉しくなって笑った。
「名前!そうね、早く名前をつけてあげなくちゃ。この国ではどんな名前がいいとされているの?」
「俺も同じことを考えていた。エマの住んでいた場所では、どんな名前がいいのかなって」
エマは紙を取り出した。
「そうだわ。それなら、お互い、よさそうな名前の候補を挙げましょうよ」
「じゃあ、その中で同じ響きの名前にしよう」
「いいわね、そうしましょ」
二人は紙一杯に名前の候補を書き連ねていく。
「ふふふ。まるで本当の夫婦みたい」
「本当の夫婦だよ?手続きがまだっていうだけで。で、いつ結婚する?」
「だから、前にも言ったわ。私が危険人物でないと周囲から判断された時に結婚するの。そうすれば、シュタルク家の名が守られるでしょう?」
「そうかな……俺はとりあえず早い方がいいと思う」
「そう?まずは、王に診療所を作って貰ってからよ。そこで私が実績を積んで、みんなに見慣れてもらってから式をしましょう」
再び沈黙がおとずれる。
「……こんなもんかな」
「私もたくさん書けたわ」
「よし、見せ合おう」
二人の目が、互いのメモを何度も往復する。
「……これか」
「これだわ」
二人の紙に、それぞれ被った名前を見つけた。
「この子の名前は──」




