43.褒美
「私は、この赤子を育てます」
ユリウスは何か言いたそうに口を開いたが、彼女がそう答えると知っていたように、すぐに言葉を飲み込んだ。
エマは続ける。
「この子を元通りの姿にすることが、前の聖女の悲願だったのです。それに──もしまたこの子が禍々しい姿になったとしても、私の力があれば再び魔王を封印出来ます」
コルネリウスは口を挟んだ。
「何かあってからでは遅いと思うが──?」
「おっしゃる通りです。けれど、陛下。あなたはこの子を殺さなかったのではなく、殺せなかったのではないですか?」
「……」
「ですから私にここまで来るよう要請し、この子の未来を私の手に委ねようとしたのには、きっと理由があると思うのです。違いますか?」
ユリウスも、コルネリウスと同じように感じていた。王の一存でさなぎごと魔王を火口に投げられなかった理由。それは──
「陛下。恐らくですが、陛下は幼い頃にご両親を亡くされているのではありませんか?」
コルネリウスは図星だったらしく、黙って頷く。
「ああ。だから、私は幼くして王になったのだ」
「ですから──この魔王と、私と、ユリウスと、陛下には共通点があるのです。それは物心ついてすぐ、親がこの世から去ってしまったという点です」
さなぎの中の赤子は、眠たそうにおおあくびをしている。
三人は深刻な顔でそれを見つめた。
エマは言う。
「陛下は、産まれてすぐ親がいない苦しみを、この子に味合わせたくないのではないですか?でも王なので、魔王を放置するわけにもいかない。だから悩みに悩んで、私を呼んだのではないですか?」
コルネリウスは苦しそうに目を閉じた。
「……聖女様は何でもお見通しってわけか」
「いいえ。あくまでも予想です」
「いや、実際……その通りだ。私はこの子を殺せない。可哀想すぎてな」
エマはユリウスを見上げた。
「ユリウスは、どう?」
ユリウスは少し硬い顔で言う。
「エマがそうしたいなら、協力する。だが……こちらに危害を加えるようなことがあれば、どんなに可哀想だろうが、手にかける覚悟は出来ている」
エマも、覚悟を持って頷いた。
「そうね。じゃあ、育てましょう」
コルネリウスがさなぎを撫でた。
「……今から出すのか?」
「そうですね。既に体の大きさは正産期の赤ちゃん程度ありますし」
前世、産婦人科で働いていたエマにとって、赤子は身近な存在なのだった。
「しかし、どうやって出す?さなぎはかなり硬いぞ」
「普通、虫ならさなぎは内側から割れますが」
「これこそ、聖女の力で何とか出来ないか?」
エマはさなぎを隈なく見た。
聖女の勘のようなものが、ふと脳裏をかすめる。
「これ……ここから割れます」
エマはさなぎのある一点を指さした。
「ここからナイフを入れられます。そう、帝王切開みたいに」
ユリウスが半信半疑で見てみると、確かにそこだけ膜が薄くなっている。
「……ここ?」
「ええ。さあユリウス、私にナイフをちょうだい」
「えっ。今!?」
「そうよ。今すぐに」
エマはユリウスからナイフを受け取ると、ぐいっとさなぎに差し込んだ。強固なゴムのような感触だ。
王や兵士たちの注目が集まる中、エマはさなぎを割って、中から赤ん坊を取り上げる。
その子は大きな声で泣いた。
黒い髪の男の子だ。
エマは慣れた手つきで抱っこし、左右にそっと振った。赤ん坊はしばらく泣いていたが、何かを感じ取るように周囲を見回すと、すうっと寝入ってしまった。
ユリウスがマントで赤ん坊をくるむ。
「これが、魔王……」
小さな命が、今までの騒動はなかったかのように眠りこけている。
「へぇ。なんだろう、かわいいな」
「そりゃ、赤ちゃんですもの」
コルネリウスはさなぎを観察している。
「不思議な生態だ。これは王宮で保管しよう。今後の研究の役に立つかもしれない」
エマはユリウスに尋ねた。
「ねえユリウス。一緒に育ててくれるわよね?」
「もちろん。とにかくまた悪の力にねじ曲げられないように、まっすぐに育てなくちゃな」
「そうね。きっとその子も、そうなりたいはずよ」
コルネリウスが近づいてきた。
「エマよ、ありがとう。ひとまず、最悪の事態は遠ざけられたようだな」
エマは赤子をユリウスに預けると、うやうやしく王の前にひざまずいた。
「はい。陛下もご尽力いただきありがとうございました」
「ところで──褒美の話だが」
エマは、パッと顔を輝かせた。
「はい!」
「何が望みだ?何でも言ってみろ。力になろう」
エマはユリウスと目配せすると、こう言った。
「王都に、土地をいただけないでしょうか」
思わぬ申し出に、コルネリウスは目を見開いた。
「何?……土地だと?」




