34.食への執着
「大蛇の皮、か。例の魔物を見ると、確かに蛇っぽい。あいつの皮かな」
「その皮を埋めるよう、指令が魔物に来ていたという話を魔物がしていた」
「となると、やはりそれはあの燃える大蛇の皮なのだろう。蛇は脱皮中に動きが鈍るから、魔物たちに護衛させていた可能性がある」
「なるほど……そうなるとやはり一度、ギドー渓谷に行く必要があるだろう」
「よしっ。エマ、竜に戻れるか?」
エマは困惑したように首を横に振った。
「無理なの。でも、蛇の皮を食べたら一時的に竜に戻れるわ」
「相変わらず、わけのわかんない生態をしているなぁ……」
ランベルトは半ば呆れながら、自分の飼っている竜の背を叩く。
「こいつは三人までなら乗せられる。行くか」
三人は竜に乗ると、取り急ぎギドー渓谷まで飛んだ。
渓谷では、まだ竜騎士たちがものものしい厳戒態勢を作っていた。
大蛇の皮は洗われ、詰所の軒先に干してあった。半透明で、鱗の模様が見られる。
「おー、あれかぁ」
ランベルトは竜から降りると、いそいそと軒先の皮を確認した。
エマは
(まるで大きい鯉のぼりみたい)
と思う。
「確かに大きいな。普通の蛇の皮ではなさそうだ」
ユリウスが言う。
「そのかけらをエマに食べさせたら、竜になったんだ。魔力を回復させる薬らしいな」
「え!?……お前、恋人に凄いことをするなあ?」
「エマが勝手に食べちゃったんだよ」
「は?エマも、猫じゃないんだから……」
軒先に、竜騎士が出て来る。
「あっ、ユリウス殿。言われた通り、皮をとっておきました」
「ありがとう。持ち帰ってもいいか?」
「いいですよ」
許可が出たので、ユリウスはそれを折りたたんで自らの懐に押し込んだ。
「ところで……あの喋る魔物はどうしましょう?貴重な証言者ではありますが」
ユリウスは言った。
「もう少し話す時間が欲しい。だけど、今後どこで預かってもらえるか分からないんだ」
エマが、おずおずと問う。
「あのう……もしよろしければ、その魔物さん?と話してみたいのですが」
竜騎士が黙って彼女を警戒する。ユリウスは慌てて間に入った。
「待て、彼女は魔物ではない。最近発見された竜人と言う新種だ。彼女は言葉が話せるので、少しばかり、その生態を解き明かすために協力して貰っている。巷では色々おかしなことが起こっている。俺としては彼女を交え、今一度あの魔物と話がしたい」
妖怪エマの分類が判明すると、竜騎士の警戒感も和らいだ。
「そ、そうでしたか。失礼いたしました。奴はまだあの部屋です」
例の部屋に入ると、魔物は縛られたまま食事を匙で与えられているところだった。さながら介護だ。
「あっ。お前は、医者!」
ユリウスが入るなりデーモンはそう言った。
「お?今回は、ほかにも魔物を連れているなあ」
「彼女は魔物ではない。竜人だ」
「俺からすると、どっちにしろ魔物だよ!で?今日は何の用だ」
エマがおずおずと進み出る。
「私の名前は、エマと言います。あのう、あなたのお名前は?」
すると、デーモンはきょとんとした。
「名前?」
「はい。あなたのお名前を……」
「名前……ぐっ」
デーモンは真剣に考える。天井を仰ぎ、悩み出す。その悶絶する様子を見て、部屋には異様な空気が流れた。
「お名前を……思い出せないんですか?」
「……!」
「ユリウスから話を伺うに、あなたは日本から転生して来たようですね」
「……」
「実は、私もなんです」
ぜーはーとデーモンは肩で息をする。
「日本……そこまでは、覚えているのに」
「……」
「なぜだ?自分のことになると思い出せない……」
「もしや、名前を取り上げられてしまいましたか?」
エマの問いに、デーモンは頷いた。
「どうやらそうらしいな。でも、あんたは取り上げられていないみたいだな」
「はい。私の名前は小平エマといいます、父と母がつけてくれた名前です」
ユリウスとラインベルトが囁き合う。
「この世界に同じように転生をして来ても、二人には違いがあるようだ」
「エマは聖女から召喚されたらしい。きっとあのデーモンは違う奴に召喚されたんだ」
エマはデーモンに問う。
「誰に召喚されたか分かりますか?恐らく、夢に出てくると思うのですが……何か見た記憶はありますか?」
デーモンは答えた。
「そういえば、転生した時……火柱だ。俺は火柱に話し掛けられたんだ」
予想は的中した。
「あなたを召喚したのは、恐らく魔王よ」
「はあ?魔王?」
このデーモンはずっとこの小屋に閉じ込められているので、魔王の本当の姿を知らない。
「何て話し掛けられたの?」
「確か〝人魂を寄越せ〟〝人を集めろ〟と」
「……!」
「凄くヒトに執着している感じだったよ。俺はこんな姿だから、関係ないと思ったけどね」
やはり、魔王は人を食べるのだ。
だからエマは食べられないためにも、聖女の力でこの姿に転生させられたといえるだろう。
ユリウスは深刻な表情でエマに告げた。
「人を避難させる必要がある。王宮まで行き、陛下にこの話を報告しなければならない」
デーモンは言った。
「へーい。行ってらっしゃい」
「いや待て。お前も来るんだよ」
「……!?」
「名前を取り戻したいとは思わないか、魔物よ」
デーモンは何やらじっくり考えた。
「別に……」
そこでユリウスは話を変えた。
「王宮なら、もっといいものが食えるぞ」
「え?本当に?なら行く!」
エマは話が進んでほっと胸を撫で下ろした。
魔物とはいえ、さすがは元日本人。食への執着が尋常ではなかったようだ。
「では、気が変わらない内に行きましょう。魔王が本格的に暴れ出さない内に……」




