42.その胎児
エマは、目を覚ました。
いつの間にかベッドの上で寝かされている。天井を見ると、青い竜の天井画があった。
「ということは、ここはシュタルク家……?」
ベッドから弾けるように身を起こすと、エマはすぐそこにユリウスの姿を見つけた。
彼はソファに体を預け、眠りこけている。
ずっとエマを看病していたらしい。
エマはふらつきながらも立ち上がると、彼の元へ歩いて行った。
「ふふっ。そんなところで寝てたら、風邪を引くわよ、ユリウス」
エマは笑いながらユリウスの頬にキスをする。
すると急に彼の手が伸びて来て、エマを抱きすくめた。
「!」
「起きた……良かった……」
ユリウスが仕掛けた罠だったようだ。エマは顔を赤くしながら、その腕に身を任せた。
「君は三日も寝てたんだよ、エマ。お腹空いてない?」
「……空いてる」
「いきなり食べると危険だから、ちょっとずつ始めよう。ミルク粥からスタートだ」
二人はソファに座り直した。
執事のジャンが、狙いすましたように入って来る。
「お食事の用意が出来ております」
「ちょうど朝だ。今から食事を始めよう」
「かしこまりました」
執事が出て行き、再び二人になった。
「夢を見たの」
とエマは話し出した。
「魔王はさなぎの中で生まれ変わるらしいわ。何になるのかは、教えてくれなかったけど」
「そう……」
「あれから、魔王はどうなった?」
ユリウスは語る。
「例のさなぎは、兵士が見張っている。コルネリウス様はあれを火口に突っ込みたいようだが」
「まあ……そうなっても、仕方ないわね。王様には逆らえないし。でもユリウス」
「なに?」
「さなぎになったら、もう魔王は人間を食べないわ。だからちょっとだけ、火口に突っ込むのは待って貰えないかしら。あの子が──これからどうなるのか見てみたいの」
ユリウスは額を掻きむしった。
「正気か?あんな禍々しい生き物を?」
「でも魔王が次に、何に生まれ変わるか見てみたくない?」
「うーむ……」
「私の夢の内容から考えると多分、魔王は何かの幼体に生まれ変わって出て来ると思う」
「?」
「魔王の母親こそ、例の聖女様だったのよ。だから聖女は私を転生させて、魔王の封印を私に託したの」
ユリウスはじっと感じ入るように考えた。
「ふーん。そういうことだったのか……」
「細かいことはよく分からないけど、聖女は間違った相手の子を産んだらしいわ。だから子どもはモンスターになってしまったけど、私があらためて封印したことで今、さなぎになれた。で……彼は生まれ変わろうとしているの。魔王がどんな生物に生まれ変わるのか、あなたは興味ない?」
ユリウスは言った。
「んー……ちょっと、陛下に進言してみるか」
やはり興味には抗えないらしい。
「ほら、いざとなったら私がまた封印するわ!」
「確かに、まだ王宮に抜け殻はある……でも、エマにまた負担が」
「大丈夫。また三日寝ればいいんでしょう?」
「まあ、そうだけどさ……」
ミルク粥が運ばれて来る。
そのおわんとスプーンは、すぐにユリウスに手渡された。
「?食べるのは私でしょ?」
ユリウスはスプーンで粥をすくうと、エマにそれを突き出した。
「ほら、エマ。あーんって口を開けて」
「!!」
「空腹の人に渡すと一気に食べ過ぎちゃうから。ほら、あーん」
「もうっ、赤ちゃんじゃないんだから……」
と言いつつ、彼がスプーンを手放さないのでエマはしぶしぶ口を開けた。
もぐもぐと咀嚼しつつ、確かに自分で食べると空腹に耐えかねてがっついてしまう気もした。
「いい子だねエマ」
「ちょっと……またペット扱いするのはやめてよね」
幾日かが経過した。
エマとユリウスは竜に乗って、アルバレイズの谷へと向かっていた。
コルネリウスから、魔王の封印されている谷へ来るよう要請が来たのだ。
谷は既に人が払われ、厳戒態勢が敷かれていた。
谷底へ降り立つと、二人は魔王を封印したさなぎへと歩いて行く。
王は二人を見つけると、困惑の表情でこう告げた。
「これを見てくれ。この、さなぎの中を」
例の半透明のさなぎを覗くと、その中ではへその緒がついた赤ん坊がたゆたっていた。
まるで胎内だ。
それは想像以上に神秘的な光景だった。
エマは少し涙ぐむ。
(本当に、生まれ変わったんだ)
全身を炎に焼かれながら、自分を助けてくれる魔物を支配しながら、脱皮しながら、ぐるぐると回り続けるだけだった魔王という生き物が、エマの持つ癒しの魔法によってようやくヒト形となったのだ。
後ろからコルネリウスが声をかける。
「これを、どうしたものかと思ってな」
エマは王を振り返った。
「危険だから、殺そうと最初は思った。だが私も人間のはしくれ、赤ん坊を殺すのは非常に心苦しい。まあ、これも魔王の計算の内なのかもしれないが……」
王自身、この赤子の処遇に困っているところらしい。
「聖女よ。君に、どうするべきか問いたい。この赤子は、どうするべきなんだ?」
ユリウスがエマに視線を落とす。
エマの心は既に決まっていた。
「陛下。私は──」




