27.もうひとりの転生者
デーモンの話はやはり、どこかで聞き覚えがあるものだった。
(もしやこいつも、エマと同じ状況なのか……?)
別の世界で一度死んだ人間が、こちらの世界で人ならざるものに変えられているのだ。
ユリウスは、見えない世界で何かおぞましいことが起こっている予感に顔を曇らせる。
頭の中で、エマから聞いた話と比較する。
(こいつは男の声を聞いたと言った。しかしエマは、女の声を聞いたと……)
夢に出た人物が違う可能性がある。しかし、同一人物が声を変えている可能性も捨てきれない。
ユリウスは尋ねた。
「その、声の主の姿は見たか?」
「いや、見ていない。でも……すごく怖い声だった」
「お前の他に、喋れる魔物は見たか?」
「ああ、何人かいたよ。でも、死んじまった」
「全員、お前と同じ姿だった?」
「ああ」
「違う姿で、人語を操る奴はいなかったか?」
デーモンは首を横に振った。
「いや、見てねぇ。しかし何でこんな気味の悪い姿なんだよ!普通の人間になりたかったぜ」
「……」
「ああ、そうだ。でも、喋る奴にもおかしな行動をするのがいて」
「……おかしな行動?」
「急に死んじまう奴が何人かいた。まるで誰かに操られているように──自分で自分を刺したりして、自殺しちまう奴が」
ユリウスは顔をしかめた。
「それは、なぜ」
「分からない。ただ、俺もああなるのかもと覚悟しておこう、と思うだけだ」
「そうか。ところで、あの村の中央に魔物が何かの皮を埋めていたそうなんだ。お前、その時の状況を見ていないか?」
すると魔物は困ったように言った。
「ああ、あれか……何人かの魔物が夢で何かの声を聞いたと話していた。大蛇の皮を埋めろ、と指令が来たようだが、俺にはその声は聞こえていなかったから何のためかは分からない」
「そうか。ありがとう」
ユリウスは壁際で様子を見ている竜騎士に向き直ると、言った。
「こいつは言葉を話すし、当時の状況をよく覚えており調べがいがある。常に監視し、死なないよう注意を払ってくれ。私から陛下にも進言する」
「かしこまりました」
「それから……もしかしたらこの渓谷は、ただ目についたから占拠されたわけではなさそうだ。魔物の奇怪な行動も見られたし、見えない誰かからの謎の命令もあるようだ。俺はもう少し村の周辺も探査して来る」
「行ってらっしゃいませ」
ユリウスは村から離れ、少し高台まで歩いて渓谷を見下ろした。
例の村は深いところにあって、目につきにくい。何かを隠すにはうってつけの場所だろう。
ユリウスは、エマの顔を思い浮かべる。
(もし彼女も、操られて死んでしまったら──)
彼は今、それを一番恐れていた。奇妙な話を聞いてしまい、落ち着かない。
(……なるべく、エマのところに早く帰らなければ)
ユリウスは首を横に振り立てて不安を振り払うと、先ほど採取した皮を光に透かして見た。
「帰ったら、これがどんな生物の皮なのか調べないとな」
少し、細かな鱗の模様が見える。
「蛇の皮か。ああやって魔物が大切に隠しているところを見ると……これは薬の一種かもしれないな」
すると──
半透明の皮の向こうを、複数の魔物が飛び去って行くのが見えた。
「!」
村上空を周回していた竜騎士数人が、慌ててその後を追って行く。ユリウスも慌てて村まで舞い戻ると、竜に飛び乗った。
「あいつら……一体どこへ?」
ユリウスは飛びながら、冷や汗を拭った。
「……嫌な予感がする」
魔物が飛び去って行った、その向こうにあるのは──
ユリウスの屋敷。
(そういえば……)
ユリウスは、101号に乗ってギドー渓谷へ出兵した日のことを思い出した。
(あの日、なぜかエマは攻撃魔法の集中砲火を浴びたんだ。もし、あれが偶然じゃなかったとしたら──)
魔物が、エマの命を狙っているとしたら。
(あり得る話だ。何せエマはこの世界でも珍しい治癒魔法が使えるのだから)
竜獄から兵が出払い、シュタルク家の主がいなくなった瞬間を狙わないはずはない。
(くそっ──エマは渡さない!)
ユリウスは竜に鞭打ち、スピードを上げさせた。
一方、その頃。
エマは半地下の書庫で絵本を読み漁っていた。〝竜の飼育方法〟という本だ。
「竜が炎を吐かなくなったら……いっぱい休ませる。ひたすら休ませて、魔力を回復させてあげよう」
まさに今、エマが実践していることだった。
「魔力の回復、かあ。他に竜の魔力を回復させる方法はないかしら?」
エマは別の本を手に取った。〝竜の魔力回復レシピ〟とある。見たこともない野草や木の実、動物の皮や内臓などが掲載されている。
「ヘー、漢方薬みたい。これ、何だろう。蛇退皮……?うわっ、蛇の抜け殻ですって?」
そんなことを呟いていると──
パリンと何かが割れる音と共に悲鳴が上がった。
「ん……?」
エマは絵本を棚に戻すと、そっと書庫の扉を開けて外を見た。
すると禍々しい姿のオーガが、次々と割れた窓から屋敷に侵入して来たのだ。
(……えっ!?)
エマは扉を閉め、書庫の小さな目出し窓から目だけを覗かせた。
(まさか強盗?どうしよう……!)
エマを護身してくれる武器は、周辺に見当たらない。
(ああ、こんな姿の時に限って!自由に竜に戻れたらいいのに……!)
エマは天に祈ってみたが、竜に変身することは叶わなかった。
(ユリウスもいないし、どうしたら……)
トマスとダニエルが出て来て、斧やこん棒で応戦している。しかし、すぐに彼らは魔物に弾き飛ばされた。
(あっ)
エマは自分の口を押さえ、出かかった声を押し込める。
(迷ってる場合じゃないわ。私も、戦わなきゃ……)
エマは思い切って扉から出て行くと、床に転がっている棍棒を拾い上げた。
目の前のオーガが雄叫びを上げる。
「ギャー!ギャー!!」
エマは震える腕で、その棍棒を振り上げた──




