30.愛してるよ、エマ
ユリウスは途端に緊張の面持ちになる。
「何か……本当にごめん。俺、おかしなことばかりしてて」
彼はそう言ってひと呼吸置くと、エマの目を真っすぐ見つめて言った。
「愛してるよ、エマ」
エマはそれで、ようやくほろりと涙を流した。
「私も、ユリウスを愛しています」
ようやく言えた、とエマも思う。
そのまま見つめ合っていると、静けさがおとずれ、ユリウスの顔が近づいて来る──
エマは微笑むと、迫るユリウスの口元を手で押さえた。
「……?」
「待って。展開が早すぎない?初めてのキスはまだ取っておきましょう」
一番大事な儀式は後回しにされた。ユリウスはちょっとがっかりしている。
「で……どうやって周りを説得しよっか?」
二人はソファに座り直すと、さっきより距離を詰めて話し合った。
「もっとみんなにエマのことを知ってもらう必要がある。まずはこの屋敷のみんな、最終的には王宮での社交界で」
「社交界に妖怪が出て行くのは、いくら何でもハードルが高いと思うけど」
「そうかなあ?エマはきれいだし、かわいいよ」
「そう思ってるの、多分この異世界であなただけだよ……?」
ユリウスは頬を膨らませた。
「じゃあ、あれだ。人の役に立つ路線はどう?病院を開設するとか」
「そんなことできるの?面白そう」
「みんな、自分にも利益がある人物のことは、悪くは言わないものだよ」
「うーん……確かに。でもこの計画だと、かなりの時間がかかりそうね」
二人が、今後について話し合っている時だった。
ドアがノックされ、二人は息を合わせたようにパっと散って距離を取った。
「いいぞ、入ってくれ」
扉の向こうから現れたのは、メリヤスとクロッシェだった。
「お帰りなさいませ~」
「ご無事で何よりです~」
「ところで……エマ様の、ドレス制作の続きを行いたいのですが……」
エマとユリウスは顔を見合わせた。
「……そうか。そういえば、そんなことを……」
「男性服ばかり作っていたので、女性服を作りたくってしょうがなくて~」
「もう型紙は出来ているので、作り放題ですよ~」
ユリウスは立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと部屋を出てるよ。書庫の書棚がひっくり返っているそうで、修繕しなければならない」
「そう。行ってらっしゃい」
扉が閉められた。
ユリウスは書庫に入ると、力が抜けたように項垂れた。
「はぁ……緊張した……」
愛を告白するのも、女を口説いたのも、人生で初めてのことである。
(嫌がられるかもしれないと思ったけど、受け入れてくれた。よかった……)
エマの微笑みを思い出すたびに、彼のにやけ顔が止まらない。
(ああいう言葉って、その時が来れば案外スラスラと口から出て来るもんなんだな。我ながらびっくりした……)
「おっと。思い出に浸っている場合じゃない。仕事仕事……」
ユリウスは地道に本を拾い集めながら、エマの傷を思い浮かべた。
(早く治してあげないとな)
足元に、開いた状態の本が落ちている。拾い上げようとして、ユリウスは思わずその絵に見入った。
「あっ」
そのページには、何やら見覚えのある物体が載っている。
蛇の皮だ。
「持って帰って来たんだった。すっかり忘れてた……」
ユリウスはふと、ギドー渓谷から掘り出された大蛇の皮を思い出した。
「あの皮……エマに食べさせたら竜に戻らないかな?」
その本には蛇退皮とある。古くからある魔力回復の薬の一種だ。蛇自体も滋養強壮に効くものだが、蛇の抜け殻も薬効があるとされていた。
「あの大きな蛇の皮、貰えないかな……」
ユリウスはポケットをまさぐった。例の皮のかけらが入っている。それから、竜の鱗も。
それを手に取り出して眺める。
「魔物が大事に埋めていたというから、きっとお宝なんだ」
一方、竜の鱗は旅のお守りになるとされている。
「これも効いた……のかな」
試しに、この皮をエマに飲ませてみてもいいのかもしれない。
ユリウスは書棚を片付けようと思ったのに、気づけばすっかり読書に耽ってしまっていた。
夕陽が差し込んで来たのに気づき、彼はハッと顔を上げる。
「いけない。本に没頭し過ぎた……」
だが。
(いいんだよ。好きな人のためだから)
そう思い直し、ユリウスはその本を棚に戻して書庫を出る。
戻って来たユリウスを見ると、エマは喜びの笑顔を見せた。
「おかえり。書庫は片付いた?」
「えーっと……」
ユリウスはポケットから蛇の皮を出して見せる。
「?何これ」
「これは蛇の抜け殻、蛇退皮だよ。主に竜が、魔力回復の薬として内服するものだ」
「へー、これが?」
エマの手に皮が乗せられると、彼女はにっこり笑ってそれを即、口に入れた。
「!ちょっ……エマ!」
「大丈夫。私、好き嫌いしないから」
「そういう問題じゃないっ」
「?」
エマが首をかしげた、その時だった。
エマに、大きな尻尾が生えた。
「!?」
次に、足がむくむくと大きくなる。
「エマ……!」
ユリウスが、慌ててエマに飛びつく。
「部屋の中は危険だ!早く外に出ないと……!」
エマは彼に担ぎ上げられて、大急ぎで外へと出された。
ユリウスの腕の中で、エマに牙が生え、どんどん大きくなる──
耐え切れなくなって、ユリウスはエマを降ろす。
気づけば彼女の体は、すっかり竜に戻っていた。




