38.聖女護衛の任務
再びノックの音がして、エマは顔を上げた。
ユリウスがやって来る。
「これから、本当に聖女かどうか確認する実験に付き合ってもらう」
エマは立ち上がると、何度も頷いた。
兵士たちに先導され、やって来たのは動物庭園の一角にある、怪我をした動物を保護する治療所だった。
籠の中に、蛇が入れられている。脱皮寸前の蛇だ。
コルネリウスがやって来て、聖女に命令した。
「聖女よ。これに息を吹きかけるんだ」
傷を負った蛇がいる。エマがそこに息を吹きかけると、傷口はきれいに消失した。
ユリウスと王は、互いに見合って頷いた。
「なるほど。この姿でも癒しの魔法を使えるというのは、本当らしいな」
「私も実験したので確かだと思います」
「問題は、どうやって魔王を倒すかだが……」
エマは物怖じせず前のめりに言った。
「魔王の──大蛇の皮を各地から掘り起こして下さい。私はそれがあれば魔力を回復し、魔王を封印することが出来るのです」
ぽかんとするコルネリウスを見て、ユリウスが補足した。
「実は、聖女様は魔王の一部を食べることで魔力を増幅出来るようなのです」
「そんなことが……?」
「常識で考えるとよくは分からないのですが、現実と照らし合わせると──魔王が魔物に脱皮済の皮を隠すように埋めさせているのには、こういった事情もあるからかと」
「ふーむ。今のところ真偽は不明だが、どちらにせよ、皮を探せば魔王の生態や出没ルートも分かるか……」
王は兵士に命じた。
「各地の領主に伝令。国中を隈なく探し、魔王の皮を見つけて来い。一般市民からも情報を集めろ」
「はっ」
「聖女よ、私も協力しよう。魔王を倒した暁には、そなたに褒美を与える」
エマは、ちょっと〝褒美〟という言葉に目を輝かせた。ユリウスはそれを横目に見てから、目をそらして見ないふりをする。
「はい。頑張ります」
エマがそう応えると、ユリウスはすぐさま王の前にひざまずいてこうべを垂れ、こう言った。
「陛下。私に、聖女様の護衛の任を与えて頂けないでしょうか」
コルネリウスはじっとユリウスを見下ろす。
「……ユリウス」
「はい」
「この状況でこんなことを言うものではない、ということは分かっているが──」
王はそう前置きしてから、続けた。
「お前、この聖女の虜になっているだろう。違うか?」
ユリウスは顔を上げられなくなった。エマはちょっと笑ってしまいそうになったが、どうにかこらえる。
「悪いが、顔を見ていれば分かる。竜の時も存分に可愛がっていたな。まあそういうわけで、君が適任だろう」
どうやら要求が認められたようだ。ユリウスはほっとして顔を上げた。
「ありがたき幸せに存じます」
「この短期間でどういった出会いをし、どのような関係を築いたのか──深くは突っ込まないが、気持ちが入っている分だけ強くなれるであろう。聖女も気を許しているようだし、君が適任だ」
コルネリウスは何かを見通すようにそう言って、エマに向き直った。
「ところで、君を聖女と認定するのは魔王を倒してからだ。魔王を倒せず聖女が負けた場合、認められないことになる。とにかく、民を助けるために力を尽くしてくれ」
「かしこまりました」
この突然現れたよく分からない生き物に信頼を寄せてくれるのだから、頑張るしかない。
(魔力を最大まで高める。魔王が脱皮する次のルートに先回りする。魔王に癒しのブレスを吹きかける……)
エマは脳内で魔王退治をシュミレートした。
(これは、私一人の力だけじゃ無理なんだ)
伝説では簡単にしか書かれていなかったが、きっと前の聖女も、エマと同じように人々の協力を得たのだろう。
「ああ、あと……」
コルネリウスが言った。
「以前、牢に入れたデーモンだが、何か新たな夢を見たらしいぞ」
エマはあれ以来、聖女の夢を見ていない。
「どのような夢でしょうか?」
「聞きに行くといい。ユリウス、案内してやれ」
「はっ」
ユリウスはエマを連れ、衛兵に案内されながら地下に潜って行く。
心なしか、かのデーモンはふっくらしていた。
「おっ、聖女じゃん」
彼は牢の中なのに、ふんわりしたソファに座って足を組みながらそう簡単に言った。すぐ隣にある立派なテーブルには使用済み食器が重ねられ、飲みかけのティーカップも置いてある。暴食の跡だ。
「元気そうね。いいもの食べた?」
「ああ。でもこの世界は、醤油がないのが玉に瑕だな!」
彼は、かなり牢獄生活を満喫しているらしい。
「また変わった夢を見たそうね。教えてくれないかしら」
デーモンは爪楊枝を歯にはさみながら言った。
「おう。ちょっと、地図はあるか?」
ユリウスは、兵士を走らせる。すぐに地図が手渡された。
「んーっとね。アルバレイズって地名、ある?」
ユリウスは地図を見るまでもなく答えた。
「ある。そこも渓谷だ」
「夢で招集の声がかかった。魔王は、次はそこに魔物を集めている。実は俺も魔王に操られているのか何なのか知らないが、体がそこに行きたくてしょうがなくなっている」
「本能にうったえかけてくる感じか?」
「まさにそんな感じ。だから、また魔王はそこに皮を埋めるんだと思うぜ」
エマも地図を覗き込んだ。
ギドー渓谷より奥まった場所だ。
「……いつぐらいに魔王が脱皮するか分かる?」
デーモンの代わりに、ユリウスが答えた。
「多分、そこを掘るのは時間がかかると思う。なぜならそこは川の上流。険しい岩場だからだ」
エマとユリウスは顔を見合わせて頷いた。
「まずはここに兵を送り込もう。それから、今までの魔王の動向を参考に、あいつの次の脱皮候補地を探し当てるんだ」




