26.封印されし魔王
魔物図鑑を開いて、エマは驚いた。
一番最初に載っていたのは〝魔王〟だったのだ。その姿は禍々しいヘビのような姿をしていた。
どことなく、翼と足のない竜のようにも見える。
エマはメイに尋ねた。
「魔王って、どこにいるのかしら?」
メイは初めのページを見て、首を横に振った。
「いませんよ」
「えっ!?」
「これは伝説上のお話です。伝説の聖女様のように、今いるわけではありません」
「そうなんだ」
エマはあいうえお表と図鑑とを見比べながら、表音文字を読み下した。
「せいじょにふういんされたまおうは、いまもどこかでねむっているかもしれない」
先日に見た絵本と特に変わらない内容だった。
「どうやって封印したのかしら」
「さあ……」
「だって聖女様は、治癒魔法しか使えないのよ?」
メイはクスクスと笑った。
「きっと私たちの知らない大魔法を使ったに違いありません」
「でも、どの本にも肝心なところが書いていないのよ。気になるわ」
伝説だから、誰にも分からないのだろう。エマはページをめくった。
「あっ、こいつ見たことがあるわ!黒い飛ぶ鬼みたいな形のやつ」
「これはこの近辺によくいる魔物です。小さいのをデーモン、大きいのをオーガと呼びます。知能はありませんが、他者のものを奪う性質があります」
「何それ……嫌な奴ね」
飛ぶ鬼にも、色々種族があるらしい。エマは更にページをめくった。
「あっ、竜だわ。へー、こんなに種類が……」
「ふふふ。エマ様、ここを見て下さい」
「へ?」
メイに巻末のクレジットを見せられると、エマは驚いた。
「あー!ユリウス……ユリウス・ド・シュタルク!」
「実はこの竜のページはユリウス様監修です」
「こんな仕事もしているの……?本当に竜の〝何でも屋〟ね」
竜にも色々な種類がいる。赤いものは、火を吐く。青いものは、氷か水を吐く。緑のものは、翼がなく地面を走る。
「きっとその内、私もここに載っちゃうわね……」
「ぶふっ」
メイは思わず笑いを堪えた。エマは更にめくる。
「あ、これは地図か。へー、この世界はこんな形をしているんだ」
世界の竜・分布図がある。ヴァルテルミは内陸の小さな国だった。
「こんな小さな国に、聖女は魔王を封印したの?」
エマが素朴な疑問を呈すと、
「周辺の国の神話でもこの地に魔王を封印したとありますから、きっとそうなのでしょう。当時は荒れ地だったのを、聖女様がのちに整備してこの国を作ったそうですから」
とメイが答えた。
「なるほど。じゃあこの国は責任重大ね」
「まあ、その代わりとは言いませんが……この国は世界でも有数の竜の産出国なのです。ですから、軍事的には竜についてのノウハウは他国より抜きん出ています。魔王を封印しておくにはうってつけの土地かと」
「なるほど。じゃあこの国にとっての竜は、中国のパンダ、日本のタヌキみたいな存在ってこと?」
「さあ……?とにかく今は魔王はいないのですから、杞憂ですよ」
「聖女も、いないの?」
「いないと思います。もしまた聖女が出て来るとしたら、魔王が出て来る時ではないでしょうか」
エマは最初の魔王のページに戻った。その禍々しい姿を見ていると、どうも体がムズムズする。
「魔王なんて、一生出て来ないといいわね」
「エマ様。次はこの本なんてどうです?」
二人は本に埋もれ、日が暮れて行く。
一方その頃──
日がまた昇った。
ユリウスは早朝からギドー渓谷を調査していた。そこで竜獄から来た竜騎士隊と落ち合う。
そこでユリウスは、新情報を知らされた。
「へぇ、新種の魔物が……?」
「今ふん縛って危険な能力がないか調査しているところなんで、安全が確認出来次第またお呼びします」
「分かった」
再び呼ばれるまで、ユリウスは村の中を見て回る。
渓谷にある人家は、魔物によって荒らし尽くされていた。デーモンの仕業だろう。
死んだデーモンは、ひとところに集められ山にされている。
村の中では、竜騎士たちが色々と捜索している。ユリウスはそれを背後から覗いた。
穴が掘られている。
「……なぜ穴を掘っているんだ?」
「魔物たちが、ここに何かを埋めた跡があったんだよ。何を埋めたのかな〜と思って」
「へー」
掘り出されたものを見て、竜騎士たちは困惑した。
巨大な蛇の皮だ。
脱皮した後の皮のようだが、肝心の大蛇は見当たらない。
「何で、蛇の皮なんかをこの町の中央に埋めていたんだ?」
「ちょっと儀式めいてますよね。知能が低い魔物なのに」
「……ちょっとそれ、分けて貰ってもいいかな」
「どうぞ」
ユリウスはナイフを取り出すと、蛇の皮の端を少し切った。
それを、エマの鱗が入ったポケットへ一緒にしまう。
そんなことをしているうち、彼はようやく竜騎士に呼ばれた。
促され、とある小屋に入る。
そこには、椅子に体を縛り上げられている一匹のデーモンの姿があった。
ユリウスは竜騎士に尋ねる。
「こいつが新種だと?そこらへんのデーモンと見た目が変わらないじゃないか」
竜騎士が何か耳打ちし、ユリウスは目を見開いた。
「!こいつが……人語を……?」
赤いデーモンは、その声を聞いて即座に反応する。
「ごちゃごちゃうるせえなぁ。俺は人間のはずなんだから、喋るのなんて当たり前だろぉ?」
ユリウスは、さっと青くなった。竜騎士がデーモンに剣を向ける。
「おい。反抗したらただじゃおかんぞ!」
「武器持ってるやつに反抗なんてするわけねぇし、出来ねえよ。何でいきなり俺がこんな目に……!」
ユリウスは尋ねた。
「お前、どうして喋れるんだ?人間のはずだったってのは、一体……」
「どうもこうもねえよ!」
デーモンは怒りを露にした。
「トラックにはねられて、死んじまって、気づいたらおかしな世界でこんな姿になってたんだ!俺は何も悪くねえのに、何でだよぉ……ちくしょう!ちくしょう!」
ユリウスはゾッとする。
(どこかで聞いた話だ。まさかこいつは、エマと同じ世界から……?)
「トラック?はねられて?そのへんを、もう少し詳しく教えてくれないか」
「あんた何なんだよ」
「俺は医者だ」
すると、急にデーモンはユリウスに気を許した。
「えっ、じゃあこのグロい見た目を治せるのか!?」
「それは分からない。だからこそ、話を聞こうかと」
「ああ、助かった!ええっと……人間だった俺は、あっちの世界で死んじまったんだよ。そんで……何だか不思議な声が聞こえたんだ。男の声で、〝お前に力を与えよう〟と。気づいたら俺はこっちの世界に転生していて、でも体は鬼みたいになっちまってて──」
青くなって行くユリウスをよそに、デーモンの口は止まらない。




