36.蛇の脱皮
少し暗くなっていく空の上を、エマはユリウスを乗せて飛んで行く。
再びシュタルク家へ降り立つと、エマは進んで檻の中へ入った。
「ごめん、エマ。ここで待っていて」
ユリウスが屋敷へ一旦戻る。ランベルトも竜を降りると、エマの元へ歩いて行った。
「エマ。ちょっといい?」
エマは顔を上げた。
「多分、だけど。魔王が復活したってことは──伝説が今も生きているとするならば、君が癒しの聖女なんだよね?」
エマは頷いた。
「そっか。君にその自覚があるなら、よかった。でも……ユリウスのことを考えたら、なんか……神様って酷いなって思うよ」
エマは二度、頷いた。
「こういうことは言うべきではないって思うけど、あえて言うよ。きっとユリウスは、君がどんな危険な場所に行こうとも、ずっと君といたいって言うだろう。悲しませたら許さないからな」
するとエマは、ふと麦藁の山に隠れた。
「?」
エマの体がどんどんしぼんで行き、女性の体になって行く。ランベルトは慌てて檻の背後に回った。
「……急にしぼむな!」
「……ごめんなさい。私にも変身が解けるのがいつかは、予測できないの。でも」
エマは麦藁の中で微笑んだ。
「ありがとう、ランベルト。ユリウスの親友でいてくれて」
ランベルトはその声を聞きながら少し上を向く。
夜空に、星が出て来た。
しばらくすると遠くから、ドレスを持ってユリウスがやって来る。
「ごめん、なぜかドレスがいっぱい作ってあったから選ぶのに迷った。これでいい?」
「ありがとう」
エマはそれを受け取ると、着替え始めた。ユリウスも檻の後ろに回ると、先客がいる。
「なんだ、ランベルト。まだこんなところにいたのか」
「今日は泊めてもらえる?日も落ちたし」
「そうだな。この困難を前に、話したいことも多い」
エマは着替えて出て来た。
「さあ、行きましょう。お腹が空いたわ」
食後、三人は中庭でランプを灯しながら話し合った。
中庭の温室では、夜行性の爬虫類が動き出している。光る蝶も、水辺で輝き休んでいた。
ランベルトが言う。
「魔王が次にいつ脱皮するか、予測しておくことが重要だ。この前埋めようとしていた皮は、いつ脱皮したものかはわからない。しかし、あのデーモンの話によるとそこまで前の話でもなさそうなんだよな」
ユリウスが言う。
「普通の蛇ならば、成体で1~2か月の内に脱皮するだろう。俺の予測だが──次にまた魔物が動き出した時が脱皮のタイミングだろうと思う。先ほどのデーモンも、他の魔物に指令があるようだと話していた。脱皮の最中なら、一斉攻撃を仕掛けられるかもしれない」
エマが言う。
「相手の出方をうかがわなければ駄目かしら。脱皮してからじゃ遅いような気がするの」
ユリウスとランベルトはエマの方を見た。
「聖女様がそう言うなら、そうなのかな?」
「けど、エマは癒し魔法しか使えない。そもそも、どうやって魔王を倒すっていうんだよ?」
エマは考えた。
「そういえば、夢の中で〝魔王は癒しを求めている〟と」
「追いかけて、ブレスでも浴びせてみるか?」
彼女がじっと考えていると、淡い光の中、一匹の蛇が足元をするすると通り抜けた。
エマは椅子の下を観察する。その蛇は草陰に入ると、そこから動かなくなった。
男性達が話し合っている中、エマは急にそれが気になって立ち上がり、そうっと追いかける。
「?どうした、エマ」
エマは草陰の蛇をじっと観察する。
そこで蛇の脱皮が始まったのだ。男性二人も背後から覗き込んだ。
「タイムリーだな。ここでも脱皮か」
エマは、じっと観察を続ける。
蛇は鼻先から皮がむけ、少し動くたびに半透明の皮を靴下を裏返すかのように脱いで行く。
エマは二人に尋ねた。
「ねえ。蛇って、脱皮しないことはあるのかしら?」
男性二人は困惑したように目配せを交わす。
「そうだなぁ。脱皮しないとしたら、病気の時だな」
「あと、脱皮し切らない時がある。脱皮の皮をそのままにしておくと皮膚が腐って行く恐れがあるので、人間がいる場合には湿らせて皮をむいてやるんだ」
「……そう」
魔王は癒しを求めている。
その癒しとは──
「皮を、そのままにしておく……か」
「どうした?エマ」
エマは立ち上がった。
「ううん、何でもない。まだ魔王に関する情報が必要だわ」
ユリウスが言った。
「俺たちだけじゃ無理だ。まずは陛下に、竜人のエマを聖女として紹介しなければならない。王宮に行って討伐計画を練るんだ」




