31.聖女の真実
竜になったエマは大人しく檻の中に入った。
「……今日は、コース料理は食べられないな」
と、ユリウスが苦笑いでひとりごつ。エマは不貞腐れたように麦藁の上に丸まった。
「ここに服、置いておくよ。あと……黒板も」
エマは、それを聞くや顔を上げた。
チョークを持って字を書こうとするが、竜の爪は非常にチョークを持ちにくい。
(ここは、改良の余地ありね)
エマは何とか爪先でチョークを持つと、黒板にこう書いた。
〝へびのかわよくきく〟
ユリウスはそれを見て笑う。
「本当だな。やはり、あいつらが大蛇の抜け殻を隠していたのには、わけがあったんだ」
〝なにそれ?〟
「言ってなかったか。ギドー渓谷で、魔物たちが大蛇の抜け殻を埋めて隠そうとしてたんだよ。あれはきっと、魔物にとって貴重品だったんだ」
〝いいおくすりなのかな〟
「多分ね。まだまだ俺たちは、魔物について研究が足りないみたいだ」
エマは何だか元気がない。その様子を見て、ユリウスは彼女の頭を撫でた。
「竜に戻る方法が見つかって良かった。これでしばらくは、魔物の襲撃に耐えられる。竜は強いからな」
「……」
「心配しなくていいよ。どんな姿でも、俺はエマが好きだから」
エマはほろりと涙を流した。心と体がついて行かないという状況は、どんな形であれ苦痛なのだ。
「今度は、ヒト型のエマに戻る法則を見つけたいな。まだ、本当に疲労が原因でヒト型になったのかの確認が取れていないし……」
エマは頷いた。
(今は、ユリウスを信じるしかない……か)
エマも、もっと勉強したくなった。とにかく、文字をスラスラ読めるようになりたい。
「おやすみ、エマ。また明日来るよ」
エマは月明かりの中、言葉も出せず好きな人の背中を見送った。
寂しさはあるけれどやはり竜の体は頑丈なので、魔物数匹ごときには怯えずに済む。
(竜の皮って、強いのね。そりゃ鎧にもなるわよね……)
エマはうとうとと、深い眠りに落ちて行った──
エマは夢を見た。
真っ黒な空間がある。
竜になったエマの目の前に、赤い炎が噴き出していた。
そこに近づいて行くと、懐かしい声がした。
──エマ──
エマはきょろきょろと辺りを見回す。
──魔王を倒せるのは、あなただけ──
「は?魔王を、倒す……?」
エマがそう呟くと、目の前の炎が姿を変え、火柱となった。
「わっ!」
エマは腰を抜かした。火柱はとぐろを巻いて、エマに襲い掛かる。
「助けて、誰か……!」
──かつての私のように──
そこでエマは、我に返った。
「あっ。まさかあなたは……この国を作ったとされる聖女様?」
いつもの声は、小さく震えた。
──聖女?いいえ、私は竜人──
エマの目から、自然と涙がこぼれた。
「竜人?この体は、そういう種族なの?」
──竜人とは、古に滅んだ種族。竜と人とが愛し合って生まれた、人を癒やす種族なのです──
火柱が輪になり、エマの周囲を取り囲む。
──竜人だけが魔王を倒せます。あなただけが頼りです──
「私だけが……そうか。だから……」
エマは絵本の聖女が青い髪をしていることを思い出した。
「ねえ、竜に戻るにはどうしたらいいの?」
エマが問うと、竜人は言った。
──あなたが竜人であることを悟られぬよう、私の魔法で竜にしていました。この魔法はエマの魔力と連動しています。魔力が増えれば竜に、半分以下になると竜人に戻ります──
事件と事件の辻褄が合って行く。
エマが魔物に襲撃されたのも、魔力を切らしてしまったからなのだろう。
(ということは、魔王や魔物はもう私のことを知っている……)
途端に、エマの背中がぞくりと粟立った。
(居場所も姿も、何もかもを知られている。ということは……)
エマは取り囲んで来る炎を睨んだ。
(私が今からこの世界で平和に暮らすためには──魔物を、魔王を……私が倒すしかない)
「ねえ、どうやって魔王を倒すの?方法を教えて!」
竜人の声が告げる。
──魔王を癒しなさい──
「はあ!?」
──魔王は眠りを求めている……──
「意味わかんないっ」
──ひとりでは無理です、協力者を募りなさい──
「だ、誰を?」
すると、その時だった。
火柱が、黒い空間の天井に何度もぶつかる音がする。
そこにいたのは──
エマと同じ、青い色の肌の、青い髪を持った少女。
その少女の喉元へ、火柱が噛みつく。
そして、食い破る。
血が、エマに降り注いだ。
「きゃあああああああ!」
──あの少女は、私──
エマはばたんと仰向けに倒れる。
「うう……あれが……聖女様?」
──私の力では、もう……──
「そっか。聖女様、ずっとここで魔王と戦っていたんだね」
──……──
「次は私の番なのね?」
──ごめんなさい。あなたのような自己犠牲を厭わない清らかな魂が、どうしてもこの世界に必要だったの……私、この世界を救いたい……だから、あなたの魂を召喚したの。本当にごめんなさい──
エマは首を横に振った。
「私、この世界を好きになったから……やってみるよ」
夢の中で喉を食い破られている少女は、微かに笑った。
──ありがとう──
黒い空間は、一気に霧が晴れたかのように白くなった。
そこには、血も、涙も残ってはいない。
長い長い火柱は天高く昇り、少女が塞いでいた空間の裂け目を通って、外へ出て行った。
「……あいつが、あの長いものが、魔王……」
魔王とはまるで、炎をまとった蛇のようだった。




