41.ママはどこ?
その瞬間。
エマの叫び声を聞きつけ、ランベルトの乗った竜が谷底へ猛スピードで滑り込んで行く。
「ユリウスー!!」
竜の口が、ユリウスのマントの端をくわえる。
ランベルトはユリウスのマントをたぐり寄せると、二人を竜の背に引っ張り上げた。
まさに、間一髪。
「はーっ、はーっ……間に合った」
ランベルトは汗だくになり、曇った眼鏡を外してポケットにしまった。
「うう……いってぇ」
「大丈夫か?ユリウス。エマは無事だ」
ユリウスは腕の中にいるエマを愛おしそうに見つめると、自身のマントにくるんだ。
赤ん坊におくるみをするように。
そしてベルトを使い、失神したエマを手早く竜へ固定する。
ランベルトが尋ねる。
「どうだ?魔王は倒したか?」
「うーん、それが……」
「どうした?」
ユリウスはランベルトに顔を向けた。
「どうもあれは、さなぎになった」
「はあ?さなぎ……って、虫とかの?」
ユリウスは頷いた。
「ああ。エマの癒しの息で脱皮の皮が閉じ──俺たちの見立てでは、そこで皮に閉じ込められて魔王は死ぬという予想だったんだ。しかし、どうやら違った。魔王は閉じ込められたことによって、別の生き物になろうとしている。ランベルトは、羽化する前のさなぎを開いたことはあるか?」
ランベルトは首を横に振った。
「したことないよ、そんなの……」
「そっか。俺は、ある。さなぎの中はどろどろになってしまうんだ。組織の入れ替えのようなことが始まる。そして魔王は今まさに、聖女の力を使ってさなぎになったんだ。あの皮は半透明だから、中が見える。まさに今、魔王はさなぎの中の虫のようになったんだよ」
ランベルトは訝しんだ。
「蛇だの魔物だの虫だの、次から次へとわけわかんない生物だな魔王って」
「聖女も人間であり竜だ。どっちもわけがわからないが──魔王と聖女はどこか、役割を補完し合っているようだな。不思議な関係だ」
空を飛びながら、彼らは王宮を目指す。
エマは再び夢を見ていた。
さなぎの中に、〝何か〟がいる。
〝何か〟がこちらに話しかける。
──ありがとう──
エマはさなぎの中を覗いた。
どろどろの黒い液体が輝き出し、中に美しい文様の羽を形作っている。
中にいるのは、まごうことなき蝶だった。
半透明のさなぎの中で、美しい蝶が皺のある羽を震わせている。
──やっと、眠れる──
それは少年のような声だった。
「あなたが魔王なのね?」
すると。
──ママは?──
突如問いかけられ、エマはびくりとした。
「ママ……?」
──ママは間違った相手と僕を産んだ。だから、僕を殺さなければならなくなった──
聖女伝説の知られざる秘密が暴かれていく予感に、エマは身を固くした。
(間違った?ならばこの魔王は、古事記の冒頭に出て来るヒルコのようなものかしら……)
まるで神話の世界だ。
「そう……あなたは聖女の息子さんだったのね」
──僕にはもうパパもママもいない。ひとりで大きくならなくちゃ──
エマはかつての自分を思い出し、一粒の涙を流した。
聖女はずっとその責任を負って、禍々しい姿に産んでしまった息子を追いかけていたのだ。
しかし最後は息子に食い殺されてしまい、封印が解かれてしまった。
エマは魔王に言った。
「安心して。あなたはさなぎになったの。また別のものに生まれ変わるわ」
──何になるの?──
「分からない。でも、あなたの望むものに」
──僕は、望むものになれるの?──
エマは自分が転生する際に天へ祈った、あの強い気持ちを思い出した。
「なれるわ」
──そっか──
「強く念じて。なりたいものになれる。あなたにはその力があるから」
──強く?──
「そう。強く……」
そう言ってエマがさなぎに手をかざすと、さなぎの皮が輝き始めた。
「あなたは、次は何になりたいの……?」
──僕は、またママの子どもになりたい──
「!」
──ねえ。もし僕が無事に生まれ変われたら、君の──
夢の中で、大きな風が吹き──
エマは、目を覚ました。




